ステルスロック


「そのハイカラな履きモン以外履かねえのか」
注がれた視線を辿ると、もうボロボロのサンダルを見ているのがわかった。
この世界に来てから服はいろんなものに着替えたりして、呉服屋さんでも顔を覚えられてる私だけど、靴ばかりは変えられなかった。
不思議そうなセキさんの顔に、どう反応するか迷ってしまう。不自然な間が空いても、セキさんは私の方を見てくるだけだった。
「実は、鼻緒がある靴が苦手なんです」
「ほお、おかしな形をしていると思ったが、確かにあんたの履いている履きモンには鼻緒がねえな」
「間に紐があると気持ち悪いし、痛いし」
「歳の割には落ち着いてるように見えたが、案外ガキだな」
「履き慣れてるものの方がいいに決まってます」
ふっと笑ったセキさんが徐に視線をよこした足は湿原帰りで土に汚れている。恥ずかしくて少し足を引いてしまう、半股引だからどうやっても見えてしまうけれど。
「おっと、悪い。娘さんの素足なんてジロジロ見るもんじゃねえよな」
娘さん呼びが尚のこと恥ずかしくて、顔も上げられなくなってしまったこの会話はつい最近のことだった。

鼻緒が切れるのは縁起が悪いなんてよく聞く話だけど、サンダルの布が千切れるのはどうなのだろう。
もうそろそろだと分かっていたのに、買い換えるタイミングを逃していた。呉服屋に下駄とかばっかり置いてあるのが悪いんだ。
裸足になって天冠の山麓を歩く。石や岩が足の裏に食い込んで、痛い。手持ちたちも図鑑タスク用のために協力してくれているいつもの子たちと違う子を選んできていたため、出てきてもらう気にもならなかった。
とぼとぼと歩いていると気持ちまで沈んできて、なんだか惨めな気持ちになってくる。林の中の静けさとか、これでポケモンに見つかったら走らなきゃいけないこととか、考えると心細くて、早くベースキャンプにいる博士に会いたかった。
博士はきっと裸足の私を心配してくれるから、そしたら笑って大丈夫だって言えるのになあ。
けど、今は誰もいなくて、笑わなくていいけど、今はそういう気分じゃなかった。
靴を買わなかったのも自業自得で、だから私が悪いので、今は笑い飛ばしたい気分だったのに。
1人でいるとどうしても沈んでしまう気持ちが、私の集中を切らしたのか、私はいつの間にか草陰から出てしまっていた。
天冠の山麓、中でも人間の気配に敏感なポケモンが何体か心当たりがある、ちなみに今回はレントラーです。
ふ、笛吹かなきゃ。目が合った瞬間、逆向きに走り出しながらポーチに入れてた笛を手探りで探す。アヤシシさまアヤシシさま、早く早く早く、旋律じゃなくて私の悲鳴で来てください!
足に食い込む石が痛くて、歯を食いしばりながら走る。当たり前だけど、私よりもずいぶん早いレントラーはどんどん追い上げてくる。
こんなに焦ったのはいけると思ってオヤブンポケモンにぎりぎりで競り負けた時以来だった。
「リーフィア!リーフブレードだ!」
聞き覚えのある声と指示に振り向くと、つい先日話をしたセキさんとその相棒が私を追いかけていたレントラーの間に立っていた。私はといえば、もつれそうになっていた足はついに引っかかって、尻餅をついた。
レントラーに多分急所を狙って攻撃したリーフィアは、それ以上は手を出さず、堂々とレントラーと対峙している。
「……リーフィア、レントラーの足元にリーフブレードだ」
「ふぃあ!」
敢えて攻撃をしないそれは、境界線のように地面を抉る。リーフィアの後ろ姿は、私から見てもわかるほど殺気立っていて、レントラーもこちらを警戒しながらもどこかへと走って行った。
「セキさん……」
「応、危なかったな!」
振り向いた二人には先程の気迫は全く見えなくて、私とは違う生き方をしてきた人たちだったことを思い出した。私よりもずっと自然の、野生の怖さを知っているんだった。
