色眼鏡で見ている


捏造あり。ネタバレあり。





「な、何かな」
キクイくんはむすっと山型に口を閉じて、じっと私の方を見ていた。
キクイくんの黒くて大きい目と目が合って、つい目を逸らしてしまい、上目がちに様子を窺った。
「キクイ、くん?」
無音でずっと見られて、落ち着かない。
彼の手が、私の方へ、伸びて。
そっと、サングラスのツルに触れた。ずいっと近づいて来た彼はしげしげと私、ではなく、私の掛けているサングラスを上から下からしげしげと覗き込み、閃いたように頷いた。
「これだね!」
見開かれた目の光が眩しくて、サングラス越しなのに瞬きをした。

私からサングラスの購入場所を聞き出したキクイくんが、すぐさま呉服屋に向かおうとするのを引き止めて自分のつけていたサングラスを差し出した。
「貸してくれるのかね」
「うん、うん」
コクコクと首振り人形のように首を振った私に、ほんの少し微笑んだ顔を見て、ふやけそうな顔を必死に引き締めた。
しかし、何に使うのだろうと思っている私に気づいたのか、キクイくんはふっと笑ってこう言った。
「オリジン鉱石を覚えているね。オレが鉱山資源の採掘をしていることも」
「覚えてるよ」
「うん、さすがだねなまえ」
私の返事に満足げに頷いた彼は、オリジン鉱石の今の様子を話してくれた。
元から蓄光しているような淡い光を纏っていた鉱石が時折、強い光を放つらしい。そのせいで作業が進まず困っていたそうだ。度無しのサングラスは、その作業用に使いたいようだった。
「だからどうしても汚してしまう可能性があるのだよ。君の大事なものだろう、大丈夫なのかね」
「大丈夫!他の色も持ってるから!」
食い気味に頷いた私の返答に、キクイくんは気を良くしたのか、太古の洞穴へ一緒に行くことを提案してくれた。のこのこと着いていくことを決めた私は、隣の彼が自分の貸したサングラスをかけていることにどうしょうもなく足取りが弾んでしまい、浮かれているのがバレてないか心配だ。
大きな帽子にサングラスの彼はきっと、彼に特に突っかかるツバキくんや他の人が見たらきっと不思議で不自然だろうけど、私にとっては格好良く見えてしまう。キクイくんにサングラスをあげてすぐ、色違いのサングラスを掛けた私は彼にどう見えているだろう。
「やっぱり……」
お揃いで浮き足だっている私をよそに、真剣なキクイの声が洞穴の中に響く。
私の貸したサングラスをかけるキクイくんは、じっと岩壁に手を当てて埋まっているオリジン鉱石に顔を近づけている。
確かにオリジン鉱石は、前回採掘のために訪れたときの淡い光と違い、時折チラチラと光を放っている。
「すごいね、このサングラスとやらは」
「シャロンさん、どうやってこんなの仕入れてるんだろうね」
呟くようなキクイくんの声に、返事をするように答えた。サングラスの作り方なんて、現代に生きていた私でさえよく知らないのに、どこでどう発明されたのだろうか。
オリジン鉱石を角度を変えながらじっと観察するキクイくんは、気のない相槌をついてくれる。もう、私のことなんて目に入ってないようで少し残念なような、でもそれは別に嫌なことでもなくて、その横顔を眺める。
岩肌から露出した赤い鉱石を見るキクイくんは、いつもよりも大人びた顔をしている。大きい目を細めたり、遠くから覗いたり、見ていて飽きない横顔だ。
「取ったりはしないの?」
投げかけた疑問には返事は返らず、ほんのちょっとだけ寂しい。
赤い色の光を遮る黒いレンズ越しの彼は集中しているようで、いつもならこんなにじっと見ていたら嫌がられてしまうのは分かりきってる。
「採掘はもう試したんだ。どうにもここの地質が関係しているのか、光る現象は採掘した後では見ることができないのだよ」
「あ、そうなんだ」
聞いてないわけではなかったらしく、時間差で返答が返ってきた。
「これがキミの持っているプレートに近しいものとするなら……」
私に聞かせる気があんまりなさそうな声に少し笑ってしまう。ぶつぶつといくつもの仮説を並べていく彼は本当に夢中みたいで、私も気になって少しずれたところに埋まっているオリジン鉱石を覗き込んだ。
確かに光がちらちらとして見にくいけど、サングラスがあるとだいぶ軽減されている。もう少しレンズの大きいものがないか、今度シャロンさんに聞いてみようかな。
赤い色のせいか少し熱を感じる気もする。キクイくんを真似するみたいに観察をしながら、言葉にしてみる。
「なんか、ちょっと不思議だね。地層とかと関係してるのかなあ」
返事なしかあ。まあいいんだけど。
やっぱり少し残念な気持ちで、きっとオリジン鉱石に夢中になっているだろうキクイくんを見た。
「えっ」
バチっと目が合って、2人して固まった。
先に正気に返ったのはキクイくんで、咳払いをしてサングラスを外す。
「ありがとう、なまえ。お礼を言わせてもらうよ」
「う、ううん」
ひっくり返った声が恥ずかしい。
「じゃあオレはヌメイルを連れてまた訪れる事にするよ、それじゃあ気をつけて帰りたまえ」
慌てたように洞穴から出ていくキクイくんを見送って、目が合ったときの光景を思い出す。
惚けたような、彼らしくない、表情。
さっき鉱石を眺めていたときよりも……なんて、自惚れてしまいそうだ。

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