メレメレ 5日目


「ペンキ、めっちゃ重い」
「もう少しです!がんばりましょう!」
朗らかな応援が前方から飛んでくる。
私は同じものを溌剌と持ち上げて歩いていく姿を見ながら、必死に足を動かした。
イリマさんと話し合った結果、まずはお試しとして午前中はイリマさんのキャプテン業の手伝い。午後は基本的にバトルの練習やアローラについての勉強ということになった。
そして早朝、約束通りイリマさんの元へ行った私はペンキを手渡された。液体って重くて、ペンキのバケツはぐらついてふらふらする。
それを軽々と持っているあたり、イリマさんもしっかり男の子なのだと思いながら、その筋力が羨ましい。
「ちなみになまえ」
塗料ハゲのあるフェンスにたどり着いてから、イリマさんは私に悪気の全くなさそうな笑顔でこう言った。
「アローラはポケモンや自然を大切にしていて、ポケモンを外に出していても咎める人はあまりいません。もちろんそれはなまえがランクルスに頼んで塗料を運んでも変わりませんよ」
「……早く言ってくれません!!?」
「頑張って運んでくれていたので水を差すのも気が引けました」
「……うっ」
悪意を微塵も感じさせない微笑みにぎりぎりと歯噛みする私を見ても、イリマさんの笑顔は崩れない。
「ドーブルお手伝いをお願いします」
ひょいっと投げられたボールがドーブルを吐き出して、彼の手元に帰っていく。
それに倣うように、ボールを投げてランクルスを出す。サイズ感的にもこの子がいいだろう。
「ランクルスもお願いしていい?」
キュっと鳴いたランクルスが、一緒に持っていた刷毛をモニモニとした手で受け取ると、ペンキ缶の中に突っ込んだ。
ああ、はい。持っている服のほとんどが卸したてではあるんだけど、赤のペンキが跳ねた。
元よりペンキが跳ねていいように一枚980円の黒Tだ、目くじら立てるのもアレなので見なかったふりをする。
「こぼさないようにね」
「キュピ」
「うん、いい返事」
もう垂れてるけど、突っ込まないでおこう。
「この辺全部塗り直していいんですか?」
「はい、木目に合わせて塗っていただけると助かります」
缶の縁でペンキを切って、柵を刷毛で撫でるように塗る。こういうのは前の世界と変わらない。
日差しが少し暑くて、汗が滲む。なんか何やってるんだろうなと思いながら、真剣にペンキを塗っているイリマさんを見てそんな考えを追い出して、私もぺたぺたと刷毛を動かした。

「お、お手伝いさん……イリマさん、って」
イリマさんの家が豪邸だってことは家を訪ねた時点で知っていたが、まさかこんな分かりやすいお坊ちゃんだったなんて、だってお坊っちゃまって呼ばれてた……。
「どうかしました?」
首をぶんぶんと横に振る。ご両親はどこだろう、お留守かな、息子さんにご迷惑をかけまくってすみませんってご挨拶くらいはしておくべきか……。
「ここから昼までをなまえとの勉強に当てましょう」
イリマさんは私を自室に迎え入れ、そう言ってくれた。
「ホントですか?」
「はい! ですがボク自身、本格的に人に教えるというのは初めてです。まずはなまえが何を理解して何を知らないかを把握したいです」
そう言って渡されたのは何枚かのコピー用紙だった。
「昔ボクが使っていた教材のうちバトルの基礎についての問題集から抜粋した問題です。いくつかの段階に分けてあるので、この時間にできるだけ、解いてみてください」
「塾みたい」
「キャプテン塾といったところでしょうか」
「いや、イリマ塾では?」
若干ズレてるんだよなーこの人と思いながら、ペンを借りて解き始める。ペンも買おうかな。
カタカタと音が聞こえ始め、テストに向かっていた視線を少しだけ上げる。パソコンを立ち上げて悩んでは打ち込んで異流のが見える。そういえば初めて会った時タブレットを片手に持っていたような気もする。
なんとなく機械が得意そうな印象はなかったけど、画面と睨めっこしている姿は慣れてそうだ。
視線を外して問題集に向き合う。タイプ相性関連の問題はフェアリータイプが入って、私の知っているものと少し変わった。そこさえ気をつければ後は平気だろう。
この世界ではやっぱりタイプ相性は一般常識的な扱いなんだろうな。
一枚目の紙の大半がタイプ相性についての問題だった。知らないポケモンの名前で書かれてるやつは、何タイプ?と書き込んでおく。忘れないように、メモ。
その後はとくせいとか、アイテムとか、正直使わないものもあるからかけないのも多くて、うまいこと点数が稼げないのが少し悔しい。これは別に点数が目的ではないけれど、イリマさんを付き合わせている以上、優秀な方がいいに決まってる。
ポケモンの図鑑とか、機械のやつはオーキド博士が初めに作ったんだったっけ?あれ、欲しいなあ。
そういえばここの博士のこと聞いてみれば良かった。
「んー」
歴史の問題に差し掛かると一気に何もわからなくなった。これは一般常識なのか?
たまごはウツギ博士、だったっけ?それともあかちゃんポケモンがウツギ博士だっけ?
そうやっているうちに、もう答えられるものが一つも無くなってしまった。
「イリマさん、出来ました」
「お疲れ様です。少し休憩にしましょう、昼ごはんを用意しますね」
そう言って、彼はお手伝いさんに声をかける。
「今日は部屋でいただきます、なまえの分もよろしくお願いします」
「かしこまりました」
「待っ、」
にっこりと微笑んだお手伝いさんがすっと階段を降りていく。
「イリマさん!」
「うちのご飯は絶品ですよ」
「ちょっと待ってください、おかしいですって!」
「2人で決めたじゃないですか。なまえには手持ちのポケモンと一緒にボクの研究を手伝っていただく。野生のポケモンではなく、トレーナーがいること、よく育てられていること、そう簡単にいるものではないのでボクとしては助かります。逆にボクはポケモンバトルについてなまえに教えたり、アローラでの生活においてわからないこと、1人では難しいこと、そう言ったことをお手伝いします」
確かにそう言ったけれど、思い返すと不平等にも程がある。主にイリマさんに。
「じゃあ食事は別にいいじゃないですか」
「モーテルにわざわざ戻らせるのも気が引けますし、ポケモンたちの食事についてもお手伝いできると思いますよ」
「うっ、お弁当とか」
「それもいいですね、そういう日も準備しましょう。でも、ボクはアローラの食文化も知っていただきたいと思っているんです。自然豊かなアローラをなまえにも好きになってもらいたいんです」
これも私の仕事の一つらしい、そういう言い方をしたのはきっと気を遣わせないようにという配慮なんだろう。
「……はい、私もアローラのご飯好きです」
クチナシさんのとこにいた数日、マリエシティ?のお弁当以外にもご馳走してもらったものはどれもおいかった。
「……じゃあ食費くらい出させてください」
泣き縋る私に仕方ないと受け入れてくれたイリマさんに、こっちの方が多分迷惑かけてるんだろうなと思いながら心の中でも謝っておく。
ちなみに、お手伝いさんが作ってくれたのはカルボナーラ。まるで伝統料理を作るみたいに言ってなかったっけ?と思いながら、美味しい濃厚クリームのカルボナーラに全て忘れたことにした。

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