数カ月前に失踪したはずの恋人が目の前に現れた。
「只今、名前」
包帯だらけでただ、彼の懐かしい声と馴染みのある白いコートを身につけて。
「く、クダリ!?」
「えへへ」
はにかむようなその声に私は驚いて駆け寄る。
「どうして……!」
「ごめんね、ちょっと怪我しちゃってすぐ帰ってこれなかったの」
「大丈夫なの?」
「うん、へーき。包帯取らなきゃね」
「そう」
その言葉に胸を撫で下ろせば、そのままぎゅっと抱き寄せられる。
「ごめん、ちょっとこのまま」
耳元で切なくつぶやかれた言葉に胸がぎゅっとなる。
ばーか。耳元で言い返せば、くすくすと笑い声が聞こえてくる。


いい加減抱き着くのもやめて、ソファーに並んで座る。
「どこ行ってたの」
「ちょっと遠いとこ、名前に会いたくてどうしても会いたくて頑張ったんだよ」
真に迫ったそんな声で私の手に包帯だらけで、肌なんて見えない手を重ねるクダリ。
「すっごく痛かった」
「包帯変えたりしなくていい?」
「え!!」
がたっと立ったクダリに目を丸くしていれば、そんな私を見て言い繕うように手を振ってフォローする。
「だ、だめ!ぼくこの下すごいから、名前に見られたくない!」
「大丈夫だよ、クダリ」
気にしないから。そう続けても意地でも包帯を取らせようとしないクダリ。
「だめ!ぜったっ!ぜったいだめ!!」
首をもげるんじゃないのかというくらい首を振るクダリに違和感を覚える。
「なんで、久しぶりに会えるんだよ、顔をくらい見せてくれたっていいじゃない」
「でも!」
「なんでダメなの!!」
つい怒鳴ってしまえば、包帯の奥にあるはずの瞳が潤んでるように感じた。
「ごめ、……ごめんね」
「わ、私こそ怒鳴ってごめん」
「ううん、ぼく愛されてる。そうでしょ」
私の手を自分の頬に寄せて頬ずりするクダリは、蕩けるような笑顔で笑いかけてくる。
涙はこぼれてしまった。
私の手をそのまま自分の後頭部に誘う。
手には何か固いものが当たる。
「とって」
クダリの言葉にきっとこれは包帯の止めてあるとこなのだろう。
私は固く結ばれたそれを一生懸命にほどこうとする。
クダリの頭を近くにと抱き寄せて、結び目を解く。
ほどけたことが分かったのかクダリは私の胸に頭をぎゅっと押し付けて、すんと鼻を鳴らした。
「ほんとに、嫌わない?怖がらない?」
「ほんとに大丈夫だから」
「……うん」
怯えるようなクダリの頭を撫でればしぶしぶ頭を放した。
私はゆっくり、何周か包帯を回し取っていく。
「え、」
何重にも巻かれたそれからやっとクダリの顔が出てくると思った。
やっと会えるはずだった。
なのに、そこにはなにもなかった。
あるはずの肌色も、きれいな瞳も、さらさらの髪も、なにもなかった。
空洞の包帯の中。
「びっくりした?」
諦めたようにクダリの声、どこからでているかもわからないその声は、ひどく平坦で。
私はそのまま、いるはずもないのに、彼を抱きしめた。
「だいすき、名前」
確かに声は聞こえていた。


透明人間の網膜は透明なんだよ。




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