得意料理はなんですか?


メタ発言注意
あと主人公無神経注意




珍しい人がいたので声を掛けた。
「やっ、ビートくん」
「なぜここに」
最近は出会うこともスタジアム外では珍しい男の子がいて、なんとなくベンチに座ってお話をしようと誘ったのだ。
「最近調子どう?」
本当に、つまらない話を振ってしまった。相手もきっとそう思っているだろう。なんたって初対面で「お前と話すなんて時間の無駄(意訳)」と言ってくるような彼だ。
「……あなたに教えられるようなことはありませんよ、無敗のチャンピオン」
彼の嫌味ったらしい言い方も、ここまでくると懐かしいだけだ。彼の目は出会った頃と全く変わらないギラギラが光り輝いている。
「あ、ねえねえ。ポケモン達出していい?」
「あなたから振ったんだから話を聞きなさい……お好きにどうぞ」
今日連れてきたのは三体。みんな私の周りに立って良い子にしている。その理由は私の手に掛かっているビニール袋に相違ない。ほかほかのコイキング焼きをさっき買ったのだ。
一つずつ手渡してあげると思い思いにかじりついたり、嬉しそうに座ったりしている。ブリムオンは私とビートくんの座っているベンチに腰掛けた。パルスワンは既に一口で食べ終えるという旺盛っぷりを発揮していたし、ヨノワールは大きな図体とは裏腹にちまちまと齧っている。
私は自分のつぶあんコイキング焼きを半分千切って、しっぽのほうをビートくんに差し出した。
「いりませんよ」
「えーダメだよ冷めちゃうじゃん」
真ん中から割るなんて愚行は二人で食べる時にしかしちゃダメなんだから!
真っ二つにされてしまったコイキングの気持ちを声を大にして主張する私に根負けした彼は、嫌そうな面持ちでしっぽを受け取った。
割られた断面から湯気が立ち上っていて、寒さで若干感覚が消えかけていた私の指も簡単に温めてくれる。つぶあんだから皮が邪魔そうに生地から飛び出ているのが、いかにもコイキング焼きらしい。
一口齧り付くと、あんこの甘さが口の中に広がる。最近はやりの白とかもちっとかサクッとは違う、この普通さが逆にいい。隣の彼も恐る恐るコイキング焼きに噛り付いている。
「ごめんね、もう一個買ってれば良かったんだけど」
「べつにいりませんよ」
「えーでもビートがどこから食べるのか見てみたかった」
「どこから食べるって普通に食べるでしょう」
「コイキング焼きは頭から食べるか、しっぽから食べるかっていう派閥があるんだよ」
昔は頭から食べれば頭が良くなる、しっぽから食べれば足が速くなるとかもあったくらいだし。
一口食べた後のビートくんは容赦なく、齧り付いて歯型をつける。私の三口がビートくんの一口くらいだ。こんなラブソングを聞いたことがあったような気がする。
「そんなこと何の意味があるんですか」
「私はあんこの少ないしっぽから食べるよ、甘いのが多い方がいいから」
「ぼくに渡したのはしっぽでしたね」
「あははー」
とぼける私を少しだけ見て、彼はしっぽの最後の一口を口に放り込んだ。
シンオウ神話ではコイキングは食べたあと、川に骨だけ流すらしい。そしたら戻ってくるそうだ。コイキング焼きはあんこも皮も流しても、戻ってはこなさそう。
「私はね、ちょうどキルクスのブティックを空にしてきたところだよ」
「はぁ?」
いきなり話を戻したせいで彼は訝しげな顔をした。
「ここからここまで、全部くださいって」
「随分と余裕があるんですね、服なんていつもそれじゃないですか」
それというのは私の服の話だろう。彼は気づいてないようだが、私の服はちまちまと色んなとこを変えている。
「夢だったんだよね、ここからここまでくださいするの。まぁ実際には一つずつ選択だったから若干違うんだけど」
一つずつ選んでは購入するのは骨が折れた。
「何の話ですか」
「おまもりこばんさえあればお金には困んないし、ニャースもいるし」
「ああ、そういえば最近はよくトーナメントでニャースを使っているようですね」
「うん、ねこにこばんだから」
ほんとアレは楽だからなー。最近はよくキバナさんとかダンデさんから奪ってる。心痛まないし。
「でもまさかキルクス帰りにコイキング焼きを見つけるなんて。所持金ほぼ0円なんだよね」
「はあ」
「思った以上にキルクスのブティックが高くて」
一応ポケモンたちの夕飯代はセーブしたんだけど、よく見たら全財産無くなってて笑ったもん。
「刹那的に生き過ぎでしょう」
さっきまで豪遊する私に嫌悪の表情を浮かべていたビートくんがドン引きしている。
「昔は良かったよね、お母さん貯金あったし。あれ勝手にお金使われる時ちょっとイラっとするんだけど言っても全体の数分の1だし、ちょっと何か買いすぎても引き出せばいいし勝手に貯まってるんだよね」
彼から返事はない。
「無い物ねだりはだめだよね。ありがとう付き合ってくれて」
お金もないので、今日はカレーでもしよう。幸い材料は馬鹿みたいに持ってるから、一人でもダイオウドウ級までは確実だ。
「……待ちなよ」
久しぶりの呼び止められ方だなぁ。
「コイキング焼きのお礼です……夕飯はご馳走しますよ」
「それ、釣り合ってなくない?」
ご馳走というのが、まさかの彼の手料理だなんて、ましてやポプラさんとジムトレさん直伝の家庭料理だなんて、想像する由もなかったのだ。

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