just a moment!!!!


「ビートくーん!!」
観客席の一際甲高い目立つ声が嫌という程耳につく。
ああ煩わしいと耳を塞ぎたくなる。
「……いいのか?」
「いいに決まっているでしょう!」
やけに気を使ったような言い方のホップに、いらっとして言い返す。ファンサービスなんてガラじゃない!とその騒ぎの元凶を内心呪うビート。
「え、やば!今目が合ったくない!?」
自分が睨まれていることよりも目が合ったという事実の方が重要ななまえは、隣の友人の肩を掴んで乱暴に振り回す。
「あ、やば、始まるよ!」
隣の友人の肩を突き放すように離して、食い入るように目を大きく見開いて、何も見逃さないようにとビートだけを見つめている。
最前列の熱視線には流石に向かい側のホップには気づかないわけにもいかず、苦笑い。
「余裕じゃないですか、そろそろ勝ち星を譲っていただきましょうか!」
ザマゼンタを従えるホップに対して、全体的なタイプ相性を含め不利な条件のビートがボールを構える。
繰り返し開かれるトーナメントで招待されるのはポケッターで同期組とまとめられている、マリィ、ホップ、ビートだ。チャンピオンと初回で当たれば、必ず他の二人のどちらかが決勝で当たるため、その回のチケットを取れたものは幸運であるとまで言われる組み合わせだ。
「クチート、行きなさい!」
「行くぞ!バイウールー!」
コットンガードより早く先手に出ようとするクチートのじゃれつくが決まる。一つ一つの攻撃に、背後からの声援が止まない。
一体倒すごとに歓喜の声、ビートのポケモンが倒れれば悲鳴が後ろから聞こえている。
「お互い最後のポケモンだな」
「またこの展開、そろそろ飽きてきますね」
心にもないことを言いながら、二人が最後の一体のモンスターボールを持つ。
ダイマックスバンドが光り、互いのポケモンが姿を大きく変える。
「キョダイテンバツ」
「キョダイフウゲキ」
二体の技がぶつかり合う。風がスタジアムに吹き上げ、ビリビリと壁を揺らす。
いつか壊れてしまいそう、ビートが試合中なのにそんなことを考えていると、追撃の気配がして、ダイアークで迎え撃つ。



「勝者ホップ!」
審判のジャッジが下される。
博士を目指すホップだが、その実力は未だチャンピオンと並ぶ。ビートがホップと当たった際の勝率は決して高くはない。
「今度は俺の勝ちだな」
「次こそはぼくが勝ちますから」
ビートは振り向いて、退場口へと歩みを進める。
ちらりと最前列のなまえが目に付いた。
また泣いている、とビートはただ事実確認のように心の中で呟いた。
実際には彼女は涙ぐんでいるだけで、拍手をしながら選手の退場を見ているだけ。だというのに、ビートにその姿はいつかの泣き顔を思い出させる。
彼女の泣き顔を見たのは、ビートがシュートスタジアムで初めて戦ったあの日だ。
乱入をして負けたその日、勝負の清々しさを、自らの負けを認めざるを得なかった自分が、退場してスタジアムを後にしようとしたその時だ。
ジムリーダーたちの戦いが始まり、観客達は皆スタジアムに戻っているだろうというビートの予想は概ね当たっており、スタジアムのホールは誰もいないように見えた。
「ビート選手!」
スタジアムと繋がっている扉から飛び出すように現れたなまえ以外は。
「あの」
「なんですか?」
なまえ自身、言葉にならないままに飛び出したため、こんらん状態のまま、言葉を紡ごうと口をパクパクさせる。
対してビートは話しかけてきたなまえに覚えもなく、訝しげに続く言葉を待つ。
「好きです」
零れ出たような言葉に口を押さえたなまえに、突然現れた女の奇妙な発言に一歩距離を取る。
「かっこよかったです、すごく、私、その」
言葉を紡げば紡ぐほどから回るその糸に、なまえの涙腺が決壊する。
「ファンにっ、」
嗚咽が混じり始めて、ぼろぼろと涙を流し始めたなまえに、扱いに困るようにそれを見下ろすビート。
「なりっました……!」
「そうですか」
涙混じりのそれに淡白に返しながらも、ビートは不可思議な感情を感じる。
今まで向けられることのなかった感情に、扱いに困る感情に、煩わしさを感じない。
少し前の自分なら一蹴していただろう。未だにそれをする自分に納得できる。こんな女、紛れもなく面倒だ。
「……ありがとう、ございます」
ただ、これが正しいのだろうとも検討がついた。
「まだ、続け、て!くれますか!?」
顔をぐしゃぐしゃにしたなまえに、先程の観客達の声援を思い出す。
「次は勝ちます」
言葉を選びながら、それだけを返す。
「……見てます、ずっと!わたし!」
これ以上はどうすればいいかわからないビートはそれではと頭を少しだけ下げて、次こそはその場を後にした。
退場口の一歩手前、退場の最後まで見逃すものかと視線を寄越す、回想の中で汚い泣き顔を見せていた女に笑いが漏れる。
柄じゃないと思いながら、体が勝手に動く。
「次は勝ちますから、見てなさい」
びしっと指を伸ばして、鼻で笑い飛ばすみたいに言い切る。
それだけ言い残して、ビートは退場口に姿を消した。

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