つづきから


「シトロンくん、ここ……」
船を漕ぎかけている私はコントローラーを握り直す。私の握っているそれは薄くて、握りにくい形をしていた。テレビ画面では今時珍しいドットが、ぴこぴこと動いている。
「ここは多分、右のエリアの謎解きをしないと」
「みぎ?」
ゲームは好きだけど上手くない私とわざわざ夜通しゲームをするために起きてくれているシトロンくんの声は、寝ぼけている私よりも真剣で、私は無理やり頭を上げてドットの荒い勇者を動かした。今やっているのは大昔に生産終了になったレトロゲームで、セーブデータを残す部分がイカれてるせいで一度切ってしまうとデータが飛んでしまう代物だ。私が一緒にやろうと彼の家に持ち込んだ。
だから、今日は眠るわけには、いかない。明日までに眠る王女様のもとへ勇者を送り届けなくては。
俯きかけた頭を必死に上げて、画面の方へと意識を集中させる。
「なまえさん、ユリーカみたい」
揶揄うみたいなシトロンくんの笑う声が遠くに聞こえて、



はっとしたら外は朝だった。しかも、ちゃんと横になっててブランケットまで掛かっている。
ゲームは、画面は真っ黒。やっちゃった……慌てて周りを見るけれど、昨日隣にいたはずの人物の影も形もない。私の近くにクッションが落ちていて、そこにコントローラーも置いてある。
きっとそこで私の代わりに勇者を操っていたのだと思って、とりあえず寝癖を整えながら、部屋の外へ出る。
「あ、なまえさん。おはよー!」
私を迎えたのはユリーカちゃんで、そわそわとした彼女は苦笑いして私の元に走ってきた。
「実はね」
言いにくそうな彼女に今なにが起こっているかを聞いて、私は目を丸くした。
ミアレシティ全域が停電してしまったらしい。この街のジムリーダーをしていたシトロンくんは、明け方それに気づいてすぐ家を出て行ってしまったらしい。
「それって何時ごろか分かる?」
「わかんない。あのね、おにいちゃんなまえさんにごめんねって言ってたの」
上目遣いに心配そうな顔をしている彼女に、気を遣われていることに気付く。私はにっと口角を上げて見せて、彼女の頭を少しだけ撫でる。
「大丈夫大丈夫、すぐ復旧するよ。そしたらシトロンくんも帰ってくるしね」
私が気を遣われてどうするんだか、とこれからどうするか迷う。
「ユリーカちゃん、朝ご飯食べた?」
「ううん、電気止まっちゃったからなにも作れなくて」
それにシトロンくんがご飯は作っていると聞いたし、あまり慣れてないのかもしれない。お手伝いをしているところは見たことあるけど。
「じゃあ、一緒に食べようか」
昨日の焼きたてのパンの誘惑に負けてよかった、これなら焼かなくても美味しいし、サンドイッチにでもしよう。ユリーカちゃんに許可を取って、電源の切れた冷蔵庫から野菜を少し拝借する。
「トマト切りにくーい!」
「じゃあレタス千切る?」
「ううん、見てて」
中身が少し飛び出たけれど、十分薄く切れている。
「ユリーカちゃんトマト切るの上手くない?」
「本当?」
「私より上手いかも……」
「おにいちゃんに自慢しよーっと」
笑ったユリーカちゃんは少しだけ、停電とシトロンくんの不在を思い出したのか少し不安げな顔をした。
「シトロンくんはプリズムタワーにいるかな?朝ご飯持っていってあげようか」
「なまえさん、優しい。おにいちゃんにはやっぱりもったいなーい」
「え?」
笑ったユリーカちゃんは茶化すみたいにこにこして、寝る前に聞こえた声によく似てる。やっぱり兄妹だ。
「ほら、なまえさん!はやく行こう」
タワーについてから食べると決めた私たちはバスケットにたくさんサンドイッチを詰めて、街を出る。
「あっちの方と、あっちの方は通れないの」
ユリーカちゃんの指差す方角には確かに作業員さんの姿。いつもとは違う、朝の匂いのする街は確かに明かりを失っていた。
「みんな大変そう」
「早くご飯届けてあげなきゃ」
「そうだね」
バスケットを持つ手に力が篭る。作業員さんに断ってから、人通りのない閑散としたミアレを尻目にタワーへと急いだ。
「夜までにここの自家発電を街に供給できるようにするんだ!」
いつも温和なシトロンくんから鋭い指示が飛んでいるのを見て、私とユリーカちゃんはジムの端っこに寄ってその姿を見ていた。
「ジムリーダー!こっちの配電盤様子がおかしいんです!」
ぜーはーと息を切らしてやってきたジムトレーナーさんが叫ぶ。
「わかりました、今行きます!」
呼ばれた方へ走っていくシトロン君の横顔を見て、少し寂しくて誇らしいような気持ちになる。私とゲームとかしてくれるときには見えない顔だ。ジムリーダーとして立っているんだと思うと、手に持ったバスケットがやけに重く感じた。
「……お邪魔になっちゃうかな」
「ううん」
バスケットを持っている自分が少し場違いな気持ちになって、隣のユリーカちゃんに声を掛けると彼女もおにいちゃんと同じような顔をしているのが見えた。
「みんなきっと忙しいから、もう少ししたらお腹空いてくるよね」
ユリーカちゃんが見上げてきて、ちょっと情けないなって気合を入れなおす。
「……きれいな紙とかラップとかに包めば、食べやすいかも」
「それいい!裏にラップあると思う!いこう、なまえさん!」
何度か入ったことのあるジムの裏側はシトロンくんの手が入っているせいか、いろいろと機能的だ。自家発電のおかげで電気がついているから、ラップもすぐに見つかって一つずつユリーカちゃんと包む作業をする。
この灯りはシトロンくんのおかげなんだよね。
よくある照明だけど、彼の顔が浮かんでうれしくなる。
「なまえさん」
ユリーカちゃんがぎゅっと私の手を掴んだ。少し体温の高い彼女の手は指先だけ、ほんのり冷たい。
「このまま電気治らなかったら、どうしよう」
そうだった、しっかりしてるとはいえ、私より幼い彼女は停電なんてそれこそ体験もしたことないかもしれないし、シトロンくんも大変そうなのを見て不安かもしれない。
「大丈夫、シトロンくんだもん」
「そう、だよね」
「先に、味見しちゃおっか」
「え、いいの!?」
「いいのいいの、はいあーん」
少しだけ、照れたような表情をしたユリーカちゃんの口が開く。すこしだけ手持ちのマゴのみで作った、あまいのを入れてあげると、ぱくりと歯型を付けて食べ始めた彼女の隣に座る。
「おいしい!」
「よかったー」
「これヨーグルト?」
「そうそう、電気切れてたし痛むから使わせてもらいました」
「何に使うのかと思ったけど、すっごいおいしいよ」
「うん、でもこれは垂れやすいからみんなには内緒ね」
ユリーカちゃんはにこにこと笑顔を浮かべて、サンドイッチをいくつか食べてから、立ち上がる。私もちまちま一つだけ食べて、一緒にシトロンくんたちの元へ行く。
「みなさん、サンドイッチですよー」
ユリーカちゃんはすっかり、いつもの笑顔と元気を取り戻したみたいで、ジムトレーナーさんたちにサンドイッチを手渡し始めた。
「おにいちゃん、今上で調整入ってるらしいからなまえさんお願いね」
なんていたずらっ子の微笑みに、ほんのちょっと後悔しながら頷いた。
「シトロンくん……どこー?」
恐らく消費電力を減らしているんだろう、薄暗い通路をたどりながらシトロンくんを探す。通路奥にほんのり灯りが見えて、そこにいる人影にも気づく。
「シトロンくん!」
「なまえさん!?どうしてここに!」
「朝ごはんにサンドイッチ、ユリーカちゃんと作ったんだ」
少し考えたような素振りをした彼は、俯いて首を横に振った。
「あと少しなんです、もう少しで終わりますから」
眼鏡で見えない表情はきっと曇っているだろうって思ったけれど、それでも油とかで汚れてしまった顔はちゃんと無理してないってわかってしまった。
「……そっか」
「はい、なのであとでいただきますね」
「うん、待ってていい?」
「はい!」



