かいなし


大きな木を見上げながら、風が通るのを心地よく感じる。
あの一件で見た不吉な色に染め上がった空も今となっては、幻だったのではと思うほどだ。
青い空の綺麗なグラデーションはここにカメラがあったら、迷わず写真を撮っていただろう。
残念ながら私の手元にはマップ機能と謎の電波の受信機能しか残っていない、持ちにくさマックスのスマホしかない。カメラ機能の一つくらい残してくれていてもいいのに。神様っていうのは融通が効かないらしい。
「なまえ」
ここは黒曜の原野。ましてや此処は、彼の「生息地」だろう。
「キクイくん!」
振り向いた先には帽子に手を支えて、私を見ているキクイくんが立っていた。
「今日はどうしたんだね」
というのも、私は先日ポケモン図鑑の完成させたからなんだろう。ギンガ団だけじゃなく、シンジュ団の方にも伝わったらしく、いく先々で今は何をしているのか聞かれることも多くなった。
今は図鑑タスクを埋めて博士の手伝いをと答えているけれど、それもいつかは終わってしまうと思う。
それを考えていると、誰にも言えない不安がじわじわと足元から昇ってくるような気持ちになる。
自分のやれることがないことが怖い。私がここにいられるのは調査隊だからだった。
村を追い出された時、私を助けてくれた人たちがいた。今更、追い出されるかもしれないとかそんなことは考えていないけれど、それでも時々、本当に時々不安になる。
私は、調査することがなくなった私の価値を疑っている。
「ちょっと巨木を見に」
「そうかね」
私の返事に、少し嬉しそうな色を滲ませたキクイくんの声。彼はこの場所と、この場所にいるバサギリのことが好きだから、嬉しかったんだろう。その笑みにつられるように私の口元も弧を描いた。
それが気に入らなかったらしく、ごほんと咳払いをした彼は私と反対の形に口を曲げて、不服そうな視線を向けてくる。
「子供扱いをするのはやめたまえと散々言っているんだけどね!」
「そんなつもりじゃなかったってば!」
ぷんぷんと怒る彼には悪いけど、そんな反応をされると余計笑ってしまう。
「どうだか……」
疑ってかかるような表情に少し悪いような気はして、そっと目を逸らす。逸らしてすぐ、一拍も置かずに彼が口を開く。
「随分と悩んでいるようだけど、オレに何かできるかね」
随分とはっきり言われてしまう。普通こういう時は放って置いてくれるんじゃないのかな。
「できるよ」
「ふむ、なら言ってみるといい」
「いいよ、大したことじゃないもん」
「ならば、尚更言うべきではないかね」
「……いや、やっぱりいい」
煮え切らない態度の私に見かねたのか、キクイくんは手持ち無沙汰に下ろしていた手に触れてきた。
いきなりのことで彼の方を向くと、じっと目が合ってしまう。
ほんのりと暖かい体温が私の指を掴んでいるのがわかる。ざらついている感触は、キクイくんのだ。
「あっ、……」
声が上げたのは私だった。じっと目が合ったまま、涙が勝手に溢れてきたせいだ。
そんな私にキクイくんも驚いているようで、目を見開いているのが滲んで見える。
「ごめ、泣くつもりじゃ……」
「構わないよ」
掴まれた手は離し難くて、片手で涙を拭こうと袖で擦っているとするとその手も彼に掴まれてしまう。
「そんなにゴシゴシするものじゃないよ」
すぐに離れていった手が懐から出した手ぬぐいで、そっと目尻を拭いてくれた。
「……キミも十分子どもだと思うがね」
意趣返しのようなものだろうか、そんな言葉をかけられても、どうにも言い返せない。
どうして泣けたかなんて、大人になったってわかんないよ、きっと。

「それにしてもよくもそんなに泣けたものだね」
「私もそう思う、水溜りできてない?」
「ヌメイルが喜ぶだろうね」
馬鹿みたいなことを言ったら、さらりとそんな言葉が返ってきた。足元には木陰で乾き切らない地面があっただけだった。
「時々、ここに来てもいい?」
声が少し震えてしまった。
言葉にしたことを少し後悔しながら、どんな顔をしているのか不安になってそっと窺うと、少し得意げな顔をしていた。
「傍目八目ということかね?」
「……なんて言ったの?」
おか……?よくわからなくて首を傾げた私に、彼はまた口をむっすりとさせて、溜息をついた。

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分かりにくいと思いますが、多分ですね、彼はあの一件でちゃんと味方できなかったことを少し気にかけてくれるタイプじゃないかなって思って書きました。

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