泳ぐことが好き。
誰かに勝ちたいとか記録や賞なんて、私にとって二の次だった。
私は泳げればそれでよかった。
「へぇ、お前変なやつだな」
「そう、かな?」
クラスメイトである切原赤也は目をまるまる見開いて私を見る。
「俺はテニスで強いやつに勝ちてぇもん。相手を早く倒せたら嬉しいから時間も気にする」
へへんっ、と切原赤也は誇らしげに言う。
「切原赤也はなんでテニスをしてるの?テニスが好きだからじゃないの?」
「ああ?まあ、そうだけど…」
「ならなんで勝ち負けがいるの?」
「そりゃ、勝てたら嬉しいからだよ」
「私は泳げるだけで嬉しい。それじゃあ、ダメなの?」
切原赤也は眉を寄せる。
「ダメってわけじゃないだろうが…。なんて言うか…。……お前さ、もっと周りを見たらどうだ?」
「周りを見る?」
「他のやつと一緒に頑張ってみるとか」
「水泳は個人競技だよ」
「テニスだってそうさ。でもさ、俺が勝った時喜んでくれる人がいたり誰かが勝ったことを喜べる時てかさ、なんつーか…」
切原赤也は視線をさ迷わせて言葉を捜している。
「嬉しくて、もっとテニスが好きになる」
ニッと切原赤也は笑う。
「…頬、腫れるぐらい打たれたのにテニスが好きなの?」
「まあ、な」
「拗ねてわざわざプールに来ているのに?」
「………」
切原赤也は口を結び私から目をそらす。
「それでも、俺はテニスが好きだよ。先輩達とずっとテニスがしてぇ」
切原赤也の表情が泣きそうに歪む。ずっと、なんて無理で、季節があと二つ廻れば切原赤也の先輩達はいなくなる。
「切原赤也は感情が全部顔に出るんだね」
「うるせー」
切原赤也は目を口を尖らせた。
「お前は少しぐらい感情を出せよ。人間じゃねぇみてぇだ」
「私は人魚だよ」
「それはお前の異名だろうが」
切原赤也はため息をつく。
「お前は潜ってばかりだからダメなんだよ。少しは顔を出して周りを見てみろよ」
「陸に上がったら泳げない」
「たまにはいいじゃねぇか」
切原赤也は温かい日だまりのような笑顔を浮かべる。
「ついでに水泳以上に好きなモノでも見付けたらいいんじゃね?」
私は笑う。切原赤也のように綺麗には笑えないけど。
「もう、見付けたかもしれない」
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泳ぐことが好き
でも、君の笑顔はもっと好き