地に足がついていない


「いたたた」
「もう、なまえさんはすぐに気になるものに手を出すんだから!」
慌てたようにカイさんに手を引っ張られているなまえさんを、またかと横目で見ながら通り過ぎるのを見送る。
「カチコールに触るなんてとんでもない!赤ん坊でもやらないよ!」
「赤ちゃんに触らせる人はいないよー」
ケラケラと笑ったなまえさんにカイさんが慌てて手当てをしようとしている。子供のように気になったらすぐに手を伸ばす。彼女の悪い癖だろう、きっとどれだけ冷たいのか気になって……とか何とかなんだろうね。
初めて会った時も彼女はそうだった。
顔を突き合わせるなりオレの顔を覗き込む素振りを見せた。子供を相手にするようなその仕草は少し癇に障ったが、そんなことは次の行動で吹き飛んでしまう。
彼女はオレの帽子に手を伸ばして、持ち上げた。
誰かに帽子を直されたりすることはあっても、そんな意図があるようには見えない。ただ顔が見えないから手を伸ばしたような、そんな動きをするような年上は周りにはいなかった。
飛び込んできた瞳は木々の隙間から落ちた光を反射させて、帽子の影に光が差すようだったね。オレと目を合わせてヘラりと笑った彼女に内心動揺しながら、呆れたような態度を取ったのは懐かしい。
懐かしさついでにバトルに負けたことを思い出す。フワンテをボールから出して、ポケモンともどもふわふわとした戦いに、つい力んでしまったのは今でも気に食わない。
なまえさんという人間はとにかく不思議だった。対して普通と変わらないように見えて、流れ者。突飛なことをしたりするわりに、一般的。
そんな彼女は日毎に、さまざまな地を巡る。今日はオレと偶然目的地が近かったのか、先ほどまでオレに付いて回っていた彼女は、洞穴で採掘作業で目を離した隙に洞穴の奥に行ってしまったようだった。
どちらが年上だかわかったもんじゃないと、彼女が進んで行ったであろう道を辿る。
その奥にはもともと合った道が地震で埋まってしまった行き止まりがあり、彼女はそこで立ち止まっていた。
採掘をする自分も周囲の様子を忘れることがある。でもこれは違うと、何となく気づいていた。誰も彼女のそれに気づいてないのだろうか。
大人というのは大変だ。気づいているのに、気づいていないふりをしているのだろうか。
カイさんは気づいてないかもしれないけれど、セキさんは気づいているだろう。
ツバキは気づいてないだろうけど、ユウガオさんなら気づいている。
オレは気づいているけれど。
ふわっと何かの気配が漂っているのを感じて、目を凝らしてみれば、彼女の足元に黒い塊があった。
ゾロア?黒い、ゾロアだ。ここは黒曜の大地と天冠の山麓の間の洞窟だというのに、珍しい。いや、ゾロア自体、黒いはずはないのに。
調べてみなければと、近づいたその時だった。ゾロアの姿がゆらゆらと揺れているのに気付く。自分の目がおかしいのか、白と黒が混ざって見える。
警戒しながらじりじりと距離を詰めてあと一歩というところで、なまえさんの手がゾロアの方に伸びた。
またいつものかと、思わずその手を引っ張ると、ゾロアはオレの方を見てから揺らめきに紛れるように消えてしまった。
「キクイくん、終わったの?」
「そうだね。それよりさっきのゾロア……」
幻影を見せるポケモンだと、ギンガ団の図鑑にも書かれていたことを思い出すに、あれは幻だったのだろうか。
「ゾロア?この辺に?珍しいね」
先程あなたの隣にいただろうと言おうとして、思い直す。見ないふりが大人の一歩、かもしれない。
「……何でもないね」
彼女の足がくるりと引き返してくる。
なまえさんは帰ってこようとしているなら、そっちは見てみぬふりは良くないね。
仕方ないと掴んだ手を離さないまま、外へ引っ張っていく。
「もう採掘はいいの?」
「今日はもうおしまいだね、やりすぎは良くない」
「何事もほどほどってことだねー」
どうにもわかってないらしい、なまえさんの間抜けな声にもう一度その手を掴み直した。

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