is.


名前を呼んでほしい、なんて考えてもその名前を伝えるかが問題だ。
喋れないのがこんなに不便だなんて……。
仕方がないから私は自分の名前をまた心のなかに閉じ込める、次は忘れないように。
「ムウマ、行きますよ」
「むー!」
それにしても、まさかノボリさんが移動手段として電車を使うとは。休日もですか。
ノボリさんに連れられてやってきましたR9。わいわいがやがや、ギアステーションとはまた違う賑わい方に懐かしささえ感じる。
「さあ、先にポケモンフーズからです」
そう言って進むノボリさんに付いていく。



「ねえ、そこの人!バトルしましょ?」
女の子に突然声を掛けられて、びくっと体が跳ねる。
ああ、そうだR9ってバトルもできちゃうショピングセンターみたいな感じだった。さすが、ノボリさん、バトル狂、ははは。
「むー……」
バトルができる気がしないのでノボリさんの後ろに隠れると、ノボリさんは怪訝そうな顔をしながらも彼女を見る。
「わかりました、しかし一対一でよろしいですか」
ノボリさんが手に取ったのは、きっとシャンデラさんのボール。さんでいいよね?
もちろんシャンデラさんとノボリさんの圧勝。
「おつかれさまです、シャンデラ」
「でらっしゃーん」
ノボリさんに擦り寄ったシャンデラさんを見て、2人の仲の良さに疎外感を感じた。
私はポケモントレーナーでもなかったから、分からない感覚だ。
そのままモンスターボールの中に入ったシャンデラさんを見届けて、またノボリさんと買い物を続ける。
あっ。
進むのをやめて止まってしまった私に気付いたノボリさんが声をかけてくる。
「如何されました?」
私の視線の先にはアンノーン型ビスケット。
これだ!!
「むう」
「これですか?」
隣のノーマルタイプ型のクッキーを手に取るノボリさん。おしい。
「む!」
「これですか」
アンノーンビスケットを手に取り、三十秒ほど考えたノボリさんが口を開く。
「仕方ないですね、みんなで食べるんですよ?」
カゴに入れられたそれ。楽しみになって、うれしくて、ノボリさんにすり寄る。
「今日はえらく機嫌がよろしいですね」
「むう」
まあねって言ってノボリさんを追い越した。



「ムウマ、食べないのですか?」
「むぅ」
今さらながら怖気づいてしまった。
だってポケモンがいくら人の言葉を理解できても、自分の名前なんて伝えれるんだろうか。
「ムウマ?」
ノボリさんは怪訝そうな顔で私を見ている。
「むう」
私はつい俯いてしまった。また私はノボリさんに心配をかけてしまったみたいだ。

「大丈夫ですよ」

きっとノボリさんは違う意味でそう言ったんだと思う。でも、今の私には十分な言葉だった。
サイコキネシスだと思う能力で開けられたアンノーンビスケットを浮かせる。
エム、エムはどこだろ。
『M』『Y』
ノボリさんの前に浮かせれば「遊んではダメですよ」と言われてしまう。気づいて。
『N』『A』『M』『E』
Eを間違って私から見えるようにしてしまい慌てて直せばノボリさんが何かに気付いてくれた。
『I』
えす、『S』。
「まい、ネーム、イズ……」
読み上げるノボリさんの声。
「なまえ」
呼んでもらえた?もらえたんだよね?
「……むう」
「なまえというのですね」
沈黙にどうしようもなくなって、涙が出てきそうだ。
「そうですか、なまえですね?」
「むう……」
紡がれる、彼の口から発せられる自分の名前がいとおしくなった。
何日も、ずっと忘れられてて呼ばれなかった名前がここまで愛おしいだなんて。
名前を呼ばれることがこんなにもうれしいことになるなんて。
「むう」
ノボリさんって呼ぶ。もちろん鳴き声にしかならないそれだけれども。
「なまえ……素敵な名前ですね」
「むう、むう!」
「いつか、あなたのことがちゃんと知れたならいいのですがね」
私をそっと撫でたノボリさん。ああ、きっとこれが幸せなのだろう。
H25.01.22

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