ナッツクラッシュアイスクリーム


「それ、何のメモ?」
彼女は僕の胸ポケットに新しく仲間入りした赤いメモを指差して、首を傾げた。
「……だ、ダイゴさんの手伝いのためのメモです」
嘘をついてしまったことに、少しだけ罪悪感。でも素直に教えるわけにもいかないのだから、困ってしまう。
「なまえくん、ショータくんの邪魔しちゃだめだよ」
「してないですよ!それより、ここの数値変なのでちょっと見てもらっていいですか」
いつものスーツ姿で現れたダイゴさんが、なまえさんをたしなめるように声を掛けてくる。助かったけれど、少し惜しいような気もしてしまう。
なまえさんは手元の端末をダイゴさんに見せながら、難しい顔をしている。
なまえさんは、ダイゴさんの紹介で出会った方だった。もともとホウエンの方でダイゴさんと一緒に研究の手伝いをしていたらしく、よく現地調査をする僕らと一緒にフラダリラボ跡を訪れている。
「ショータくんはどう思う?」
「ぼ、僕ですか!」
「うん、ここの数値変動なんだけど」
「……サトシとゲッコウガのバトルパルスの動きに似ている気がします」
ダイゴさんよりも身長の低い僕と彼女では同じ距離でも近くなってしまう。近づいた顔に心臓が飛び跳ねる。緊張しながら思いついたことを口にした。
「……ショータくんと戦った、あのゲッコウガ使ってたサトシくん?」
彼女が目を丸くして、首を傾げる。あの試合を彼女は見てくれていたらしい。
「はい、彼のゲッコウガの姿を変える練習をしていたとき、グラフが似た動きをしていた、ような気がします」
「そのデータどこにある!?」
「多分、ミアレジムのジムリーダーが持っていると思いますけど」
「ダイゴさん、ショータくんごめん。私ミアレシティ行ってくる!」
ポケットに端末を突っ込んだなまえさんは、ボールに手を掛けながら横に置いていたバッグを片手に駆けていく。
「なまえくん、ミアレに行くならミアレガレットよろしくね」
ボールから飛び出したトロピウスの背中に乗ったなまえさんが、ミアレシティに向かって飛んでいく。
彼女の背中に掛けられたダイゴさんの声が彼女に届いたのかはわからなかったけれど、ダイゴさんは満足そうに頷いて僕に笑いかけた。
「3時間くらいは戻ってこないかな」
ダイゴさんは人のよさそうな顔をしながら意地悪な笑顔を浮かべていた。嫌な予感がしたけれど、だめだ、逃げられない。
「なまえくんのことが好きなのかな」
「な」
に言って!
「あはは、やっぱりね」
言葉に詰まった僕を笑いながら、フラダリラボ跡のぽっかりと開いた穴にやっと設置された足場の方へ歩くダイゴさんの後を追う。
「でもなあ、なまえくんは僕の可愛い助手だからそう簡単にはあげられないんだよね。なんたって勘がいいから、良い石を見つけてくるんだよ」
足場を使ってゆっくりと下へ降りていく。既に5つの階層に分け、第四層を今調べているところだ。さすがにダイゴさんほどさくさく降りられるほど慣れているわけではないが、僕も遅れないように急いで降りていく。
「そういうのはなまえさんが決めることだと思います……」
「否定はしないんだね」
「……嘘じゃないですから」
ダイゴさんは僕の反応にくすくすと笑い声を漏らしている。
「うん、じゃあ君の言葉で彼女に伝えるんだよ。僕はあんまりそういうの興味ないからね」
迷いのない動きで第三層まで降りたダイゴさんがぴたりと止まって振り返る。
「そろそろここの調査も終わりだ。終わっちゃったら彼女も連れて帰ってしまうよ」



