こはくとひすい


前から歩いてくる人に目を疑った。何度も録画した映像を見て目に焼き付けた姿が目の前にあった。
通り過ぎて数秒、呆然と立ち尽くした私は慌てて踵を返す。
「ショータ選手!……ですよね!」
呼び止めるために大声をあげて、慌てて語尾を付け足した。私の声に振り向いてくれたその人は、私の顔を見て首を傾げた。
「あ、あなたは?」
「あっ、ああ」
声、思ったより、低い。返事、返事しなきゃ。喉が渇いてるのか、うまいこと声にならない。
「あの、大丈夫ですか?」
「は、ハイ!えっと、あの、」
裏返った代わりに、勢いで声が出る。
「ファンです!」
手を差し出して頭を下げると、困惑した声が頭の上から聞こえた。足元しか見えない視線の中で、「僕ですか」と少し不思議そうな声がして、迷惑だっただろうかとじんわり涙が出そうになる。
「か、カロスリーグ、準々決勝と準決勝しかここでは放送してなかったんですけど、すごく強くて、かっこよかったです」
「カロスリーグを見てくれていたんですね。少し照れますけどありがとうございます」
ぎゅっと伸ばした手を掬われて、恐る恐る顔を上げた。ほんの少し頬を赤く染めて笑いかけられた瞬間、脳内をさまざまな思考が駆け巡る。
わ、笑ってる!照れてる!優しい!かっこいい!
くらっと眩暈がしそうな気持ちになりながら、意識を手放すなんて勿体なさすぎるので必死に耐える。あ、手汗。
「ご、ごめんなさい突然、」
手を引こうとした瞬間に、今握られてることに気づいて0.00001mm引いたことをなかったことにした。
ショータくん(勝手に呼んでいる)はこんらん状態の私に少し困ったように笑いながら、腰につけているボールホルダーを一瞥した。
「あなたもトレーナーなんですね」
「はい!シンオウで旅をし始めてしばらく経ったくらいです。まだバッジは2つだけど」
「二つもバッジを、だったら」
バッジを8つ集めてリーグに出ているトレーナーなのに、二つの私のことを本当に感心したように言ってくれるショータくんは、私の目を見返した。熱に浮かされていた私を覚まさせて、別の熱を呼んでくる。
「ポケモン勝負しませんか」
マジで……?

バトルコートに移動した私たち、私の大声のせいでチラホラとショータくんのことに気づいた人もいるのか、ただのバトルマニアか、観戦しようとしている人もいた。
「一対一でどうでしょうか!」
反対のコートで真っ直ぐ、こちらを見ている彼がそう聞いてくる。
「は、はい!いけます!」
今憧れのトレーナーとバトルをするんだが、何か質問ある?いやあるあるある。絶対負けるじゃん。
「よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、全力で行きます!」
いやいやいや、なんで全力!?
「行ってください!ペロリーム!」
飛び出してきたペロリームに、「きゃー!」と悲鳴が漏れる。
「か、かわいい!」
「ありがとうございます……でも僕のペロリームは強いですよ」
「知ってます!」
何度も見た映像の中でも、メロメロと特徴を生かしたバトルは見た目に反して力強い。震える手で腰のボールに手を伸ばすけど、掴み損ねて落ちたボールからのしっとしたボディが現れる。
「ご、ごめん、落としちゃった」
感情が読み取れない真顔で私を見たビーダルは、そこがバトルコートだと気づいて、ぬっと戦闘態勢になる。私の手持ちにはオスはこの子しかいないし、この選択で間違ってないよね……。
「先行はお譲りします、かかってきてください」
先輩トレーナーの多くと同じく、そう言ってくれたショータくんのお言葉に甘えて、いつものバトルを必死に思い出しながら、指示を出す。
「ビーダル!あくび!」
その指示に何となく私自身も、なぜか自信が出ない。何か引っかかる。最初に状態異常を誘って戦うのは私のバトルでは決まった型の一つなのに。
ビーダルは大きく口を開けて間抜けにあくびをしたけれど、ペロリームはケロッとした表情で、ビーダルを見据えている。なんで?
「残念でしたね。ペロリームのとくせいはスイートベール、ねむり状態にはなりませんよ」
そうだった、ペロリームを図鑑で調べた時に書いてあったのにうっかり忘れていた。あんなに何度も見ていたのに、リーグバトルでは出番のなかったとくせいのことが抜けてしまっていた。
「ごめんビーダル!いかりのまえば!」
慌てて立て直そうと指示を出すけど、それより早くペロリームが動く。
ビーダルよりも素早く放たれたのはかえんほうしゃで、攻撃に入ろうとしていたビーダルの体に直撃する。
「大丈夫!?」
四つん這いで傷を受けながらも、こっちをチラッと見たビーダルを見てこくんと頷いた。えらい!耐えてる!
「行こう!アクアジェット!」
「ペロリーム避けて!そのままマジカルシャインです!」
ビーダルが纏った水が勢いを得て、ペロリームに向かっていくのを見ながら、ぴょんと飛び上がったペロリームがキラキラと光出す。水はペロリームの足をかすめたけれど、上から眩しい光がビーダルを襲う。
「ビーダル!」
水の勢いに足を取られて少しだけバランスを崩したペロリームが悠々と着地するのが見える。あ、
「そのままようせいのかぜ!」
あっと声を上げるより早く、ビーダルに直撃した激しい風が止む。力無く倒れている姿に唇を噛んだ。
「ビーダル、戻って」
ボールの光に包まれて、手元に戻ってきたその子をボール越しに撫でる。
「お疲れ様でした」
反対のコートから歩いてきたその人に微笑まれて、私は仕方ないのだと苦笑いをした。

