メレメレ 1?日目


「まさか、イリマにこんなに早く弟子ができるとは」
そう言ったのはようやく会えた島キングのハラさんだった。
「ボクもそう思います」
しげしげと見られて少し恥ずかしい。頷くイリマさんに、助けを求めるように視線を送るがにこにこしているだけだった。
「なまえは最近アローラに来たそうなんです」
「なんと最近。それからすぐイリマに弟子入りを?」
「はい!」
イリマさんより早く頷いた私にハラさんは、ふむふむと頷いた。
「では2人は出会ったばかりということですな。なまえさんはイリマのこと随分慕っているようですが」
人にそうはっきり言われると少し照れる。あの日のちょっと恥ずかしいくらいの興奮っぷりを思い出して、余計恥ずかしくなる。
「あ、はは」
こういうのは笑って誤魔化しておくに限る。
「そ、その……イリマさんには……」
「ハラさんなまえが困ってしまいます」
「困ってない!……です、けど」
「困っているじゃないですか」
私があの時どれだけ感動したか、言葉にするのは難しい。駄々っ子でも見るような目で笑うイリマさんに、もどかしく思う。
「こんなにちゃんと弟子として扱ってもらえるとは思ってもみなかったですけど、スカル団の人と戦ってた時のイリマさんのバトル本当にすごいと思って」
「ありがとうございます」
周りへの注意を怠らず、「キャプテン」としてスカル団を退けた。
ただバトルに勝ったんじゃない。
「ほう、スカル団とのバトルで……しかし、それならばイリマのゼンリョクはまだみたことが無いのではないですかな?」
「た、多分?」
「いいえ、あの時のバトルもゼンリョクでお相手させていただきました。ポケモン勝負で手を抜くなんてありませんよ」
首を横に振るイリマさんにハラさんは思案顔をする。確かに手を抜いているわけではないだろうけれど、それでも私にはあのバトルだけが全力には見えなかった。
ハラさんも、それにイリマさん自身だって、本当にそうだと思ってるわけではないと思う。
「どうですかな、今からこのハラとイリマのポケモンバトル見てみるというのは」
ゾクっとするようなプレッシャーを一瞬感じて、背筋が伸びる。
変わらないハラさんの人の良さそうな顔に熱量を感じる。
「本当ですか!? なんてごきげんな話でしょうか。是非考えていた戦略をこんなところで試せるなんて素晴らしいですね!」
きらっと輝いたイリマさんを見て、私も慌てて頷く。
それ以外どう答えろと、と内心ごちりながらも、もう一度しかも今度は両方ともメインキャラの強い人たち、見ない手はないはずだ。
「では、土俵は使えませんがわしの家の庭の方でやりますぞ」
ハラさんの後ろをついていきながら、イリマさんとこそこそ話す。
「すみません、なんか」
「いいえ、ボクとしてはハラさんとの勝負はいつでもできるものではないですから、嬉しいかぎりです」
「そうなんですか」
「はい! ハラさんは大勢の弟子を抱えていますし、トレーナーとしても素晴らしい方です。ボクのバトルを一目見てあんなに喜んだあなたならきっとハラさんのバトルの凄さも理解できるはずです」
イリマさんは本当に心からそう思っているのだろう、先導するハラさんの背中を見ながら言う。
「もし、ボクではなくハラさんを師事したいと思ったなら遠慮なく言ってください。ボクからもハラさんに頼んでみましょう」
驚いて横を見た時、彼はまっすぐ前を見ていて、私はその言葉の真意を測り切れないまま、ハラさんの足が止まる。
大きな平家のお家の前にこれまたその雰囲気に合った庭が広がっている。ポケモンバトルに使うためか、結構な広い空間に何も置かれていないのが少し殺風景な印象を受けるような、そんなこともないような。
サッカーやバスケのコートを見てそんな印象を持たないし、見慣れてきたらそんなことも思わないものなんだろうか。
さっきの話が途中で終わってしまったのを気まずく思っているのは私だけなのか、イリマさんは何も言わず、ハラさんの歩いて向かっているのと反対側の方に向かい、振り返った。
「なまえはもう少し下がってください」
「危ないですぞ」
向かい合う2人からそんなふうに注意されて慌てて何歩か後ろに下がる。確かめるようにイリマさんに目を向けると、首肯が返ってくる。ここで大丈夫らしい。
「では、行きますぞ!」
「はい! このイリマ、ゼンリョクでお相手いたします!」
モンスターボールから出てきたのは両方とも見たことのないポケモンだった。
「行ってください!ネッコアラ!」
「ケケンカニ出番ですぞ!」
ネッコアラ、名前の通りコアラのような見た目。イリマさんの手持ちのドーブルのことを思い出す。基本的に専門タイプを持つことが多いはずのポケモン世界、この見た目、複合タイプでなければ、ノーマル単タイプだろうか。
対するハラさんのカニだか蜘蛛だかっぽいポケモンは、手の部分異様にデカくてパンチングマシーンを思い出させるビジュアル。カニと言ってるからにはカニなんだろう。ムキムキとしているようにも見える。みずとかかくとうとかを思い浮かべた。
見た目の色が少し派手派手しいところはどくにも見えなくないけれど、どうなんだろう。
どちらにせよ、かくとうタイプが入っているならイリマさんの方がタイプ的に不利だ。そうじゃないなら、相性不利がないだけ。ノーマルタイプの厳しいところだ。
「……寝てる?」
バトルのシリアスな雰囲気の中、スーという寝息音が聞こえていて私は首を傾げる。
え、何カビゴン的な子なの?ポケモンの笛吹くの?
