メレメレ 18?日目


「ジャローダ?」
異変に気づくのは、遅かった。
いつも光合成をしている窓際に彼女がいないこと。それ自体はよくあることだったけど、もっと早く気づけるタイミングがあってもおかしくなかった。
もう夜なのに。
ポケモンを三体出すには狭い部屋だから、交代で出てきてもらっている他の子が居場所を知っているはずもない。
私はお風呂上がりの体でその部屋を飛び出した。
アローラも夜の空気は少し冷たくて、頭も冷える。冷えているのに一向にまともな考えが出てこない。
とりあえず、モーテルの周りを走って探し回る。海辺の方かもしれないと石の階段を降りながら、でも潮風の好きじゃない彼女がそっちへ行くだろうか。そもそもなんで、いないんだろう。
二つのいやな考えが頭をよぎる。
誰かに盗まれた。なら、ジャローダのボールも、他の子のも置いていくのはおかしい。そうだよ、だからこれはない。
だったら……ジャローダが自主的にどこかへ行ってしまった。きっと、そうだ。
そうでしかないだろう。
考えたくないけど、でも。
駆け降りた砂浜には人の影も、ポケモンの影もほとんどない。ジャローダは普通にいるポケモンより強いし、大きいから、下手に怪我をしたりはしてないと思うけど。砂浜の砂が踏むたびに音を立てていて、足跡もそういえばなかったと階段を後戻りした。
どうしよう。探そうと思えば、探せることに気付いたけれど。
私から逃げたかったのなら、それなら、悲しいけど、離してあげる方が彼女のためだった。
何が嫌だったんだろう。
どうしよう。
霊園の方へ続く、彼女のものらしき跡を追うのが怖い。
威嚇とかされるんだろうか。
他のみんなも実は嫌だったんだろうか。
いつかこうやって、みんないなくなってしまうかもしれない。
でも、行かなきゃ。
逃すのだって、自分でやらなきゃいけないことだって、スクールでも行ってたし。
それを思い出してハッとした。イリマさん、どう言ってたっけ。
「なまえなら大丈夫だと思いますけど、もし逃すならポケモンセンターで手続きをしましょう。そうすればポケモンに最も最適な場所での暮らしや新しいトレーナーとの縁を結ぶことができるんですよ」
全然、大丈夫じゃなかった。馬鹿正直に全部思い出して、ダメージ食らってしまった。
今、私ジャローダたちだけじゃなくて、イリマさんからの信頼まで裏切って……。
迎えに行かなきゃ。
霊園のポケモンと仲良くできないとも思わないけど、それでもイッシュの方がいいかもしれない、レベルの高い子だから、強いトレーナーのところに行く方がいいかもしれない。
「なまえ」
不意に聞こえた声に自然にぴんっと、背筋が伸びた。
「……イリマさん」
振り返ると、薄暗い夜の闇の中、月と星の明かりに照らされたイリマさんがいた。
「よかった、電話に出ないから心配になって」
「あっ」
そういえば、何も持ってない。今ポケットに入ってるのは今朝入れておいたハンカチくらいだった。
「ポケモンも持ってないんじゃないですか?」
伸びた背筋がビクッと跳ねた。私としたことがモンスターボールも持たずに出て来てしまった。そんなふうに思い掛けて、自分がモンスターボールを持たずに出てきた理由に思い当たった。
フライゴンとランクルスが、ジャローダと同じように次は目の前で逃げてしまったら、それが怖かったんだと自覚した。
「フライゴンですか、ジャローダですか?」
「え……」
この人は、今私がどんな状況かわかっているんだろうか。まるで、全部わかってるような、ことを聞いてきた。
イリマさんは辺りを見回して、私と同じようにジャローダが這った跡を見つけたのか、ハウオリ霊園の方を見た。
「……まずは落ち着いて、そうしたらボクの見解を話しましょう。そのあと、ジャローダにも会いに行きましょう。大丈夫です、この辺りは夜も静かですからしばらくは危険はないですよ」
イリマさんはぎゅっと私の腕を掴み、モーテルの部屋に引っ張っていく。こうやって手を引かれるのは初めてかもしれない。座るように促され、備え付けの椅子に腰を下ろす。
「あ、あの」
「ジャローダは広い空間を好みます。もちろん個体差はあるんでしょうけど、基本的にはそういった個体が多いそうです」
説明しようと口を開いた私に、大丈夫だと微笑んだ顔はなんとなく1番最初に出会った時を思い出させた。
少し格好つけた笑顔とゆったりとした口調が、嫌に響いていた心臓の音を落ち着かせてくれた。
「フライゴンにもその傾向があります、どちらも体長が2メートルを超えますから、当たり前ですが人間のサイズでは少し窮屈に思うそうです」
「そう、だったんですか」
そりゃ、そうだ。小人の家で暮らしているようなものだよね。だから、私の元から……。
「もちろん実際の理由はジャローダにしかわかりません。だから、なまえに聞きましょう。どうしたいですか」
いつもと同じくらい、むしろ少し優しい声で、でも聞かれていることは答えたくないことだった。
「モーテルで暮らすなら、どこかにジャローダを預けたり、譲るのも手でしょう。幸いなまえはお金に余裕があるんですから、ここではないもう少し大きなどこかの家を借りてもいいと思います」
その二つはジャローダとの別れか、多分このメレメレからの別れってことだろうと思う。リリィタウンにあった空き家はいつの間にか売れていたし、他にこの島で大きな家っていうのに心当たりがない。
アローラにあるかどうか、もしなかったら。
嫌な想像をしてしまった。探してから考えればいいのに。
「ジャローダが、嫌って言わなかったら、」
そばにいたい。
その言葉をイリマさんの目の前で言えなくて、言葉に詰まる。
いっぱい教えてもらって、助けてもらって、今も迷惑を掛けて、そんなあっさりやめられないし、やめたくない。
それよりももっと単純な話で、イリマさんとも一緒にいたい。ハラさんにハウくん、家政婦さんにドーブルたち、それからちょっとよくわからないけどショッピングモールのおじさんとか少し話すようになったスカル団の人とか、たくさんいる。
声に出せなくて固まった私に、イリマさんはもう一つ、と指を一本立てて笑った。
「それから、ボクの家に住み込みという手もあります」
いつの間にか俯いていた顔を上げて、正気かと確かめるように彼の顔を見た。
「何、言ってんですか」
「ボクの家はもともとお手伝いさんを雇っているので、家族以外の人が住むこともありますし、そもそも母も父も外出が多いですから、家のことにはあまり頓着してないんです。まだなまえとの研究は終わってないです。それにボクの家の庭、ジャローダは気にいると思いますよ」
「イリマさん、私、嬉しいです。でもそんなに何でもかんでも頼れませんよ」
「それは残念ですね、もう両親から許可はもらっているんですけど」
「ええ……?」
理解できない言葉に、困惑した。
「ジャローダたちが窮屈そうにしているとは感じていたので、話を通してから提案しようと思っていたんです。少し遅れてしまったのは申し訳ないですけど、良いタイミングだったでしょう?」
「なんで、」
優しさが辛い、ってこういうことだ。こうやってこんなに優しい人たちを食い潰す自分がどんどん嫌になる。
「ごめんなさい」
「なまえ」
「すみま、せ」
泣き出してしまった私に、イリマさんは少しだけ狼狽した。ああまた困らせてしまう。止めたいと思えば思うほど出てくる涙が疎ましくて、隠したくて、手で顔を覆った。
「ボクはなまえにアローラを好きになって欲しいと言いました。今のなまえの顔を見る限り、その目標は達成しているみたいですね」
イリマさんの声が嬉しそうで、私が馬鹿みたいに泣いてるのも気にしてないみたいなのが救いで、少し自慢げなのが笑えた。
「私、わた、もっと頑張ります、ぜった、」
「はい、期待しています」
「だから、っ」
嗚咽と言葉にする怖さで声が震えてしまった、私はどうすれば良いんだろう。なにもできないのに。
「……前に言っていた技の命中率の研究もいいですね」
俯いた視界の上からそんな言葉が掛けられる。
「ライドギアの改造、リージョンフォームと他のフォルムチェンジとの違い、ポフレとポフィン、技の使用回数の上限、なまえがきてから随分いろんな分野の研究したいことが増えました」
全部ポケモンのことだ。案外数値化されていないらしいこの世界のちょっとメタい話とかの話しちゃったから、変に探究心をくすぐってしまった時のことを思い出した。
「なまえにも手伝ってもらいますね」
「……、はい」
この前はなんとなくそういうのをこの世界の人に教えたりするのは良くないんじゃないかって誤魔化した。
でもそんなこともう考えたって仕方がないんだから、証明を自分でできたら、別に、いいよね。

