ベイビー・ベイビー


あと少しで私の番。
ミアレスタジアムから少し離れた場所にあるケーキ屋さんの行列に並んでいると、何だか視線を感じた。
ほんの少しソワソワとした前の人の視線に釣られて、後ろをチラッと見た。
「あ、」
ぱちっと合った視線に、つい引き攣った口でへらりと笑った。
「あなたは、」
「君はホウエンの」
なるほど納得。前の人の視線は彼だけでなく私も見ていたのかもしれない。ちらちらと感じていたそれは、さっき終わったカロスリーグ準決勝とその前日の準々決勝のトレーナーが並んでケーキ屋に並んでいたせいだったらしい。
「準決勝、お疲れ様」
未だ褪せない悔しさを出さないように心掛けて、私は彼にそう言った。
彼はホウエン地方出身、私と別ブロックを準決勝まで勝ち上がったトレーナー。
ジュカインという、カロス出身の私には馴染みのないポケモンは注意するべき要因の一つだった。
「ありがとうございます!」
頭を深く下げる姿はずっと礼儀正しくて、私も釣られて頭を下げた。
「あなたもお疲れ様です、最後の瞬間まで諦めない姿には感銘を受けました」
カンメー。とは。
日常では聞かない言葉に、こくこくと頷きながら必死に脳内の辞書を引く。
カンメイ。かんめい。
「いや!そんな大したもんじゃないよ!」
感銘に辿り着いて、さすがに勿体無い言葉に首を振って否定する。それと同時に彼が少しでも私と同じように私を警戒していたのかもしれないと思うと、負けて凹んでる気持ちが少しだけ上向きになる気がした。
「そんなことありません、あなたとも決勝で戦ってみたかったです!」
「……ありがとう、でも君の方がすごいよ。ジュカインとゲッコウガの戦い、正直次元が違った」
「そ、そうでしょうか」
準々決勝での自分の敗北よりもショックなほど、トレーナーとしては羨ましいほどのバトルだった。
「それに、自分のポケモンたちのこと、きっとずっと見てきたんだろうなって思ったよ」
相手のサトシというトレーナーもだけど、彼はもっと戦略的に、ポケモンたちの特徴を活かした戦い方だと感じた。私も彼のようにもっとポケモンたちのことを理解してあげられたなら、彼と明後日の舞台で戦うことができたのかもしれないと思う。もう一度ならきっと彼は勝ち上がってくるとさえ思わせるバトルだった、そんなふうに疑いもせずに考えて、
「ありがとうございます!」
嫌味のない返事に、トレーナーとしても、敗者としても、負けているってことを思い知らされた。
今ここで、彼を羨ましがることの方がよっぽどなにもかもに失礼だった。

瞬きを一回して、目の前にいる男の子を見る。

「そうだ、私はなまえです。よろしくねショータくん」
勝手にライバル視してたことを知られたくなくて、名前も呼べないでいたことがなんとも情けない。
戒めのように自分の器の小ささを噛み締めつつ、真っ直ぐ彼を見ると自然と笑いが溢れた。
「よろしくお願いします、なまえ」
私から手を差し出すと、彼は頬を緩めてその手をぎゅっと握り返してくれた。その手が少し熱くて、なにか込み上げてくるものを感じて、少し引き攣りながらも笑ってみせる。
離れた手とほんの少し沈黙に、慌てたように話題を振った。
「そういえばショータくん、ケーキ好きなの?」
この行列の先にあるのは、最近有名になってきたふわふわのスポンジと甘いクリームのケーキだ。1人で並ぶ男の子はあまり見たことがない。ショータくんの後ろの人は彼の知り合いではなさそうだし、真面目そうな彼に限って友人が後から割り込んでくるということもないだろう。
「はい!」
会場の客席から見た時とは違う笑顔で笑ったショータくんに、目を奪われる。
「ここのお店はリーグの後に絶対に来ようと思っていたんです」
そうやって話すショータくんの声のトーンは優しい。
ポケモンたちのことを考えているのか、さっきよりももっと優しそうな表情を浮かべるショータくんの顔を見て、なんだか不思議な気持ちになる。
「……ショータくんってバトル中と雰囲気変わるね」
「そうでしょうか」
つい無言でじっと横顔を覗き込んでいると、ショータくんは我慢ならなくなったのか私の方を見て、悲鳴のような声を上げた。
「あ、あまりそんなに見ないでください!」
顔を赤くするショータくんに、ごくんと唾を飲んだ。
「ご、ごめんね?」
私は様子のおかしい自分の体に手を当てて、首を傾げる。
「いえ、わかっていただけたならいいんです」
申し訳なさに空気もなんとなく気まずさが出て、変な間が空いてしまう。
このままだと、会話が終わって多分ここから無言になっちゃうんだろうな。そうしたらもう、話す機会なんてないんだろうな。
「私、ショータくんともっとポケモンの話したいな」
ああ、神様アルセウス様、あと私の相棒たちにも謝っておこう。ごめんなさい、私今みんなを口実に使いました。あとでケーキをいっぱい買って帰ります。許してね。
「僕も!なまえのお話聞いてみたいです!」
私の言い訳のような誘いを真に受けてくれて、頷いた彼にも心の中で謝って
「良かったら、カフェの方で一緒に食べない?」
「はい是非!」
そう切り出す私の声に、ショータくんの声が被る。それに少し恥ずかしそうにした彼の表情が、私の三連敗を決定させた。

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