The Restaurant of Many Orders


「だらしないのではないですか」
と言われて、その視線を追う。その先にあったのはムダ毛である。言い訳をさせていただこう。恋人の家に行くということで念入りに身体をチェックして、チャイムを鳴らした私だというのにこの恋人は多分その苦労と時間を理解した上でこんなことを言うのだ。ふくらはぎの裏まで目敏くみつけるその神経疑わざるを得ないだろう。
「お風呂はいってくる」
「ああ、なまえ。ボディスクラブを買っておきました。置いておいたので使ってください」
「ふぁーい」
「返事ははいですよ」
口のうるさい恋人にこれ以上返事はせず、しかしビートくんの選んだボディスクラブというのは私の心をくすぐった。バレないようにスキップをしながら、お風呂の方へと向かった。
なになに、花の香りがするらしい。開けて匂いを確認すれば、さすがと言ってしまうくらい心地の良い匂いがする。彼が揃えているシャンプー、リンス、トリートメント、ボディソープ、その全ての匂いと混ざっても不快感を与えそうにない優しい匂いだ。
それから色々終えた後(例えば彼が見つけてしまったムダ毛と他にあるかの確認だったりとか)、体にざらついたそのペースト状のものを塗りつける。
「あまり力を込めてはいませんよ」
浴室のすりガラス越しにビートくんの声がする。
「わかってるよ」
「着替えとタオル置いておきますね」
今日の彼はなぜか、甲斐甲斐しい。元々お世話をする側なことの多い彼だけど、私に対しては結構諦めているような節があるのに。
「ありがとう」
少し不安ではあるがとりあえずお礼を言えば、ビートくんは簡単に浴室の外から離れて行った。
なんだったのだろうかと思いながらも、スクラブをシャワーで落とすとつやっとしているのが曇った鏡越しにもわかった。
「すべすべー」
まるでヌオーのようだと思ったけれど、いやあれはぬめっと……か。
「あれ」
私のいつものパジャマとは違う。マシュマロふわふわ生地のそれは、雑誌で見たことのある女子の憧れ、らしいものだった。
驚くほどふわっふわのそれを纏う。がしかし、これ流石にミニ丈過ぎでは?
「ビートくん、これ短くない?」
扉に半分くらい隠れつつ、彼を窺うと珍しく目尻を下げて笑った。
「さすがぼくの見立てですね、お似合いです」
機嫌がいいらしいビートくんは私を手招きする。仕方ないと彼の方へ行くと隣に座るように言われる。
「どうぞ」
「なにこれ」
パッケージはボディスクラブと同じものだ。
「クリームです、保湿しないとあとあと後悔しますよ」
私のとくせいが湿り気でないせいで、痒くなったりすることもままあったことを言ってるのだろう。素直に受け取って足とか腕に念入りに塗り込む。
彼自身が私の手を取って残ったクリームの余りをするすると、塗り込んでいく。彼の手と私の手の境がわからなくなりそうなくらい。体温まで溶け合いそうなその行動に私は後退りしそうになりながらもされるがまま。ぬるりと指の間に指を入れられ、反射的に手を引こうとした瞬間、ぐっと反対に引っ張られる。あまりに近い距離に眼を見張ると、その反応は望み通りだったらしか満足げに立ち上がった。
「ではぼくも行ってきます。なまえ、ベッドルームにあなたの読みたがっていた本があります」
「本当に?買ったの?」
「読んでいてもいいよ」
「うん」
またまた移動して彼の部屋にたどり着く。ここまできて気付いたのだけれども、そこには本はなく、シーツの整えられたベッドだけだった。
ベッド横の小さなチェストには電気スタンド以外なっていない。本を置き忘れたということではないのだろうと、今更ながら勘付いて恥ずかしいような、嬉しいような、帰りたいような。
ちなみに本を探す際、チェスト内にゴムが入り込んでいたことを言ってしまうのは彼の名誉のために控えるべきかどうなのか。
仕方ないので、ベッドの上でゆっくりとまな板の上のコイキングを演じることにする。
足音が聞こえる。
スリッパを履いている足音。
「おまたせしましたね」
大人しくコイキングごっこをする私のモノマネが気に入ったわけではないと思うのだけど、何が愉快なのか彼の笑顔が恨めしい。
彼の足がベッドに乗る。軋むベッドの悲鳴が私の緊張を強めてくる。
「本は?」
「隣の部屋にありますよ、取ってきてあげましょうか」
「読ませる気ないくせに」
「読む気もないでしょう」
メディアには絶対に見せられない表情で、私を見下ろしている。なのに、その顔が好きだ。
誰にも見せてあげないで。その凶悪そうな表情で見るのは私だけあってほしい。
私の上に体を重ねた彼のそれは恋人にするものというよりも、プロレスの試合とかで見れそうなものだった。
「電気は消してよ」
情けなく顔を手で覆う。
笑ってないで早く消してほしい。
「何故ですか」
「これ以上かっこよく見えたらどうしていいのかわからないよ」
「それは大変ですね、料理が食べる人に恋をするなんて聞いたことがありません」
彼は電気を消してはくれなかった。

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