NOMEL


「またですか」
ノメルのみがぽつりと観客席に置いてある。
アラベスクジムは劇団の公演や、ジムチャレンジをするために開放したとき、決まって席のどこかにノメルのみを置いていく観客がいる。
まるで、どこぞの文学作品のようなことをするものだと思いながらも、それを知っているビートからすれば酷く不快なものだった。
爆弾に見立てられたそのきのみを毎回置いていくその神経が気に入らないと、ノメルのみを回収する。
勿論きのみに罪はないが、なにがあるかわからないため、処分となる。
「相変わらず固い実ですね」
一口で三日間味覚に異常をきたすというその実を弄びながら、周辺に座っていたはずの観客を思い出す。特に可笑しな動きをしていたわけではないため、印象にもほとんど残っていない。
「きゅおん」
ビートの表情を伺うのはブリムオンだ。彼女はきのみを一瞥して、また小さく鳴いた。
「危険なものではなさそうですね」
ただのきのみでしかない。爆弾が仕掛けられてるわけでも、何らかの悪戯もないと伝えていることはわかっていた。
しかしだからこそ、この行為は何の意味があるのかそれが知りたいと思うのだと、隣の彼女を伴ってスタジアムを後にした。
鼻に付く、ノメルの香りに煩わしさを感じながら。



スタンディングオベーション。
今日も勝利の女神がジムリーダービートに微笑んだ。その姿を見て、なまえはいつも通り、忍ばせたきのみをゆっくりと席に置こうとした。
とんとんと肩を叩かれて、びくりと身体を揺らしたなまえは平静を装って振り向く。
「え」
真っ黒い瞳が自分を覗き込む。身体が、足が動かない。
そこにいたのはサーナイト。その姿を見たことがあると、なまえは焦りと怯えで働かない頭を無理やり動かした。
「なんで……」
他の観客たちはなまえの隣に、まるで手持ちのような表情で立っているサーナイトに気にも留めない。そのままゆっくりと引いていく人の波に、なまえの心臓はどくどくと激しく動く。
くろいまなざしを使ったのだと気づいたが、なまえはどうしようもないと絞首台にでも登る気分でサーナイトのトレーナーを待つ。見たことのあるサーナイトだと気付いたからだ、綺麗な毛並みに赤い部位が綺麗なきらめきをしている。
「あなたでしたか、こんなイタズラをしたのは」
「……迷惑になっていたのなら謝ります、すみませんでした」
「というと、どうしてこんなことを?」
「え、……と」
目をそらしたなまえに眉を顰めるビート。
「プレゼント、的な、花束、的な」
「嘘ですよね」
「しゅわん」
サーナイトが横に首を振って、溜息をつくように鳴いた。
「本当の理由をお聞かせ願いましょうか」
口をパクパクさせて、視線を彷徨わせていたなまえが笑って誤魔化そうとするが、当然ながらそれで許されるわけもない。見かねたサーナイトがなまえの手を握る。
その行動に驚いたビートとそれ以上に驚いて目を見開くなまえ。彼女の脳裏に映ったのは喋らないままで出禁を食らう自分の姿。
サーナイトの図鑑説明文を思い出す。それが未来の姿だと気付いて、唇が恐怖で震えた。
「最初は、私の子が間違えて置いていってしまっただけだったの。もしかしたらもしかしたら、気付いてくれるかもしれないと思ったら、置かないなんてことできなくなったの!!あなたを見たとき、私は三日間なにも考えられなかった!あなたを見てからあなたしか見えなくなった!私は!」
はーはーと息をするなまえはビートの顔を見れず俯いたまま、頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もうしません……だから」
トレーナーを守るため、命をかけるとさえ言われるサーナイトがみらいよちを使う。なまえの言葉が本物で、自身に害のないものだという何よりもはっきりとした証拠だ。
ビートは溜息を吐いて、手を差し出した。
「……ノメルのみは全部置いていってください」
「え?」
「別に念書を描いていただいてもいいんですけど、ぼくもそこまで暇じゃないんですよ」
頭を上げたなまえは、また目を奪われる。
きらきらして、ぎらぎらして、やさしくて、なまえは歯を食いしばった。伝えたくて伝えたくない。
「すきです、」
溢れたセリフを押さえつけて、ポケットに入った三つのノメルのみと、ぐしゃぐしゃの手紙を押し付けてなまえは逃げ出した。

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