華氏32度


「ビートくん」
アラベスクタウンに雪が降っている。
そのジムの橋の前で、自分の髪くらいもこもこのコートを着て立っている人物に話しかけた。
彼がホワイトクリスマスを親の仇のように呪っているのは、その手にある雪かき道具のせいだろう。
「終わらないよ、だってまだ降ってるもん。明日まで待った方がいいよ」
彼はムッとして、しかし手を止めてはくれない。
「ねえってば」
ポプラさんからの指令か、ジムトレーナー、チャレンジャーへの優しさかは分からないが、頑なに手を止めない彼に私は小一時間声を掛けている。
「うるさい」
そんな冷たい言い方ある?と思いつつも、彼が冷たいことなんてよくあることだ。
雪かき道具がもう少しあればなんとでもなるのだけれども、雪かき道具は一つしかない。
「手、真っ赤だよ」
彼の元に歩いて行こうとすれば、親の仇は私になってしまったような、こおりタイプに鞍替えしたような視線で私を睨め付ける。まるでこの橋を越えてしまったらお前とは一生絶交だと言われているような視線に、流石の私も足が止まっている。殺されようが文句はないが、絶交は勘弁してほしい。
「お黙りなさい」
ざくっと固まりかけの雪が気持ちいい音を立てている。しかし、この寒さは気持ちよくない。
「ビートくん、エネココア作るよ、ねえ帰ろう?」
次は無視だ。
「足ももう霜焼けになってない?私すごい冷たいよ」
染みてきている雪の溶けた水が、氷みたいに私をじわじわと蝕んでいる。
「明日まで誰もこないよ」
「あなたが」
ビートくんがこっちを見ている。
「あなたが来るでしょう」
雪かき片手に溜息を吐いた彼は私に背を向けてジムの方へ歩いていく。
「今日はもうお帰りなさい」
「ま、待って!」
彼の不器用な優しさには相変わらずに気付かない私だったが、今なら何をするべきかくらいはわかる。
「待ってってば!」
雪かきのせいというのもなんだが中途半端に溶けた雪は氷になって、私の足を滑らせる。
「ひえ」
ストンと滑った私に振り向いたビートくんが眉を釣り上げている。うわあ怒ってる?
「大丈夫ですか」
手を差し伸べられ、おずおずとその手を掴むと思った以上の強さで引っ張られてそのまま彼の方へ吹っ飛ぶように立ち上がる。
「わ、ごめ」
「だから来るなと」
「言ってないよ」
自分でも思い直すとそんなことは一言も言ってないことに思い至ったのか、ビートくんは言い返しもせずにぐいぐいと私を引っ張った。
「ほら行きますよ、エネココア作るんでしょう」
「その前にパンツとか貸してくれると助かります」
「……はしたないですよ」
「彼ジャージ!彼ジャージがいい!トラックパンツ!」
「話を聞きなさい!」
そんなゆきのひのはなし。

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