あなたを・もっと・知りたくて


「ビートくん!見てみて!」
彼女がどうしても、掃除を手伝って欲しいと言って仕方なく訪れたはずの部屋で、ぼくに無邪気に片手に持った紙を見せてくる。溜息を一つ、当てつけのように吐いたが、テンションを上げたなまえには効果はないようだった。
「なんですかこれ」
平易な言葉で自分の名前や住所などの自己紹介を書く欄が並ぶ。子供向けにモンメンやチラチーノのプリントされたそれに首を傾げた。
「……ビートくん知らないの?」
彼女に悪意はないことはわかっている。が、だからと言ってはい知りません、と答えるのも癪だ。
「知って」「プロフィール手帳って言って、昔流行ったんだけどね!」
「人の話は最後まで聞きなさい」
「ビートくんも書いてよ」
「何言ってるんですか」
ぼくの手を当たり前のように取って、椅子に座らせる。机を挟んで向かい側に座ったなまえは何処からかペンを取り出して、差し出してくる。
「キラキラペン、何色がいい?」
「ぼくはやるなんて言ってませんけど」
「……ビートくんが書いてる間、私は掃除頑張ります」
「それ、ぼくには何一つメリットがないって気付いてますか」
「わりと気付いてます!」
そう言って、ぼくにピンクのペンを渡して笑ったなまえはさっきまでぼくの仕事だった拭き掃除に取り掛かった。
彼女のことだ、どうせすぐこちらに戻ってくるだろうと、ペンのキャップを取る。
なまえ、住所、番号、メール、誕生日、星座、趣味、ニックネーム、ずらずらと並ぶ単語にぼくのプロフィールをどれだけ聞き出そうとしているのかと、子供向けのそれに恐怖を覚える。
好きな食べ物、嫌いな食べ物。最近食べたなまえのクッキーはいつのまにか上達していたことを思い出す。書かない。空欄でいいだろう。嫌いな食べ物。ドガース級のカレーはもう今後食べたくない。
心理テストと書かれたそれ、答えは持ち主に聞けと書いてある。
Q1.あなたの好きなポケモンのタイプは?一番と二番が答えられるようになっている。フェアリータイプとエスパータイプを書く。
Q2.あなたの知り合いの中で、思いつく順に3人書いてね。適当な知人を並べて、書く。
キラキラしたインクのペンがぼくの指を汚す。
ぴんと伸びてしまったインクに溜息をついて、次の質問に。
次は……。
LOVEコーナーと銘打たれたそれをスルーして、次のコーナーへ。
もしもコーナー。
Q1.もしもあなたがポケモンだったら?
「ビートくんはね、ウールーだよ」
「掃除は終わりましたか」
「拭き掃除は!」
「次はそこの整頓でもなさい」
「ほら、ウールーって書いて」
書かなければ覗き込んだままのなまえはサボり始めるだろうとウールーと書く。喧嘩を売っているとしか思えない。せめてフェアリータイプを連れて来るべきだろう。
Q2.もしも明日地球が滅んだら?
なかなかディープな質問だと思いながらペンを走らせる。滅ぶまではいつも通りすればいい。
次のコーナーは連想コーナーらしい。
かわいい、かっこいい、うつくしい、たくましい、かしこい。
「なまえはなんて書いたんですか」
「えー。確かポケモンのこと書いてごまかした気がする」
「なるほど、そういう避け方もあるんですね」
フリースペースまでたどり着いたので、ペンを置く。フリーということは書かなくても問題ないのだろう。
「まだ恋愛コーナーが残ってますよお客さん」
後ろから覗き込んだ彼女はにやにやと楽しそうにしている。
「書くことがないだけですよ」
「傷つく」
「……そっちの本棚がまだ終わってないのではないですか?」
「わかってるよ」
むすっとしたなまえは本棚の方へと向かい、一文字も書かれてない恋愛コーナーを睨みつける。彼女を喜ばせるだけのことを書くなんて、と思いながら質問を読む。
Q1.いま、好きな人いる?
YESとNOで答えられるようになっているそれを見下ろした。YES。背後で本棚をいじるなまえがぼくの頭の中で座っている。
Q2.告白したことある?
YES。なまえはわざとらしく首を傾げて、「あれは告白なんですか」と笑っている。当たり前だ。ぼくがあなたなんかに、あんな恥ずかしいことを言ったのだからあれ以上のことを告白以外なんと言えばいい。
Q3.告白されたことはある?
YES。脳内の彼女は満足そうに微笑んだ。
Q4.今、恋人はいる?
YES。なまえはきっと恥ずかしがるだろう。
Q5.はやくけっこんしたい?
子供向けだから、こんなことを軽々しく書いてあるのだろう。彼女は昔これをしたと言ったが、その頃は彼女はぼくのことを何一つ知らなかったのに、どう答えたのだろうか。YESでもNOでも苛立ちが強くなる。ぼくのことを知らないなまえがこんな質問に判断を下すことが、不快だ。
「あなた、昔書いたんですよね」
「うん、そりゃ女の子はみんな挙って持ってたからね」
「なんて書いたんですか」
「そんなの覚えてないよ」
なんてことなさげに吐き出された言葉にぼくは満足した。

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