「なるほど、ペロッパフやペロリームはシンオウには生息していないんですね」
バトルのおかげで程よく緊張が解れた私は、ショータくんと並んで座りながら話をする。今思うと、バトルに誘ってくれたのは緊張してる私に気を遣ってくれたからだろうか。
「はい、スイートベールのことを知ったのもショータく、さんの……バトルを見てペロリームに興味を持ったからで」
危ない危ない、真っ正面からそんな馴れ馴れしく呼んだらなんだこいつってなる。
「シンオウにはスイートベールをもつポケモンはいないんでしたね、気候や生態系の関係でしょうか」
映像で見ていた戦い方に似て、少し話しただけでも頭が良いんだろうなって感じる。でも、アクアジェットで空中戦を戦おうとしたりするところもあって力技に近いこともするんだよな、この人。
聞けばシンオウに来たばかりなのに、ポケモンの生息地なんて覚えてるものだろうか。今は開かれている手帳は、カバーの革が随分と使い込まれた色をしているのが見えた。
「そうだ!なまえはシンオウ出身でしたね。ここから近いジムはどこかわかりますか?あとそれからこの辺で珍しいポケモンが出てくる場所とか、ポケモンたちが大量発生しやすいところとか、地元の人じゃないと知らないような特別な場所とか色々教えてくれませんか!」
上半身を乗り出して、目を輝かせたショータくんに後ろに仰反る。いきなり近くなった距離にどきどきした心臓を服の上から押さえつける。
「え、えーっと、ここから近いジムだとミオシティのミオジムかクロガネのクロガネジムですね。珍しいポケモンか……うーん」
誤魔化すように頭を頑張って回転させる。カロスリーグを見てすぐ、取り寄せたカロス図鑑を脳内でめくる。シンオウにいてカロスにいないポケモン……。
「あ、クロガネの博物館は化石復活マシンで化石ポケモンの復活させてたんで見に行ったら、化石ポケモンが見られるかもです!シンオウはタテトプスとかいるんですよ!」
「タテトプス、図鑑でしか見たことないポケモンです!クロガネから回るのもいいかもしれませんね」
「クロガネはヒョウタさんのジムです。いわタイプで私も最初に挑戦しました!」
「いわタイプですか、なら僕のポケモンたちは相性では有利が取りやすい……シンオウで初めてのジム戦負けられません!」
既にヒョウタさんと戦うことを想像してるのか、頷きながら笑うショータくんに少しだけ視線が下に落ちた。
さっき負けたのは、こういう向上心が私に足りないせいだっただろうかと良くない考えが頭を過ぎる。
「なまえはビーダルで戦ったんですか?」
「はい!すぐに進化してくれたから、水タイプのわざを覚えてくれて!」
そうだ、さっきのあれだってショータくんのバトルを見て長時間水を纏うアクアジェットを練習して、ほとんど完成していたのに、見せることもできなかった。
悔しいな。
そんなふうに考えて、カロスリーグの猛者に悔しいなんて思うなんて身の程を知れ!と自分に言い聞かせようとして、失敗した。
ふつふつと、悔しい気持ちが湧いてくる。ずっと悔しい。腰のボールが少しだけ揺れた。
ショータくんはあーでもないこーでもないとジム戦のイメトレなのか戦略の構想なのか、忙しそうに何かを考えていた。
その横顔が眩しく見えてしまいそうで、瞬きをした。
そうじゃない!
言え!言って!言っちゃえ!
「あ、あ、あの!!ショータくん!!」
「なんですか?」
大声を出した私に、次はもう驚かないショータくんがにこりと笑って聞いてくれる。
「もう一回バトルしてください!」
多分勝てないけど、次は、負けないから!一歩踏み込んでそう言った私にショータくんがあの熱を称えて口角を上げた。
「もちろん!」

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