君の知らない……


「なまえはいまからジム戦ですか?」
久しぶりに会った彼女は、にっと口角を上げた。
「そうだよ、今回のリーグはミアレって知ってたから一番最後にしたの。シトロイド、さん?に挑戦でーす」
シトロイド、僕が対戦した時観戦していたロボットのことだろう。隣のジュカインにも「久しぶりだねえ」と話しかけている姿は変わらない。
「なまえのポケモンならきっと大丈夫です!頑張ってください!」
「うん。そうだ、ショータくんこの広場で特訓するの?」
「はい、そのつもりです!」
「じゃあ、帰りにまた会いにきていい?」
そう聞かれて、もちろんだと頷く。
「ありがと、じゃあまた後で」
手を振って去っていこうとする彼女の後ろ姿を見送ろうとしたところで、ふと隣のジュカインと目が合った。
瞬きを一回して、焦ったように口が彼女の名前を呼んだ。
「なまえー!」
咄嗟のことで、自分がなんで呼んだのか分からない。
「なーにー?」
少し離れたせいでなまえは大きな声で返事をする。なにか、と考えて僕は息を吸い込んだ。
「ジム戦!観戦してもいいですか!」
彼女はもちろんと手を振った。
突然の観覧者をシトロイドは快く歓迎してくれ、脇のベンチに案内された。ここからだとバトルコートが良く見える。
彼女のポケモンはカエンジシ、シトロイドのポケモンはレアコイル。チャレンジャー側は後攻の選択ができる、良い選択だと思う。
特になまえのカエンジシは素早いのを知っている。きっと、レアコイルを翻弄するだろう。
彼女はフェイントの指示して、あっさりとレアコイルの背後を取る。手帳を取り出して、フェイントの動きをメモする。カエンジシの毛が巻き上がった風に靡く。
「カエンジシ!じしゃくに爪を引っ掛けて!」
カンッと鉄を叩く音がして、弾かれたレアコイルに飛び掛かる。
「そこでかえんほうしゃ!」
「レアコイル、ほうでんです」
かえんほうしゃは命中したのが見えたけど、ほうでんのせいで一瞬視界が奪われる。
光が収まって、立っていたのはカエンジシだけだった。でも、さっきよりも動きが鈍く見える気がする。
「レアコイル、戦闘不能です。戻ってください」
ダウンしたレアコイルを戻したシトロイドが、エレザードのボールを投げる。
「ほうでんの追加効果でカエンジシはまひしています。今が好機です」
シトロイドの音声を聞いて、違和感の正体に気付く。まひになれば、カエンジシの素早さも下がってしまう。それでもなまえは不敵に笑みを浮かべいることに気づいて、びりびりとペンを持つ指先が震えた。
「カエンジシ、クラボのみ食べていいよ!」
「グウっ!」
なまえはまひを警戒して、クラボのみを持たせていたのか。僕はあまりきのみは持たせないけれど、リーグでも持たせるトレーナーはいるだろう。リーグだと持っているポケモンもバトルを重ねるごとにバレてしまう。追加効果を警戒するトレーナーも多いだろう。僕ならばメロメロを警戒されることもあるだろうし、持ち物にももっと気をつけなくちゃ。
メモを取る手が止まらない。
「行くよ、カエンジシ!バークアウト!」
迫力のある咆哮に臨戦態勢に入るエレザード。エレザードは這うような動きで、カエンジシの周りを動く。
素早さはほぼ互角。ほんのわずかにカエンジシの方が早い気がするが、小さな体で素早く動くエレザードを捉えるのは、傍から見ていても難しい。
「エレザード、10まんボルト!」
連発して襲ってくる10まんボルトをカエンジシが軽いフットワークで避ける。
「カエンジシ、じならし!」
「こちらもじならしです」
じならし同士がぶつかって、激しい揺れが僕まで届く。
「ドラゴンテール!それからパラボラチャージです」
揺れのせいで強張っていたカエンジシの足に、エレザードの技が入る。体勢を崩したカエンジシに、エレザードの電撃が襲う。
電撃がおさまってカエンジシが倒れているのが見える。僕は、詰まっていた息をふうっと吐いた。ふと、モンスターボールの光を追うようにカエンジシを戻したなまえの顔を見た。その瞳はさっきの電撃にも負けないくらいキラキラしていて、かえんほうしゃよりも揺らめいている。
僕の手がその横顔をなぞるようにペンを動かした。
僕の時と同じ、2対2のバトル。なまえの残りのポケモン。
ごくん、と喉が動いた。
投げられたボールを視線が追う。
結果はなまえの勝利だった。
ポケモンたちと抱き合って、最後のジムバッジを受け取っているなまえを見て、自然と口端が上がる。
これで、なまえともリーグで戦うかもしれない。それが嬉しいような、怖いような気持ちが入り混じる。でもきっと楽しみで仕方がない方が勝っている。
「ショータくん!」
もらったボルテージバッジを掲げて、嬉しそうに僕に振り返った彼女の笑顔を見る。
ぎゅうっと胸の奥の方が縮むような感覚に、驚いた。
……病気だろうか、なんて思った僕は誤魔化そうとしていたのだと今ならわかる。