「あ、そうそう。なまえくんは甘いものが好きなんだよ。特にアイスクリームとかね」
第四層の東側の地層を調べているところで、突然そんなことを言うダイゴさん。これで何度目だろう。それまでは問題なさそうだとか、崩れる心配があるかの話をしていたはずなのに。
「あの!そうやって作業中に変なこと言うのやめてください!」
「とか言って、メモ取ってるくせに」
胸ポケットのメモを取り出した僕は言い返せないまま、殴り書きをする。
「で、それ何書いてるの?」
「何って、なまえさ……」
出て行った時と同じく、トロピウスの背に乗って穴の中を降りてきたなまえさんが僕の隣に降り立った。
「私?」
「あまりポケモンを使って降りてこないように言っているだろう。危ないじゃないか」
さっき僕に調査と関係のない話を振ってきた人のいうこととは思えないくらい真っ当な注意をするダイゴさんに、なまえさんは笑いつつトロピウスをボールに戻す。
「別にここまでは平気でしょう」
既に調べつくしている第三層までは危険もないとはいえ、ダイゴさんは咎めるような表情を崩さない。なまえさんも実際にこれより下層でポケモンを下手に使って、危険度を上げるようなことはしないだろう。
「あ、ミアレガレットありったけテイクアウトしておきました。ダイゴさんのカードほんと便利ですね」
「本当に買ってきてくれたのかい、じゃあそろそろ休憩にしてもいいかもしれないね」
「私はちょっともらってきたデータとの照合のために、さっきのところのデータもう一回取ってきますね」
「熱心なことはいいことだけど、それはもうショータくんがしてくれてるからね」
「え、うそ」
「はい、後はデータの照合を掛けるだけです」
目を丸くしたなまえさんがへらりと表情を崩して嬉しそうに笑った。
「ほらほら二人とも荷物持って、上に戻るよ」
地上に戻ってすぐ、回りで作業をしている人たちに声を掛けに回るために別れたダイゴさん。残された僕らは仕方ないと二人で飲み物の準備をすることにした。
「で、その赤いメモなに書いてるの?」
どう答えようか思案していると、なまえさんはむすっとして「言いたくないんだ。ダイゴさんは中身知ってる風なのに」と拗ねたように唇を尖らせた。
「そういう、えっとですね」
「そっちのバトルメモは見せてくれたのに」
バトルメモはなまえさんに見られても恥ずかしいことなんて一つも書いてないんですから仕方ないじゃないですか、なんて言えるわけがない!
なまえさんが好きなものとか、しぐさとか、そういうのも書いてしまっているこっちの赤いメモは絶対に見せるわけにはいかない。
一緒にドリンクの入った段ボールを休憩用テントに運びながらも、なまえさんの機嫌を損ねてしまったらしくいつものようには笑ってくれない。テント下のテーブルに段ボールを置いて、彼女に向き合った。
「なまえさん」
「なーに」
「このメモの中身について、関係あるんですけれど」
「うん!」
知りたがりの彼女は、僕が口を割るのだと信じて嬉しそうに笑う。
サトシとの勝負の時とはまた違った熱さが僕の身体を登ってくる。ぶくぶくと沸騰するような熱に浮かされるように、焦るように口が動く。
「あのですね、」
「うん!」
「僕はまだ、ダイゴさんへの恩も返せていません。カロスリーグも準決勝止まりです」
「……うん」
先ほどと打って変わって、歯切れの悪い彼女をじっと見て、ごくんと唾を飲み込んだ。
これがダイゴさんのいう勘の良さなのかもしれないと思いながら、続きを言うために口を開いた。
「今すぐにこの気持ちをお伝えしてもきっと頷いてはもらえないと思っています。それに僕自身も未熟なまま貴女の隣には居られません」
「ショータくん……」
「ですから、巨石の調査をちゃんと終えて、もっと立派なトレーナーになったとき、貴女に好きだと伝えに行きます!」
彼女の顔はテントの影でもわかるくらい赤い顔で僕を見ている。僕自身もきっと同じくらい顔を赤くしているんだろう。
頭の片隅で、飄々とダイゴさんが笑っているような気がした。


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かおさん、誕生日おめでとうございます。

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