私にはわからないが、2人にとってこれは当たり前のことでアクシデントというわけでもなさそう。
「行きます!」
イリマさんの声で、ネッコアラが寝たまま動く。
嘘でしょ、この子転がって動いてる……可愛い……。
「しねんのずつきです!」
イリマさんの指示でネッコアラがケケンカニへ飛び込んでいく。
「ケケンカニ、アイスハンマーで打ち返しますぞ!」
強烈な音を立てて、ネッコアラが弾き返された。ケケンカニは反動もなさそうにピンピンしている。
アイスハンマー、こおりタイプ。ケケンカニがかくとうタイプなら、ひこう対策だろうか。
「流石ハラさんのケケンカニ、タイプ相性だけでは勝てませんか」
「まだまだ!」
ハラさんのケケンカニが足を動かして、そのままアイスハンマーをネッコアラに何度も振り下ろす。
その猛攻にひっと声を上げてしまう。恐ろしい、さっきまでの柔和なハラさんのバトルスタイルとは思えない苛烈な攻撃に腕を抱えた。
「ネッコアラふいうちです!距離をとって!」
アイスハンマーをコロコロと避けるネッコアラに攻撃が入るより早く、イリマさんの指示が飛ぶ。
「ケケンカニ、じしん!」
いきなり足元から上ってきた振動に私までよろけてしまう、ポケモントレーナーは体幹も鍛えなくてはいけないらしい。イリマさんもハラさんも踏ん張っていたが、狙われたネッコアラはバランスを崩したのかずさっとあらぬ方向に転がってしまう。
「じならしで相殺してください」
持っている木を地面に叩きつけたネッコアラの攻撃で、揺れが小さく落ち着いていく。反動で飛び上がったネッコアラを目で追う。
「今です、たたきつける!」
拳を握り込んだイリマさんが身を乗り出すのが視界の端に見えた。
私も釣られるように握った拳が汗ばんでいる。ネッコアラがもう一度飛び込んだ瞬間だった。
「ケケンカニ、ストーンエッジですぞ!」
ネッコアラの体ぴったりを地面から迫り上がった岩が突き刺すように現れた。
「そのまま、インファイト!」
ハラさんの鋭い指示と同時くらいに、イリマさんの方から光が見えて慌ててそちらに目を向ける。
……ええ?
正直な話をすると、何やってんだ?ってズッコケそうだった。
イリマさんは謎の肘を曲げて上下に構えるポーズをしている。その腕につけたものがピカピカと光っていて、多分新要素なのはわかるんだけど、なんだそのポーズ!
「ウルトラダッシュアタック!」
ウルトラダッシュアタック、なんだその私がそれっぽい英単語を並べたような攻撃は。
腕の光がネッコアラに向かって放たれて、空中でぐるぐると回り始めるネッコアラの体。
撃たれたインファイトをまるでガクンと地面に落ち込むように避けて、バウンドするようにケケンカニの懐に。
ハラさんも四股を踏むような足踏みと一緒に、イリマさんと同じポージングをとる。
次の攻撃をしようとしているんだろうな、ケケンカニが耐えると疑ってない。
「ぜんりょくむそうげきれつけん!」
一瞬のことだった。ケケンカニのハンマーが漫画みたいに素早く何度も振り下ろされて、ネッコアラがその衝撃で宙をかすかに長く浮いて力無く落ちた。
いつのまにか止めていた息をふうっと吐き出して、それから……拍手をすることにした。
イリマさんは少し悔しそうにした後、ふっと息を吐いた。
「流石はハラさんです」
頷いてまるで自分の位置を確かめたような、満足そうな顔をしたことで、ポケモンバトルっていうのはそういうものなんだろうなとわかったような気持ちになった。多分気のせいだ。
「今回はなかなか危なかったですな」
「ありがとうございます。でも、ハラさんのケケンカニに挑むにはまだまだ試行錯誤が必要ですね」
「またいつでも立ち合いますぞ」
「はい!」
イリマさんはそれから思い出したように、ハラさんに耳打ちをして、「では、ボクは少し失礼しますね。ハラさん、なまえのことお願いします」と言った。
ん?と頭にはてなを浮かべていると、彼はパチンとウインクをしてスタスタとどこかに行ってしまう。慌てて追おうとした私のことなど目もくれず、ハラさんも「お茶でもどうですかな」と言われ、恐縮しながらお家の中に呼ばれた。
「ハラさん、おかえりなさい」
思ったよりも多くの人が家の中にいる。目を見張っていると、そっと会釈される。
「お客さんですか、お茶を準備しますね」
「うむ、お願いしますぞ」
扉を開けてくれた敬語を使ってるお兄さんにも会釈をして、ソファーがある部屋に通される。
「あ、あの」
木でできたソファーに座るように促されて、素直に座ると向かいにニコニコと笑っているハラさんが座る。今改めて思うとこの人もこの島で1番偉い人ってことになるのではないだろうか。さっきの人もしかしてお弟子さん、とか? 本物の!?