「……い、いきたくない」
ぼやく私のことなんて何のその、イリマさんは私の腕を持つとずいっと引っ張っていく。
「ま、待って!待って待って待って!心の準備がしたいんです、行かないんじゃないんです!」
近くの木に手を掛けてイリマさんに抵抗するけれど、次は私の腕を離してぐんぐん進んでいく。
「ジャローダが待ってますよ、大丈夫ですよ。行きましょう!」
「待ってなかったらどうするんですかぁ!」
「ジャローダを信じてください、大丈夫です」
「あと5分、いえ、3分でいいんで止まって!止まってください!」
先に行ったイリマさんが気まずげな顔で首を振ってるところなんか見たら、さっきの気持ちなんて吹っ飛んでカントー地方に放浪の旅に出るわ!
「……怖いですか」
仕方ないと立ち止まって、腰の引けている私を見ているイリマさんがそう聞いてくる。
「怖いです!」
「良い返事ですね」
苦笑されてやれやれとジェスチャーをされる。ああ、情けない……。
「……行きます」
意を決して霊園の奥を見る。大丈夫、怖くない、例えジャローダが私の元を離れても、ちゃんと……笑って逃してあげよう。それにそんなことにはならないって何となく思えて、自然と足は前に出た。
ハウオリ霊園の奥、とぐろを巻いて休んでいたらしいジャローダはすぐさま私達に気づいた。
「ロー」と小さく鳴いた彼が、私の足に擦り寄った。
「おかえり」
自然にポロッと口から漏れた言葉に、ついまた泣いてしまいそうになるのを堪えながら、その体を撫でた。
「遅くなってごめんね」
ふくらはぎにつるりとしてざらざらしている独特の質感の、体が巻きつく。
私もぎゅっと顔を抱き寄せて、撫でる。彼はそんなに好きじゃない撫で方だったけど、今日は我慢してくれるらしい。
「今日はもう遅いですから、帰りましょうか」
「はい」
「それと、ジャローダ。あんまり心配かけちゃいけませんよ」
イリマさんが言った言葉に一鳴き返した姿は少し落ち込んでいるように見えて、慰めるようにおでこのあたりを撫でる。
それが気に入らなかったのか、照れ隠しなのか、おでこで押し返されたのが嬉しくて、また泣きそうになった。

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