「今日はどうした、お前ならあのレントラーくらいどうとでもなるだろうに」
カラッとした返事に私はにっと口角を上げて、答えようと口を開いた。
「今日は、いつもの子達じゃなくて図鑑タスクに協力してくれている子達だったので」
「なるほどな」
「それよりさっきはありがとうございます、一発で諦めさせるなんて」
そうやって立ち上がりながらお礼を言う。リーフィアちゃんにもありがとうと声を掛けて、セキさんに向き直る。
「気にすんな、それよりお前に渡したいもんがあってな」
「えっ?」
「ほらよ」
セキさんがゴソゴソと袋を取り出して、ぐいっと渡される。その袋を受け取って、中身を覗き込む。
「これ」
「オレが作った出来立てだ、すぐに見せてやろうと思ってな」
そう言って私の足元をちらりと見てから、それはもう快晴の空くらい気持ちの良い笑顔で笑い声を上げた。
靴なんてもらったことなかった。それどころか靴が作れるなんて考えもしない。
「まさかこんなにすぐ出番があるとはな!」
コンゴウ団の人たちの履く靴によく似ているけれど、色と形はちょっと違う。くるぶしまでの高さに色はギンガ団カラーだ。
「あんたには世話になっているし、オレはあんたがヒスイのどこもかしこも走っていくのを気にいってる」
そうやって話してくれる話を聞いているのに、私の視界はゆっくりと滲んでいく。
この人はいつもそうだ。苦労を惜しまず、必要だからという理由で私にいろいろなものを譲ってくれた。それはきっと、即物なものだけではなく、その靴を作るための時間だってそうだっただろう。
「まあおかげで探すのにも苦労するがな。……うん?」
靴を覗き込んで俯いたままの私に気づいてしまったらしく、喋っていたのを止めてしまう。私は気を遣わせたくなくて、話そうとしたけど、嗚咽がどうしても邪魔だった。
「あ、の、……ぐ、ぐつ、ありがと、っ、ござ」
「いいよ、泣きたい時は泣けよな」
しゃくりあげる私のお礼を遮るようにそう言ったセキさんに、堰き止めていた涙が一気に溢れ出した。
ううーと唸る私に、セキさんは慣れたように頭をガシガシと撫でてくる。足がすでにボロボロなのに、頭までぐしゃぐしゃにされたら、どうしようもないのでやめて欲しい。
そう言いたい声も出なくて、私は涙が止まるまでセキさんにされるがままだった。
「ようやく落ち着いたか」
リーフィアちゃんが退屈しすぎて、周りの木々の実を全て取り尽くしてしまったくらいで落ち着いた私は、その中でもオボンのみを渡されて、大人しくかじっていた。
「ところでそろそろそれを履いちゃくれねえか」
サイズを確認したいと言うセキさんの顔を見て、頷こうとした首がぴたりと止まる。
「……い、いやです」
「あ?どうしてだよ」
「足汚れてるのに、今履きたくない」
子供の駄々と同レベルのそれを口に出すのは、とんでもなく恥ずかしかったけれど、首をブンブンと横に振ってじっとセキさんを見た。セキさんは私の主張に目を見開いていたが、吹き出すように笑っていつもの髪をかきあげるような素振りで頭を押さえた。
「そいつは仕方ねえな」
小気味のいい笑い声を上げた彼は私の前にしゃがみ込む。
「セキさん?何やって……」
「仕方ねえからコトブキムラに着くまで待ってやるよ。ったくよぉ、急いで帰るぞ、なまえ」
コンゴウ団のマークの着いた羽織が、思ったよりも大きな背中にかかっている。この人は団を背負っている人で、そんな人の背中に負ぶさるなんて。
そう思っていながらも、私の体はずいぶん素直だった。泣いて疲れて、足も痛くて、多分そんなに躊躇もなく、私はその背中に飛びついた。その勢いにうっと呻くセキさんに笑い声が出た。

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