「そう固くならなくてもよいですぞ。しばらくすればイリマも帰ってくるでしょう」
「は、はあ……」
「それはそうと、ゼンリョクのポケモンバトルどうでしたかな」
どう、と聞かれると……正解なんてないよね、こういうのって。えーと……。
「すごかったです、息つく暇もないっていうか」
さっきのバトルの流れを思い出す、受けに回っていたハラさんのケケンカニはそれでもどっしりと構えていて、反撃に回るときの一発も重くて、正直怖いとまで思った。
「こう、ハラさんのケケンカニは攻めても守っても安定?してて、すごい多分鍛えてるんだなって思いました。えっと使うと色々と下がる技が多いのに積極的に使ってて」
私は物理も特殊も技を覚えさせている時にしか使わないけど、かくとうってことは特殊技って少ないからあんまり多用したくないイメージだ。
「そう見えましたか、ありがたい言葉ですな」
「いえいえ」
「イリマの方はどう見えましたかな」
イリマさん、ネッコアラ、うーん。じしんにじならしをぶつけたりしたのは、なんだかリアルっぽい戦闘だったから印象に残ってるけど。
「試している、ように見えたかもです」
「ほほう」
嬉しそうな顔をして頷いたハラさんに、少し気が楽になる。私は調子に乗って、イリマさんがした戦法の特にケケンカニの間合いに入る時、上からと下から両方の動きを見たことを伝えた。最初のたたきつけるとさっきのウルトラダッシュアタックだ。彼のネッコアラを目で追うのが忙しかった気がする。横から見ているから気付けたけど、これが横向きの動きだったら、多分そうは思わなかった。
「ポケモン勝負に決まり手はありませんからな、なまえの感覚は至極正しいでしょう」
「決まった型がない」
「はい」
ハラさんが優しげに頷いたところで、さっきの人が私の前にお茶を置いてくれた。
「アレはわしの弟子の1人ですが、我らはアローラ相撲も稽古をしております。突き出しや寄り切り、投げ、公式に認められている手は82手。たったの82手ですぞ」
ハラさんがあげたものくらいしか知らない私には、むしろ相撲の技と聞くと多いような気もする。
「われわれはそれをひたすら繰り返し稽古をして身体に覚えさせ、そして勝つ。それに比べればポケモン勝負とは水物。決まった型がなく、今でもわしの知らない技を使うポケモンさえおりますな」
「ああ、確かにめちゃくちゃ運ゲーですよね」
「うんげー?……なまえが気づいた通り、イリマはそれに動きを加えて計算していたようですな。日々成長し変化していく、戦うたびに驚かせてくれるトレーナーの1人です、全くハラハラさせてくれますなあ」
小気味よく腹を震わせて笑うハラさんの言葉に、私は驚いた。
「もしかして、イリマさんはネッコアラと打ち合わせせずにああしていたんですか……すご」
上に飛んだのは反動を使って、それで、さっきの謎技では重力を計算に入れていたってことになるのかな。
「おや、そこまではまだ気づいていなかったようですな」
「はい、でもやっぱりイリマさんすごい」
ふふふとつい、身内が誉められたような感じの誇らしい気持ちになって笑いが漏れる。ついでに私の審美眼も誉めておく。
ハラさんは満足げに笑って、よいしょと立ち上がった。
「すみませんが、わしは稽古場を見に行きますので失礼いたしますぞ。イリマが来るまでは楽にしていてくだされ」
「あっ、こちらこそすみません、ありがとうございます」
「いいえ、わしらも新たなアローラの仲間が、良き風を連れてきたことを嬉しく思いますぞ」

「これもまたカプのお導きですな」
その言葉の重さも深さもわからない私だったけど、ハラさんなりの激励の言葉なのだということは伝わるような響きに、精いっぱいその言葉に笑って返した。

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