彼女を愛していたと言えば愛していたし、愛していなかったと言えば愛していなかった。
言うなればそう。彼女より大切な存在がオレにはあった。







出会ったのは宵闇。ある里の裏道で。
美しい少女だった。細い肩に服から除く細い手足。大きな瞳。長い睫毛。ふっくらとした唇。だが、顔色は悪く今にも倒れそうなほど白かった。怯えた瞳で彼女はこっちを見ていた。


アジトへ連れて帰り、薬を渡しベットを貸すからそのまま寝るように言った。己が別の部屋で寝るために寝室から出るとなんとも驚いた顔をしていた。


行く先がない彼女はそのままここに居座ることとなる。忍者でもない普通の人間である彼女は、その無垢な心でいつもオレの傍にいてくれた。病に気付いた後はこの身を案じてくれる唯一の存在だった。


己に向けられるのは憎しみの声ばかり。与えられていた愛は全て裏切った。この手を赤く染め続け、向けられる憎しみは増えゆくばかり。
そんな中に向けられる唯一の愛。彼女の愛は居心地よく、胸の中に染み渡った。


病に蝕われたこの体。いつ死ぬか分からないこの身。生きて欲しいと彼女は言った。このオレに向かって。傍にいて欲しいと。
愛してくれた。こんなオレを。
与えてくれた。温かな愛を。


だが、オレはソレを裏切る。


彼女を愛していたと言えば愛していたし、愛していなかったと言えば愛していなかった。
言うなればそう。彼女より大切な存在がオレにはあった。


オレを愛してくれた彼女を残し、オレを憎む弟のために命を使う。
彼女は狂った。いくな、一人にしないでくれ、生きてくれ。泣き叫ぶ彼女を置いて、オレはゆく。死ぬために。


どれだけ彼女がオレを愛してくれても、どれだけ彼女の傍が居心地よくても、オレには大切なモノがあるから。


舞姫(森鴎外)
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