「いいバトルだったよ」
ダイゴさんとのバトル、メガシンカを解いたメタグロスは膝をつくジュカインの前に立ちふさがっていた。
やっぱりダイゴさんは強い。
「はい!ありがとうございます!」
メモを取り出して、メガシンカをしたジュカインの動き、使える技の変化を書き留める。姿が変わるということは弱点にも、強みにもなる。その怖さを身をもって体験したバトルだった。
「ショータくんのジュカインはよく育てられている。メガシンカの試運転のつもりだったのに、ここまで追い詰められるとはね」
「でもまだまだ、ダイゴさんのメタグロスにはかないませんでした。もっと修行して強くなります!」
「……その割には浮かない顔をしているね、メガシンカうれしくないのかい?」
カロスリーグには既にメガシンカのできるパートナーとの参加を予定しているトレーナーがいると聞いた。このままではと、焦る気持ちがどうしても消せずにいた。
きっとあのサトシも、バッジを揃えて参加するだろう。サトシだけじゃなく、同じくバッジを揃えた猛者ばかりだと思うと、楽しみに感じる気持ちのほかにも焦る気持ちがないとは言えなかった。
「バッジは集められましたけど、リーグまでの期間、旅をしていた時よりも手ごたえを感じられなくて」
バッジを集めていたころは一歩一歩確実に進んでいるという感覚があった。
「今は調整の時期か」
なるほどね、と頷いたダイゴさんはにこにこと笑っている。
「ほかのポケモンたちも見せてもらったけど、良い感じに仕上がっているのが見て取れたからね」
ダイゴさんにいただいたキーストーンがあるとはいえど、僕ら自身が強くなくては意味がない。
「いい目をしているね、まるでしんかのいしの原石のようだよ。大丈夫、石は磨けば磨くほど光るものさ」
何の気なしにそんな風に言い切るダイゴさんに、少しだけ苦笑いをした。
「はい!立ち止まってはいられません!もっともっと頑張って、カロスリーグでも結果を残して見せます」
ダイゴさんは口に手を当てて考える素振りをした。
「ショータくんはまっすぐ頑張っているから、少し息抜きをしてみたらどうかな」
「息抜きですか」
「そろそろトライポカロンの時期なんだろう?」
そこらじゅうで宣伝やコマーシャルを見かけるイベントを挙げられて、チャンピオンともなるとポケモンバトル以外にもアンテナを張り巡らせているのかと驚く。
「はい、確かにそうですけど。でも僕は……」
口籠ってしまう、今の自分にパフォーマンスを楽しむ余裕はおそらく、ない。
余裕のない自分に少しだけ俯きかけた僕の頭が、ダイゴさんの挑発のような声色を聞いて持ち上がる。
「僕はバトル中でも気に入った石が目の前にあったら見逃さないと思うよ」
「え!?」
きっとそのままの意味じゃないとは思うけれど、それはなんだか、僕にとっては相手に失礼なようにも感じさせる。
少し困惑した僕を見て、不敵な笑みを浮かべていたダイゴさんに気圧されそうになる。
「勿体ないだろう?」
口角を引いたダイゴさんがいつものような人の良さそうな笑顔に戻す。
「じゃあ、ほかには……そうだな。恋とか」
「え!?」
驚いた僕の顔を見たダイゴさんは吹き出して、少しからかうような顔をした。
「冗談のつもりだったんだけどな。……相手がいるみたいだ?」
「な、何言ってるんですか!?」
「まあ、本当に冗談のつもりだったんだけどね。メガシンカはポケモンにも影響が強い、もう少し余裕はあった方がいいよ。少し考えてみるのも案外近道かもしれないね」
含み笑いのダイゴさんは着けていた腕時計に視線を落として、笑みを深くした。
「ごめんね、そろそろ行かないといけない」
身長差のせいで見上げる形になる僕としっかり目を合わせてから、ダイゴさんは激励をくれた。
「カロスリーグ応援してるよ、そのキーストーン有効に使ってほしい」
「は、はい!」
去っていく姿を見送りながら、先程のダイゴさんの「冗談」を反芻する。
「恋……」
その言葉で顔を思い浮かべてしまう人が一人だけいた。
頭を振ってかき消す。ダメだ、そんな、今はカロスリーグに集中しなきゃ。
「ショータくん」
にっと笑った彼女の顔を思い出して、頭を抱えた。メモを取るために手にしていたペンを取りこぼしそうになる。
「これが、恋……」

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