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次の日スクールにはお休みの連絡をして、無理矢理取り付けた約束の通り、私はイリマさんの家の前まで来ていた。
「おはようございます、なまえさん」
「おはようございます!」
「とりあえず今日はメレメレ島を案内させてください。タイミングが合えばハラさんにも紹介しますね」
「ハラ、さん」
日本人みたいな名前。
「ああ、島キングと言って」
「クチナシさんと一緒だ!」
「おや、クチナシさんのことをご存知でしたか」
「元々、えっと、クチナシさんのところに少しだけお世話になってて、それでバトルを勉強するならスクールを勧められて」
「なるほど」
にこにこ笑うイリマさんは、そろそろ出発しようと促してくる。町を歩くと、イリマさんは結構多くの人に声をかけられていた。あれ、私もしかして結構有名というか人気というか、……まあ見る目があるということにしておこう。
「はい、ここはアローラ地方と言って、四つの島でできているんです。ここメレメレじま、アーカラじま、ウラウラじま、ポニじまですね」
「クチナシさんがいたのが、ウラウラじま」
「その通りです」
「島キングっていうのは? クチナシさんあんまり教えてくれなくて」
照れているのか、なんなのかあんまりはっきりと教えてくれなかったクチナシさんのことを口に出せば、イリマさんは苦笑いで教えてくれる。
要は各島のリーダーで、この地の土神信仰(ポケモン)を祀る祭祀的な面もあるようだ。
で、島にはキャプテンもいて、その試練の後、キングの大試練を受けるのがアローラの習わしだそうだ。
まあ11歳の子供がやることらしいから、多分簡単な試練なのだろう。多分サトシくんがするときだけルギアみたいになるやつだ。
「ボクはキャプテンとして、メレメレじまに住む人達が安全に暮らせるように警邏を任されています」
ケイラってなんだ。話の流れ的にパトロール的なことなのかなと、今してるし。案外難しいというか、古めかしい単語を使うのはなんというかここが所謂……素朴な土地だからということなのだろうか。
「他にもいろいろと役目はありますが、基本的にはこうやって島を回ったり、ボクは自分の修行や研究をやらせてもらっていますね」
「へえ、熱心なんですね」
「自分のやりたいことをしているだけです。それにキャプテンとして当然のことですよ」
劣等感が刺激されそうなくらい真っ直ぐそう言われて、そんな人にご迷惑をおかけしている自分の現状を見てみぬふりをする。
「それからぬしポケモンのお世話もキャプテンの仕事です」
「ぬしポケモン」
「はい、大体は他のポケモンたちよりも体が大きいのですぐにわかると思います。町を見て回った後は、ぬしポケモンの縄張りにも案内しますね」
「ありがとうございます」
「いいえ、これもキャプテンの務めですから」
ハウオリだけでもショッピングモールは服がやばいので既に行ったことあるが、それ以外の施設はほとんど見たことがない。そこそこの観光地らしく、ビーチサイドエリアは人で賑わっているし、少し行くとリリィタウンに出て、一気に田舎な雰囲気がある。とはいえ、日本の田舎とはまた種別の違う田舎感だ。
浜辺のゴミ拾いなんかをしながら、生息するポケモンの話を聞いたりしながら、イリマさんが誰かに声をかけられるのを横で眺めたりしていると、太陽が頭の上にきていた。
「なまえさん、マラサダは食べましたか?」
「マラサダってなんですか?」
「あげパンの中にクリームなどのフィリングを入れたアローラの名物です」
「へえ、食べたことないですね」
エンゼルクリームみたいなものかなと思いながら、首を横に振る。でもなんか聞いたことあったかもしれない。
「なら是非食べに行きましょう」
イリマさんに連れられてマラサダショップの前まで来ると、さすが名物、結構な人がいた。
「これはアマサダと言って、甘い味のマラサダです」
イリマさんはカウンターでいくらか支払って、マラサダを抱えて出てきた。
「お、お金!払います!」
慌てた私にイリマさんは首を横に振った。
「なまえさんはもうボクの弟子なんですよね? なら受け取れません」
「な、なんで!?」
「弟子にお金を払わせる師匠はいませんよ」
「いやいやいや、私この前も奢ってもらってるのに無理です!」
「なまえさん、」
「はい……」
「ここはボクの顔を立ててくれませんか?」
圧力なんてものはなかった、なかったけど……。そんなに真っ直ぐ見られると居た堪れず、小さく頷いてしまった。

「めっちゃ美味しい!」
アマサダを3匹と2人で並んで食べている。
「師匠、ご馳走様です!」
「お粗末さまです」
「他にも味があるんですよね」
「はい!いつ販売されるかわからないマボサダも含めて6種類です」
「コンプしようね!」
ポケモンたちにそう呼びかけると口々に返事の鳴き声が返ってくる。
どうしてこんなヤケクソなのかというと、イリマさんのせいだった。
イリマさんの思う師匠というのは、弟子の生活を管理し、導くものだという。師弟関係なんか持ったことがないので正しいのか間違いなのかわからないけど、イリマさんは当然のようにそう言った。師匠がそう言ったのだからそうなのだろう。
女である私に対して、管理までするつもりはないが、しっかりと責任を持って育てたいとアマサダを食べながら甘くないことを聞かされた。
もちろんさすがに迷惑をかけ続けたくないと断ったが、イリマさんは案外頑固というか、むしろ関わっていくにつれて納得する頑なさで首を縦に振らなかった。今後絶対、この人に財布を出させないし、迷惑も最低限にしなければと誓いながら、きっとそれ以外も含めて根負けするのは自分なのだとも理解した。させられた。
「ところでなまえ」
呼び方も私が師匠と当てつけのように呼んだせいで、ならばボクはなまえと呼ばせてもらいましょうかと返されてしまった。別に異論はないが、ないのだが……。
「なんです?」
「学校はどうしたんですか?」
「休学手続きをしました」
ぴたりと彼の手が止まる。私の想像上の弟子は師匠に着いて回るものだし、イリマさんの口ぶりからも間違いではなさそうだと思ったけれど、なんとなく読めていた反応でもある。
一応考えてのことで、とりあえず私が自分の子たちの力量を把握できるまでは他の生徒の迷惑だろうと思ったからだ。
イリマさんに会っていないくても一旦は草むらでのバトルに慣れることにしようと思っていた。
「責めるつもりはありません。でも、スクールの一卒業生として言わせてください」
「はい」
返事をする私の声が若干掠れた。
「スクールで学ぶことに無駄なことはありませんでした。昨日のお話で、なまえがポケモンたちのために早く強くなりたいのもわかります。でも、ボクとしては是非あなたにスクールでいろんなことを学んでほしい」
「……はい」
「ボクもキャプテンとしての仕事がありますから、必ずしもなまえに着いていられるわけじゃないです。そういう時、あなたの指針や学びになる場所の一つにぴったりだとボクは思いますよ」
「……ふぁい」
どんどん返事が重くなっていく私に、クスリと彼は笑って、もう一度にっこりと笑顔を浮かべた。
「もちろん、それを選ぶのもなまえの自由ですよ」
自由というその言葉が重い、がそれでも優しく手渡されるような声で言われたから、私はちゃんと受け止めることにした。
「考えてみます」
イエスとは言わなかったけど。

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