知らなかったの?


「ええ、はい」
にこにこお仕事ではなく、お客様とのお喋りに花を咲かせるノボリさん。
「あ、なまえちゃん、どうしたの」
お客様の手前仕事しろと注意するのも気が引けて困っていると、クダリさんが声を掛けてきた。
「ノボリさんに書類なんですけど」
「……じゃあ、僕でも平気かな」
「あ、はいじゃあお願いします」
こういうことはあんまり言いたくないけど、私はノボリさんの人当たりの良いとこはいいと思うけれど、こういうとこはあんまり好きじゃない。
「兄さんのこと嫌い?」
さらさらと書類にサインしているクダリさんが書類に目を向けたまま聞いてくる。
「え、ちがっ」
「そう?ならいいや」
はい、これ。私に書類を渡して、ぽんと頭に手を置いて軽く撫でられて少し気恥ずかしくなる。そんな私を置いて行ったクダリさん。
あの人は本当に出来る男ってやつですね。
「……クダリさん」
「クダリがどうかいたしましたか」
「のノボリさん!?」
私がぽつりと呟けば、戻ってきていたらしいノボリさんが顔を出して驚いてしまった。
「……なんでもないです」
「おや、用事があったのではないのですか?」
「え、ああ。クダリさんがしてくれましたから大丈夫です」
嫌味っぽくなってしまったことに気付いて、それでは、と頭を下げて急いで事務室に戻る。トレインに乗る前に仕事終わらせなきゃ……。



「なまえちゃん、今日シングルの20戦目に行ってくれる?」
トレインに乗るポジションをクダリさんから指示される。
「お客様、最近よく負けて構内の物にあたってるらしいから、気を付けて」
「あ、はい、了解です」
クダリさん、ほんとによく気がつくなあ。 敬礼してからクダリさんと別れてトレインに乗り込む。
気を付けて、気を付けて。でも負けてはあげない。



「勝者、てつどういん なまえ」
アナウンスが入り、息をつく。「ありがとう」ってお礼を言って、最後のポケモンであるチラチーノをボールに戻す。きっと疲れただろうから、後で好きな味のきのみをあげよう。
「ああ!!くそっ、なんでまた負けるんだよ!!」
あと一勝だったのに、と相手のサラリーマンさんが座席をガンッと蹴る。あ、気を付けなきゃ。注意すればいいよね。
「お客様、座席を蹴るのはお止めください」
頭を下げようとすれば、「うっせえ!!」と頭を叩かれた。相手も当たると思っていなかったのか少し驚いたような顔をしているが、私が驚きたいぐらいだよ。
ぽかんとしている私だが、ずきずきと頭が痛んできた。
「お、おお前が悪いんだよ!!勝ったからっていい気になるなよ!!!!」
なる前にアンタに叩かれたんだよ!!
二発目を繰り出す気なのだろう、腕を後ろに引いている。でも私の体は、受け身も取ろうとしなくて「あ、殴られる」と目を瞑る。
ぱあん、と良い音が車内に響いたが全く衝撃が来なくて、恐る恐る目を開ける。
「申し訳ございません、お客様」
「の、ノ……ボリさん?」
「部下に手を出すのはお止めください」
後ろ姿しか見えないが、黒コートにさっき聞いた笑い声と同じ、でも鋭さを持った声でたしなめるように言っているのはノボリさんだ。
見たところお客様の拳はノボリさんの手によって、きれいに止められている。こんなことできたんだ、ノボリさん。
「それから、こちらの方に手を出すなら個人的に容赦は致しませんので」
気を付けてくださいね。いつものように笑っているんだろう顔の見えないノボリさんが少しカッコよく、そして何より怖かった。



ノボリさんに引っ張られるように医務室に連れて行かれて、氷嚢で叩かれた部分を冷やしている。
「大丈夫ですか?」
いつも人当たりの良い笑顔の浮かんでいる顔には正反対の心配そうな、あと微かに怒っているようにも見える。
「大丈夫です、ありがとうございます」
「ダメですよ、女の子なんですから体は大切にしてください」
は、はあ。ずきずきする痛みに意識がとられて、適当に答えてしまう。
「でも、良かったです」
私に気を使っているのか、笑うノボリさん。
そ、そういえば私……すごい発言されなかったかな。……こ個人的にってどういう意味なんだろうか。
「あ、あの、ノボリさん」
「なんですか」
「個人的にってどういう意味ですか」
痛みのせいか、気持ちが緩んでいるのか、「ですかあ」みたいな間延びしたのほほんとした声が出る。
「そ、それをワタクシに聞くんですか」
「じゃあクダリさんに聞けば分かるんですか」
「……ある意味わかると思いますよ。わ、ワタクシもう行きますね」
いつもにこにこノボリさんが珍しく違う表情で、顔を赤くしている。そのまま少し慌てながらドアから出ていったノボリさんと入れ替わりに、クダリさんが入ってきた。
「あれ、兄さんどうかした?」
珍しいお兄さんの表情にか首をかしげるクダリさんが「大丈夫?」と聞いてきた。
「もう平気ですよ、頭叩かれた程度ですから」
「気を付けないとだめだよ。あとごめんね、兄さんからも頼まれてたから注意したつもりだったんだけど逆効果だったね」
「何のことですか?」
「あのお客様を注意するように言ってきたのってノボリ兄さんなんだ」
「え?」
「兄さんいっつも話してるでしょ?あれでいろいろ情報とかお客様から聞いてるんだよ」
……そうなんだ、サボってるわけじゃないんだ。で、でも、
「な、なんでノボリさんが」
私の疑問に笑いをこぼしたクダリさんは一言爆弾を投下して、ノボリさんと同じように出て行った。
「君のこと好きなんだよ、兄さん」
13.01.08

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