メレメレ 16?日


「ねえきみ」
声を掛けられた気がして振り向くと、これまた個性的な女の子が立っていた。
明るい髪色、ピンク色のメッシュ、ラフな服装、多分絶対メインキャラクターだな。
「なんですか?」
「その子、名前は?」
いきなり話しかけられたけど、穏やかな声に不快感はなく、隣に並んできた彼女の視線を追う。
「ジャローダのことです?」
「オー!ジャローダ!アローラでは見ないポケモンだね!」
彼女はしげしげととぐろを巻いているジャローダの方を見ながら、頷く。
じっと見られていることも気にする様子のないジャローダに安心して、彼女の方を向く。
私の視線に気づいてくれたのか、彼女も私に向き直って少しだけ笑顔を見せた。
「わたし、マツリカ」
「あ、私なまえです」
「なまえくん、突然ごめんね。ジャローダのスケッチをしてもいい?」
「だって、ジャローダ」
彼は私の声掛けにすんとした顔をして、目を閉じた。これは仕方ねえなって時にする行為だから、許してくれたんだと思う。
許可が出たことを伝えようとした私の声より早く、マツリカさんは「ありがとう!」とジャローダに言う。そのままストンと腰を下ろして、手際よく画材道具を広げ出す。あ、なるほど、ポケモンの気持ち分かる系の人だ。
アニメのケンジのように、ノートと鉛筆だけで仕上げるものだと思っていた私を尻目に、いきなりノートに絵の具を使って描き始めた彼女に驚きながら、その姿を突っ立って眺める。
「マツリカさん、」
「んー?」
「マツリカさんはここの人ですか?」
「メレメレっていう意味なら違うよ、わたし、ポニ島の人間なの」
「他の島の方だったんですね」
「そういうナマエはアローラの人じゃないかな?」
「あ、正解です」
ジャローダの言ってることわかったり、鋭い人って感じの人なのかもしれない。
「うん、少しだけ雰囲気が違うね、でももうここも長いのかな」
「そんなこともわかるんですか」
すーっと筆を迷いなく動かす彼女はきっと天才画家みたいな設定なんだろう。画面の中のアーティさんのことを思い出しながら、彼女の手を見る。色合いがジャローダだけど、主線のないページは素養のない私にはちょっとわからない。
その後すぐ、彼女はそのページを切り離し、次は私でもわかるようなデッサンのようなことをし始めた。そのデッサンの緻密さに溜息が漏れた。
他愛もない会話のラリーに付き合ってくれていたマツリカさんだったけれど、少しすると生返事のような返事が増えてきて、私は邪魔しないように口を閉じる。
その分、彼女の手がどんどん描き上げていくスケッチ?作品?を見ていたけれど、素人目にもさまざまな描き方が盛り込まれてるのがわかる。物によってはジャローダのスケッチと言われても少しわからないものもあったけれど、真剣な表情の彼女の目を見るに私にはわからないけれどマツリカさんには意味のあることなんだろうってことがはっきりわかった。
こういうのアイデアスケッチって言うんだっけ?っていうようなよくわからないラフのようなものから、横や上から見たジャローダがまるで写真のように描かれているものまでいろんなものがものすごいスピードで出力されている。
失礼ではあるけど、私がちょっと飽きてフライゴンやランクルスを出して構い始めても彼女の視線はジャローダから外れることがなく、すっかり時間が経った頃、マツリカさんはふぅっと息をついた。
「ああ……マツリカ、つい夢中になっちゃった!」
私の方を少し苦笑いで見たマツリカさんは、よいしょっと立ち上がって、周りに広げた画材とスケッチをまとめ始める。
「きみのジャローダ、ナイスモチーフ!」
立ち上がって、ジャローダを見下ろしたマツリカさんは少しだけ口角を上げる。
「悩んでることがあるんだね、きみ」
「えっ?」
多分、私じゃなくてジャローダに言ったんだと思う彼女のセリフに私が首を傾げていると、彼女は私に一枚紙を差し出した。
「今日のお礼に一枚どうぞ」
差し出されたのはジャローダのスケッチと言われても私にはわからない方のイラストが描かれた紙だった。
「あ、ありがとうございます」
しゃがんでジャローダにも見せるようにして紙を見る。あ、これ。一旦鉛筆を使って殆どを黒く塗りつぶしていた絵だ。その後削るように消しゴムをかけていたのが珍しいと思ったんだよね。
「なまえくん、メレメレ以外にはまだ行ったことないんだっけ?ポニ島にもおいでよ」
「あ、はい!もう少し慣れたら行こうかなって師匠とも話してたところです」
「オー、師匠がいるんだ?」
「はい」
「じゃあ、大丈夫かな。次会えたらジャローダのことまた描かせてね!」
フラッと歩き出した、マツリカさんを見送りながらジャローダちゃんを撫でる。
「だって」
うん、やっぱ芸術とか私にはわかんないな。
蛇のウロコのようなジャローダっぽいモチーフが描かれた箱が紙の真ん中に陣取るイラストが何を表しているのか考えることなく、私は受け取ったそれを家の中のクリアファイルに挟んでしまい込んでしまった。

「マツリカさん、ですか」
キョトンとしたような顔をしたイリマさんが本棚の前へ歩いていく。
「はい昨日会いまして、知ってますか?」
頷いたイリマさんは中でも大きな本が並ぶ棚へ手を伸ばしながらこう言った。
「……ボクは残念ながら一部しか持ってないんですけど、何冊も画集を出してる素晴らしい方ですよ。ポケモンたちの特徴を的確に捉えた絵や風景画、さまざまな絵を描かれるんです」
手渡されたいかにもな装丁の画集をペラりとめくるとアローラの美しい自然を切り取ったような繊細な絵が載っていた。おおっと声が漏れた私にイリマさんが笑いをこぼす。
「興味があればショッピングモールで取り扱ってますから、探してみるといいですよ」
モーテル住みでなければそうしたかもしれないけれど、仮住まいにこんな重くて大きな本を並べるのは難しそうだ。
「……もうちょっとだけ見てていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「あ、庭でジャローダと見てもいいですか!?」
「もちろん。今日は勉強ということで、ボクも下で読書にします」
渡された画集を抱え、私はイリマさんと一緒に階段を降りると、お手伝いさんが何事かと見ている。
「今日はここで勉強です、お茶をお願いしますね」
「はいはい、わかりました」
にこやかにキッチンの方へ向かうお手伝いさんに手伝うと伝えて、追いかける。
プールに面した窓を大きく開けたイリマさんを見ながら、グラスを出す。お手伝いさんがお湯を沸かしてくれているのを見て、待っている間にモンスターボールを外に投げに行く。
「みんな、おいでー」
なんだ?という顔をしながら私を見ている三人に画集を見せる。
「昨日の人の画集です」
ジャジャーンと見せると、3匹は三者三様の反応を見せる。フライゴンは首を傾げ、ランクルスはおそらくテンションの高い私に単純に釣られて楽しそうにしている、ジャローダはずるずると這いながら、視線を向けてきたけれどそのまま興味なさそうにした。
「ちょっと待ってねー」
もう一度キッチンの方に戻ると、お手伝いさんはポケモン用のおやつと人間用のおやつを用意してくれているのを見て、私もお茶の用意に戻る。
お湯が沸くのを待つ間、イリマさんが窓の外を見ているのが見えた。視線の先には、私のポケモンたちがいてその表情は少し険しいような気がして、首を傾げる。
「イリマさん?」
「なんですか」
振り向いた彼はいつものように少しカッコつけたような、様になる笑顔をしていて、気のせいかと首を振った。

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