ごちそうさま


レジェンズアルセウスネタバレ捏造あります、気をつけていただければ。


アルセウスフォンは不思議なスマホ。少女をお家に帰してはくれないけれど、少女が欲しいものをねだると一定確率でそれはぽろりと手に入る。魔法のスマホ。
「そこのお客さん」
いつも通りになまえがシマボシ隊長に調査の報告をしようと歩いているときだった、彼女を呼び止めたのはイチョウ商会のギンナンさんだった。ツイリはやる気なさげな彼が珍しく呼び止める人物を見て、また呼び込みに戻っていく。なんだ、いつものお得意様かと通りがかった、万年ヒトツボシのギンガ団隊員にケムリダマを売りつけるために声をかけた。
ギンナンは目玉商品を買っていくお得意様を気に入っていた。少女は見た目に似合わないほど優秀な隊員であり、その分調査報酬は倍々計算で手に余るほど持っていた。
少女はこれまでも何に使うのかわからないような箱やら何やらを、一目見ただけで即金で購入を決めるような子どもだった。ギンナンは思い切りのいいお得意様をすぐに気に入った。少女に一つ、他の客は買わないようなものを売るだけで、大体売上ノルマを達成できるためであった。
「これ、何かわかります?」
お得意様とはいえ、客は客。ギンナンはその辺の線引きが上手い男でもあった。しかしなまえはその日ばかりはその線引きを土足でふみつけることになる。ギンナンが持ち上げた物を見て、その手を掴むように引き寄せた。
幼さがまだ残る彼女だったが、そんな振る舞いをしたことはなくギンナンは目を見開いた。
なまえの目はキラキラと光るのを見て、これもカラクリ箱たちと同じ物だったのだと自らの審美眼を内心で称える。
そんなギンナンのことを放って、なまえはそれはもう大喜びした。
ギンナンが彼女に見せた物、それはカップ麺だった。
この時代ではまずなさそうな軽くてツルツルした見た目、透明なフィルム、色鮮やかなパッケージ。表面にはお湯を入れて5分と書いてある。なんの変哲もないカップ麺だった。味は醤油味だった。
なまえはもう我慢の限界だった。
彼女はアルセウスフォンのメモ機能にイモモチの愚痴をスクショ換算して三枚分びっしりと打ち込んでいた。誤解しないように言っておくと、彼女はイモモチが大好きだった。とりわけムベの作るイモモチのことは、本当にヒスイの地に舞い降りて初日は感動に咽び、作った本人からも引かれるほど美味しそうに食べていた。しかし、現代の食事に慣れていたなまえにとって醤油と砂糖の味だけという代わり映えの無さに、日に日に味の鮮やかさは失われていった。
自分でどうにかすることも考えていたが、しかしなまえに与えられている時間のほとんどは調査に向けられていた。そしてなまえは何よりも空いた時間の全ては与えられた部屋での睡眠に当てたかった。
「ぎ、ギンナンさん!これ買います、言い値で!」
カップ麺を前にして、なぜそんなものがあるのかを考えることさえない。勢いのままに高らかにそう宣言した。
なまえのサイフは、つい先刻ラベン博士から貰った調査報酬のおかげでなかなか潤っていた。今日もオヤブンポケモンを6体捕まえていたし、図鑑も確実に埋まっていた。どんなに値段が張っても、絶対に欲しかった。
それがギンナンの元に来たのは偶然だった。商人たちの間で謎のこの商品はたらい回しにされていただけに、ギンナンは満足げに自分の目利きの腕を称えた。
「これそんなにいいものなんですか」
今回はカラクリとは違って解体はしていなかった。本当ならいつも通り中身を見ておきたいところだったが、今回ばかりは直せそうにない蓋と思しき代物やカラクリとは違う軽さ、ギンナンには魅力的に映らなかった。
「ええ!もう!また次回入荷したら紹介してください!」
「あなたなら特別に、必ず紹介しますよ」
こんなもの他の人は絶対に買わないが、そう言っておくのがお決まりの文句だった。

