無駄な時間


「私、ジムバッジを磨くのが好きなの」
このキュッという音が好きだ。
磨けば磨くほど輝く、わかりやすい結果が好きだ。
それはジムバッジ自体にも言える、わかりやすい私の成果だ。
真ん丸になったそれの欠けのないところが好きだ。
机を挟んで向かいの彼はなんとも言えない顔でそれを見下ろしている。
つなぎ目部分も掃除したいから今はバラバラのそれだけど。
彼にとってはこれは何に見えるのだろうか。
ジムチャレンジ半ばでリタイアとなった彼の円は欠けたまま歪な形をしているはずで、そのままジムリーダーになった彼にとってどんな価値があるのだろうか。
私の他愛もないつぶやきに返事を返さないことなんてよくあることだったけど、私はビートくんを見つめた。その視線に気づいた彼が、私のジムバッジから目を離した。
彼はそのまま黙するつもりなのか、何のアクションもしてくれない。
「ビートくんのジムバッジも磨かせてよ」
最後のドラゴンバッジを磨き終えて、枠の中に埋め込んで行く。
ビートくんは考える素振りをしてから、チェストの方へ歩いていく。手を掛けた引き出しの段を確認して、私の心臓がぎゅうと軋んだ。
その段は、金色の時計が入っている。
その段は、君のランクルスとゴチルゼルのモンスターボールの定位置だ。
その段は、ビートくんの宝箱だった。
ごそごそと奥の方に手を伸ばした彼は、四つのジムバッジを持っている。
きっと大事なのかとか聞いたら否定するような気がする。してほしくないから聞かないでおこう。
「何で泣きそうなんですか」
「あくびが出ただけ」
馬鹿らしいくらい嘘くさい理由を取ってつける。
同情なんて失礼でなによりしたくないし、そういうんじゃない。
少しも汚れてない。
きっと私の知らないところで手入れをしていたんだろうな。
ひとつひとつがビートくんの手で勝ち取ったものなのだと思うと触れるのだって躊躇いそうになる。
「好きなんでしょう、磨いてください」
引いてしまいそうになった手に渡されたバッジを慌てて受け取る。
「綺麗じゃん、むしろ指紋がついた気がする」
「そんな大層なものでもないでしょう、ジムチャレンジに参加した者なら多かれ少なかれ持っているだけのものですよ」
なんならぼくはフェアリーバッジを捨てるほど持ってますよ。
捨てるわけもないくせにそんなことを言う。
「それこそ捨てるなんて絶対しないくせに」
「当たり前でしょう、それにそう簡単に渡すつもりもありませんよ」
知っている、キバナさんがどこかのSNSで最近はチャレンジャーが前にも増して少ないと嘆いていた気がする。
この欠けのある円が彼の成果。
「ビートくん、好き」
「な、なんですかいきなり」
「言いたかっただけ」
笑ってしまった私に、不満そうに抗議をしてくるビートくん。
それから私はあのチェストの中身について、もう一つ知っていることがある。
あの段に、私のリーグカードが入ってることも知っている。
「大切にされてるなぁ」

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