レンゲとマイクロ


カウンターではなく、二人用の小さなテーブルに通される。
メニューに二人して覗き込む。彼女がそっとぼくの方にメニューを向けてきて、少し何かが引っかかる。目が悪いくせに、こちらに向けなくてもいいのに。
「何にしよっかなー」
眼鏡をかけた彼女が、少し目を細めて嬉しそうにしている。
店長のおすすめは醤油ラーメン。期間限定のノメル塩ラーメンは少し遠慮したい。豚骨ラーメンのこってりとした見た目も今の気分ではない。
なまえはじっと隣のサイドメニューに目を奪われている。餃子だろうか、チャーハンだろうか。ラーメンとセットになっているAセット、Bセットがある。
「ぼくは醤油にします」
「私も。で、Aセットにしようかな」
「太りますよ」
「豚骨じゃないのでセーフ」
「それ、関係あるんですか」
ぼくの呆れを含んだ視線から逃げるように目線を外して、手を上げて注文しているのをぼんやりと眺める。
「そういえばビートくんとラーメンって初めてかもね」
「そうです、ね」
ここ最近彼女に付き合っての外食も多く、いくつか過去に遡ったが確かに該当する記憶は思い出せない。
「ここ、醤油がおすすめなんだって」
「ああだからあなたにしては決めるのが早かったんですね」
「まあね」
なまえは少しずれた眼鏡をそっと押し上げて、「餃子一つあげるね」とのんきに笑った。
少しすると同時に運ばれてきたラーメンと餃子を前にする。
鼻孔をくすぐる匂いに、唾が湧いてくる。
「いただきます」
彼女に倣って手を合わせる。なまえからレンゲを受け取って、スープを一口。名前は割り箸を割って、ふーふーと息を吹きかけて麺を啜る。
「あっつ」
ラーメンのスープの中に入ってしまいそうな横髪を耳に掛けて、また大きく口を開けた。ぼくも音を立てて、ラーメンを口に入れていく。少しくらい店内の照明が彼女の顔にフレームの影を落としている。
ラーメンの熱さのせいか、彼女の眼鏡が曇る。ぼくは少しだけ笑いを漏らしてしまって、彼女は少しむすっとして、啜りかけていた麺を口の中に入れ切った。
「眼鏡なんだから仕方ないじゃん」
誰への言い訳なのか、そう言って彼女は眼鏡に手を掛ける。ラーメンは熱さ勝負と待っている間に語っていたなまえは、湯気のついたレンズを吹きもせず机に投げるように置いて、また箸を動かし始めた。
眼鏡をはずした彼女を初めて見た。
レンズ越しではない彼女の目はサイズも位置も思っていたものと違う気がする。
そもそもぼくは彼女の顔をまじまじと見たことなんてなかったのかもしれない。
なんてことのない、ただの少女の顔だと、そう思った。
それと同時に、からりとレンゲが陶器とぶつかる音がした。

所帯じみていて、安直で、短絡的で、うそだと言ってしまいたいが、それはぼくの恋に落ちる音だった。
レンゲはスープの中に浮いていた。

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