日も暮れかけていたが、なまえはすぐに、シンジュ団のキャプテンノボリがよく現れる訓練場に向かった。ペリーラが言うには、今日はキャプテンとしての仕事に従事するとのことだった。
なまえがノボリを探すのには理由があった。
時空の裂け目の一件がひと段落した後のことだ、バトル中に倒れたノボリは自分の記憶を思い出したのだ。元いた時代のこと、手持ちのこと、同じコートを羽織る片割れのこと。
なまえは、久しぶりに見た現代の物を一緒に分かち合おうとすぐさま天冠の山麓へ走っていた。
ノボリが請け負っているキャプテンの仕事といえば、崖登り崖の近くオオニューラの元にいるだろうとすぐに走った。大事そうに抱えたカップ麺から聞こえる乾いた音が、やけに懐かしく、なまえの胸がドキドキと高鳴った。
「ノボリさーん!」
この時代では珍しい形のコートをシンジュ団の服の上に着た人物は、崖の上でなまえに振り向いた。
「おや、なまえさま。今日は夜行性のポケモンを探しに?」
「ううん、見てください、これ!」
差し出されたそれにノボリも、なまえと同じく目を見開いていた。
「これは……カップラーメンではありませんか!」
懐かしいものに目の色を変えたノボリに、なまえはぎゅっと胸が締め付けられるような心地になる。誰かと気持ちを共有できると言うことはこんなにも嬉しいことかと感じながら、食べようと提案する。
「しかし、これはなまえさまの」
数は恐らく多くないだろうと思い躊躇ったノボリに、なまえは首をブンブンと振って一緒に食べたいのだと言い解いた。1人で食べても味気ないことだけは目に見えていたのだ。その様子に押されるように、ノボリは首肯した。
ノボリには言わなかったが、このカップ麺はイモモチ10人前よりも数段高値でやり取りされていた。
うっかり箸もお湯も準備してなかったなまえはノボリにそれを指摘され、ギンナンを気の利かないコンビニ店員と並べて心の中で詰っていた。ギンナンはそれが食べ物だなんて考えもしていなかったが、なまえはゴーストタイプであったらきっと取り殺されているところだっただろう。
ノボリのキャンプ地へ招待され、2人してお湯が沸くのを待っていた。それまでの間はいつものように他の人とは話さないような、元の世界のことを取り止めもなく話していた。
「なまえさまの部屋には冷蔵庫もあるのですね」
コクコクと頷いたなまえを前に、ノボリはぼんやりと考えていた。
「イチョウ商会って不思議ですよね、この前は扇風機も売ってました」
「それは素晴らしい、購入はされましたか」
「はい、暑い日はぜひ涼みに来てください」
鍵は木の棒というようなレベルの部屋に、なまえは随分と施錠といった意識を薄れさせていた。ノボリもそんななまえと同じく、他意はないのだろうと指摘もせずに頷いた。
「そろそろ5分経ちました?」
「後10秒できっかり5分でございます」
「ノボリさん、時報みたい」
ノボリにとってダイヤの管理に比べれば、5分測るのは簡単だった。自分に染み付いた、狂いのない体内時計がこんなところで役に立つとはと、自らの社畜っぷりに苦笑した。
ペリペリと蓋を剥がし切ると、ふわりと湯気が立っていた。ノボリは自身の使っている食器に麺とスープを分ける。
なまえはといえば、まるで待てをするヨーテリーのように折りたたみの椅子に腰掛けたままそれを眺めていた。
「では」
ノボリの声で、なまえは箸を持って手を合わせる。熱々のスープがポリスチレンの越しに自身の熱を伝えていた。
「いただきます」
ずずっと一気に啜った麺がスープと絡んで、なまえの舌の上に乗った。あっさりとした醤油味が、少し辛いようにも感じるほど懐かしい味だった。なまえが生まれる前からある、少しくたっとした細麺、フリーズドライされていた卵や肉は独特の食感で、こんな味だったと頷いた。ハフハフと勢い良く口に入れた麺に、軽く火傷をしながらも飲み込んで、ふぅと息を吐いた。なまえは山の上の冷えた空気と相待って、幸福さえ感じていた。
一方ノボリは、突然むせた。
なまえは驚いてノボリの方を見ると、ノボリは口元を押さえて恥ずかしそうに顔を背けた。
「申し訳ありません、長らく食べていなかったので驚いてしまいました」
なまえはベビーポケモンのように目をぱちくりさせ、吹き出すように笑った。
「ノボリさんお父さんみたい!」
くすくすと笑ったなまえはノボリにハンカチを差し出して、またゆっくりとカップ麺を食べ始めた。
完全に陽の落ちた山の中では器から伝わる熱が心地よく、ノボリもまた麺を口に運んだ。この時代では珍しい塩味は、ノボリの忘却されていた記憶の中でも日常的に食べていたことを思い出させる。
自分によく似た──双子の片割れも、このどこにでもあるカップ麺を好んで食べていた。
ノボリは口を開いた。
「懐かしいですね」
なまえはノボリが、そんな風に溢すのをじっと横目で見た。その声は酷く憂いに満ちているように聞こえ、どう返すか迷ってしまった。
そんな名前に気づいたのか、ノボリはまた言葉を続けた。
「バトルサブウェイは年中無休でございますから、ずっと働き詰めだったのです」
「そう、ですか」
「長い休暇と思えば、このような経験は滅多にないでしょうから、なかなかいい経験かもしれません」
ノボリはずずっとスープを啜ってから、空を見上げた。ライモンの空とは違う、星空に言葉は自然と出てきていた。
それでもなまえは、うっすらと浮かべられたその微笑みの奥に同じものを見た。
その感傷を飲み下すには、ラーメンのスープは少ししょっぱすぎたかもしれないと空になったカップを見下ろして、手を合わせた。

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