「オハヨウゴザイマス」
仕事が終わり死にかけの私は昨日同居人(?)のおかえりという言葉も無視してベッドに飛び込んだことを思い出して飛び起きた。
ベッドの脇で眼鏡をかけて本を読んでいたらしい彼は先程の不機嫌そうな声と同じような不機嫌そうな顔でこちらをちらっと見てきていた。
「……あー」
「なんです?」
「いや、うん、なんでもない」
頭を振って、インゴの隣に座る。
「ご、ごめんね」
「何に対しての謝罪でしょうか」
「あ、うーん、昨日無視して寝ちゃって」
「そんなことですか、そんなことに腹を立てるほどワタクシはガキじゃありませんよ」
うそつけ!その嫌味ったらしい言い方は完璧に根に持ってるじゃないか!
とまあ言い返せるような雰囲気ではない。
……うーん、どうしたものやら。
ぱたん、と閉じた本をベッドに置いて立ち上がったインゴはそのまま部屋を出る。
置いた本を見て私はインゴを追いかけた。
タイトルは『ハロウィンについて』。
こんな安直な名前でよく本が売れるものだ。
「昨日、ハロウィンだったんだねー」
「だからどうしたのですカ」
「……一緒に何かしたかったなーって」
ほら、日本人ってイベント事に弱いから、なんて続ける。
インゴ自身あんなあからさまなことを天然でするようなキャラじゃないから、きっとわざとなんだろう。
「hum……なら、今からしましょうか」
まあ、今日は昨日までの激務のおかげで休みだし。
「うん、しよー」
「では、ええ……仮装でしたか、最初に」
「あー、まあまともというか一般的だね。
でもさ、仮装できるものなんてありますたっけ?」
「さすがの鳥頭ですね」
馬鹿を見る目でこちらを見てくるインゴ。
「はあ」
わざとらしくため息を吐いたと思えば指を鳴らす。あっ。
ばちんと小気味の良い音が聞こえたと思えばインゴの手にはコスプレらしき衣装。
「こんなものでしたっけ」
彼的にはかなりうろ覚えらしいのだが、そこにはテレビで流れるコスプレとは違い、結構マジのやつっぽい。
どちらかといえば某宅急便の女の子のようなまっくろくろな衣装だ。
「魔女ってこんな格好だったはずですが、違いましたか」
「あ、本物ですか」
「どうせですからネ」
私の同居人は人間ではない。
人間でないのだから同居人というのはおかしいのだが。
強いていうなら、同居悪魔というべきか。
さっきコスプレ衣装を出せたのも彼の力というわけだ。
まあ、いろいろ割愛するが、彼は私に憑いてしまったらしい。
時折気が向くとその力で何かしらをしてくれることもあるが、まあ大概はその不思議な能力とやらは彼のために発揮されるか、もしくは使われないことの方が多いものだから忘れてしまっていることがしょっちゅうだ。
そして彼は私の家でそれはもう自堕落な生活を送ってる。
私が力について忘れてしまうのは、彼の人間みたいなその自堕落っぷりのせいでもあるように思う。
人間の世界というのが珍しいらしい彼は、こういう行事事に対して結構興味を示す。
キャラじゃない気がするのは私が彼を知らないからか否か。
「馬子にも衣装というヤツですかね」
袖を通した私を見てそう呟くものだから、まあ腹も立つというものだ。
「悪かったわね」
相手はマントを付けていつもと違うスーツのような服を着ている。
「ヴァンパイア?」
「ええ、まあそんなとこですよ」
悪魔がヴァンパイアというのも不思議なものだ。
「で、他にすることってあるの?」
「ダック・アップルというものがあるらしいです」
聞けばリンゴ食い競争というものらしい。
ハロウィン・パーティーで行われる余興の1つで、水を入れた大きめのたらいにリンゴを浮かべ、手を使わずに口でくわえてとるゲームらしい。
たらいはないが似たようなものをどこからかインゴが出してきた。
真っ赤なリンゴを浮かべると、さっさとしろとばかりの視線を向けてくるものだから仕方なくつめたい水面に顔を浸ける。
あ、これむずかしい。リンゴは逃げるし、冷たいし、やっとリンゴ!と思えば丸いからくわえることもできない。
ぶはっと女の子らしくもない声をあげて顔をあげれば、インゴと目が合う。
「……ヘタクソですね」
「悪かったわね」
「いえ」
近づいてきた思えばいきなり顔が近づいてきて、キスをされる。
いきなりのことだったし舌まで入ってくるものだから、驚いて少し噛んでしまう。
そのせいで口を離せば、「何をしてくれるんだ」みたいな表情に言い返すように声がでる。
「な、何を……!?」
きょとんとした表情に変わり、また口角がぐっと上がる。
また近づいてきた顔に身体を強張らせるとその顔は私の顔ではなく首元に埋められる。
欲情しました。
そう言えば、満足ですか?
そう耳元で聞こえたと思えば、首に歯が突き立てられる。悪魔なんだから血は吸えないでしょ。
そうも思うが、そんな彼の与える甘美な痛みに堕ちる私がいるのだから、やはり彼は悪魔なのだろう。



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