恋をするには短い一生


ゴンドラの反対側に手を伸ばしてはいけない。
触れたい。触れられない。

手を握るなんてことしたことなかった。
彼に触れるということはなんというか、本当に心苦しい。
神聖だなんて思ってない。
でも、きっと私がその手に触れたら、彼は嫌な思いをするんじゃないのかと思った。
私だって、ビートくん以外の男の子の手を触るのは嫌だ。
手を伸ばせば、簡単に触れられる距離。
彼の手に触れて、彼の体温を知ったら、きっと私はもっと手を伸ばす。
手の届く距離にいる彼がこんなにも目に毒だなんて思いもよらなかった。
観覧車に簡単に誘ってしまったことを後悔する。
私とビートくんの距離感はこの距離に見合うものではなかったんだ。
私と彼はスタジアムの選手位置くらいがちょうどよかったのかもしれない。もしくは、一人分の距離を空けて街を歩くくらいにとどめておけばよかった。
戸惑う彼より先行して観覧車に乗ることを決めてしまうより早く、このことに気付きたかった。
シュートシティを見渡せるほどの高さにいるっていうのに、この空間の空気は地の底レベルで沈んでいる。
このままではこのゴンドラだけ墜落して、明日の朝刊にこの観覧車を経営している会社の不祥事として載ってしまうかもしれない。
「……いつもはよく動く口が、今日はやけに静かですね」
私はじろじろと彼の手を見ていた視線を慌てて持ち上げる。
彼の目は私と違って、外に向けられていた。
「スタジアムが見えます、あそこで戦ったんですね」
ただ事実を箇条書きするように言った彼に、私は瞬きをした。
「あそこのカフェ、知っていますか。焼き菓子はテイクアウトができるんですよ、ポプラさんはあそこのマドレーヌを気に入っているようでぼくがいつも買いに行かされるんです」
私の知っている彼から始まったそれは、どんどん私の知らない彼になっていく。
ゴンドラを埋めていく彼の言葉に私は困惑する。
その言葉がどんな意味をしているのか分からない。彼がどうしてそんな話をするのかわからない。
私が伸ばすのを躊躇した、ほんの少しの距離をビートくんが埋めてしまう。
これでは、反対側に座った私の立つ瀬がない。
乗ってすぐ、距離を取ろうとした私のことをどう思っただろうか。
もしかしたら、触れてもよかったのかな。
手を握っても許してくれたのかな。
都合がいい解釈だって、怒るかもしれない。
でも一度逃げてしまった私を許してくれるだろうか。
私はもう一度顔を上げた。
ビートくんは私を見ていた。スタジアムでは、きっと見られないその表情に目を奪われる。
せっかく観覧車に乗っているのに、どうしてこんなに、私を見てくるんだよ。
下り始めたゴンドラに焦って、口を開く。
「私はそこのカフェのプリンが好き」
「生菓子はあまり食べたことがありませんね。あくまでもポプラさんの物を買っているんですよ」
目を逸らした彼が、少し不満そうな表情で私を睨む。
「貴方と違って、カフェでお茶をするほど暇ではないんですよ。ジムリーダーというのは」
「プレーンとチョコがあってね」
「そもそもぼくは別に」
「一緒に食べようよ、ポプラさんにも買って帰ろう」
返事はくれないみたいで、やっぱりうぬぼれだったのだと、視線をドアの方に向けた。
地上に着いたゴンドラのドアを係員の人が開けてくれる。この後帰ってしまうのかなと思うと足が重くて鈍い動きの私の目の前に、手が差し伸べられた。
「行くのでしょう。さっきも言いましたけど、ぼくは暇じゃないんです。それともぼくの時間を無駄にするつもりですか」

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