最終的に彼がサンドイッチを食べたのは、昼を過ぎたころだった。
プリズムタワーから見えた街に明かりがついて、代わりにタワーの灯りは消えてしまった。暗いタワーのなかは、照明がついているときは全く違う。それに慌ただしかった今朝とは違い、ジムトレーナーさんたちは停電が回復するまで街の見回りに行ってしまい、静かになってしまった。
私は、薄暗いなかちょっとくったりしたサンドイッチを頬張るシトロンくんの隣に座っていた。その反対側、つまり私の隣に座って大人しく待っていたユリーカちゃんは、私に寄りかかって眠ってしまっていた。
「すみません、なまえさん。ユリーカ重くないですか?」
「大丈夫だよ、ていうか怒られるよそれ」
「内緒にしてくださいね」
「うん、それよりシトロンくんの方が眠くない?」
私が眠った後もゲームを手伝ってくれていたなら、きっとほとんど徹夜だっただろう。
「いえ、まだまだやらないといけないことがあるので。それに徹夜は機械をいじっている時はよくあるので」
「それはだめだよ!?」
「でも、発電所への連絡、近隣住民への注意喚起、それから」
サンドイッチを片手に、難しい顔をしているシトロンくんの瞳が、隣だとよく見える。私にできることがあればいいけど。
「でも、よかったです。無事、電力供給が間に合って」
「夜はさすがに危ないもんね」
「はい、それにミアレの街の日々を守れてよかった。すべていつも通りとはいきませんが、ジムリーダーとして役目を果たせました」
盗み見ていた目が柔らかに細められて、ぎゅっと心臓が縮んだ。ユリーカちゃんが起きたらどうしよう。ドキドキしていた私に、シトロンくんは気づかないまま口を開いた。
「実はゲームの電源も飛んでしまって、あと少しだったんですけど」
「し、仕方ないよ」
止まらない心臓の音と裏腹に、昨日の私のように船を漕ぎ始めているシトロンくんは珍しくて、ユリーカちゃんが起きない程度に笑いを零れた。
「違うんです、ぼく、あのゲーム直せたのに……」
そういえば、いろんな発明を作っているシトロンくんなら修理も簡単にできてしまうかもしれない。
「セーブができたら、一人でやってしまうかも、しれないと」
「……シトロンくん?」
こく、こく、と首が取れそうなくらい頭を揺らす彼から、そっとサンドイッチを取り上げる。慣れているとはいっても多分気が抜けてしまったんだろうかと、隣の彼の言葉を待つ。
「……ぼくが修理しても、一緒に」
こてんと肩に重さを感じる。よく似たあどけない寝顔が、ほんの近くに二つ。顔の近さと、言い残された言葉に動けない私は、誰に見られてるわけでもないのに俯いた。
「シトロンくん、馬鹿」
私だって一緒にいたいから、下手なのにゲームなんか持って押しかけたりしたんだって、気づいてくれてもいいのに。
両脇の体温に、ひっそりと笑いが漏れた。

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