「路線で最近泣き声が聞こえる」というのがわたくしが噂で聞いたものでした。
女性の啜り泣く声という最もらしいそれや、それを怖がる部下達に少々ため息を付きたくなりましたが、しかし何人もの人が聞いているため、真偽を確かめる必要がございました。
「……なにもございませんね」
わたくしはシャンデラをもしもの時と灯り代わりに隣に連れて、「でる」と噂の地点へ見回りを兼ねて行きました。
シャンデラが答えるように鳴いたため、一度事務室に戻ろうとします。しかし、帰ろうと踵を返し、少し行くと後ろから何かが聞こえてきました。
ぐす。
それは確かに女性の泣き声でした。
ひっく、ひっく。
わたくしとシャンデラは急いで泣き声の聞こえる方向に走ります。
そこにはやはりムウマが居りました。泣き声ということから見ても、本物の幽霊か、ポケモンの悪戯というどちらかだと考えておりましたが、なぜムウマが。
こちらには生息していないはずなのに。
隅に隠れるように浮かぶムウマがわたくしの足音で気づいたのか、こっちを見てきました。
「見つけましたよ」
怖がらせないように声を掛けたつもりでしたが、ムウマの目がとても怖がっていたため同じポケモンをと思い、シャンデラに頼もうとしたところでムウマは倒れてしまいました。
わたくしは驚きながらもムウマを抱き上げます。
それにしてもなんという怖がりようでしょうか、違う地方のポケモンで環境に慣れていないというわけでもなさそうでしたし。
「一度戻りましょう」
気を失ってしまったらしいムウマにトレーナーがいないのをボールで確認し、そのまま医務室に向かいました。

簡単に消毒等をして、回復マシンにムウマをセットします。元からほとんど怪我はなかったようで、きっと気力の問題でしょう。
「ムウマ、夜泣きポケモン……」
泣いていたのはムウマの習性でしょうか。
トレーナーではないということですし、違う地方のポケモンがなぜ……。レベルはあまり高くないようですが、生まれたばかりというわけでもないですね。
「クダリと話しましょうか」
「なにがー?」
独り言のつもりだった呟きに返事が返ってきて、振り返ればベッドの上でクダリがこちらを見ていました。
「いたのですか」
「うん、医務室ならノボリ来ないと思ってサボってた」
「こら」
あはは、など笑うクダリがわたくしの方に近づいてきます。
「あー!!ムウマだ、どうしたのノボリ、ノボリの!?」
夜だというのに大きな声で、まったく。
「ムウマも休んでいるんですから、静かになさい」
「あ、うん。で、このムウマどーしたの?」
「噂の正体でございます」
「ほんとに!?そっか、この子が」
クダリがムウマを撫でるとくすぐったそうに寝返りをうつ。
「かわいー、この子のトレーナーは?」
「それが野生なのです」
「え、じゃあ逃がされたのかな」
「その可能性は高いです」
「そっか」
よしよしといわんばかりに撫で回すクダリを起こさないように注意して、わたくしは医務室を後にしました。



私が意識を失う前に見た男性の名前をノボリというらしい。
そして一つ驚いたことがあります。私はポケモンになったらしいです。
別に人間止めたいとは思ってなかったんだけど。
「貴方は違う地方のポケモンですね」なんて起き抜けに言われたときには私は驚いてしまった。
その後すぐに出て行ってしまったノボリさんと入れ替わりで、ノボリさんの双子の弟らしいクダリさんが入ってきた。
鏡を見れば図鑑でしか見たことのないものの、確かにムウマがいた。
どうしようもなくなって涙を流せば、慌てるようにクダリさんが口を開きました。
「君、トレーナーに捨てられたの?大丈夫だよ!!」
なにが大丈夫なんだ!?と言いたいし、なにより私にトレーナーなんていない!!
「安心して!!君はちゃんとジュンサーさんとジョーイさんに頼んでジョウトに送り届けてもらうからね」
むー!!驚いて出た悲鳴もムウマの鳴き声で、涙がでてくる。
今の状況が信じられなくなって、とっさに浮かび部屋を出る。
「あ、待って!!」
うそ、嘘だあ!!私人外になった上に、故郷を追い出されなきゃいけないの!?
その浮かぶという行為にまた気持ち悪くなり泣きたくなる。私最近泣きすぎ。
扉のところでノボリさんとすれ違う。
「どうしたんですか!?」
返事をしようにも「むー」と鳴くしかなく逃げる。ノボリさんが手を伸ばすが勿論捕まるわけにはいかないから無我夢中で上昇する。いつも高さとはまったく違う目線と、浮遊感が私に人間じゃないことを実感させられる。
関係者以外立ち入り禁止の場所なのだろう、扉が開いたところを縫うように出ればたくさんの人。
私がいた世界、私が当たり前だと思ってた世界。
たくさんの人がいるのに、私はなんでこんなに……。
何人かの人は私を珍しげに見てくる。あ、そっかここバトルの方じゃないからポケモンがいるのは……。
自然に自分をポケモンだと言ったことが嫌になった。
「むー」
ため息をついても鳴き声しか聞こえない。やだ、いや、やだよお……。踞った私の中で何かが何かをしようとしている気がした。なんでもいい、だってきっと今の私にこれ以上悪いことはないよ。
「止めなさい」
私は抱き締められて、またも立ち入り禁止区域に引き戻された。
ああ、あったかい、人の体温。
これが、人。私は自分の体温が可笑しいことを実感する。また何か違うのだ。私はまるで、いや本当に人間じゃないみたい。
「ダメでしょう。取り乱したからとはいえ、あんな人の多いところで技を使おうとするなんて」
ノボリさんだったのか、私と向き合い叱る彼は安堵したように言う。
「技なんて使えば保護で済むかわからないのですから」
ああ、さっきのは技を使おうとしてたのか。
だって、私、ここにいたい、イッシュにいたい、そんな誰も何も知らない地方になんて絶対に嫌。いやなの。必死に伝えようとする私の言葉は、やっぱりむぅーって鳴き声にしかならなくて。
「あ、良かったー」
クダリさんがいたいたーなんて言いながらこっちに走ってくる。
「ごめんね、いきなりで驚いた?」
「むー」
そう通りだと言いたくても鳴き声しかでない……。
「ねえ、君はね、トレーナーに逃がされたの?」
違う、私は人間なの!!
首を傾げるクダリさんに必死に伝わるように首を横に振る。
「……じゃあ逃げた?え、これも違うの?じゃあ……」
何度でも的外れな質問を繰り返すクダリさんに必死に首を横に振る私。……人間だったなんて考えないよね……。
「んーわかんない」
「では、何故お逃げに?」
ノボリさんはさっきまで私達の不毛なやり取りを見つめていたが、埒があかないと思ったのか私ではなくクダリさんに聞いている。
「えっとね、ぼくがポケセンに連れていくって言ったら逃げてっちゃった」
「……もしやあなた、ポケモンセンターに行きたくないのですか」
そう、保護なんて本当にポケモンになったみたいじゃない!!それに私はイッシュにいたい。
言葉なんて伝わらないけどコクコクと頷いて肯定する。
「じゃあこのムウマは完璧な野生なわけだし、逃がす?」
「……わたくしが捕まえるのはダメでしょうか」
ぽつりと思い付いたようにノボリさんが呟いた。
「え、いいなー、ぼくもムウマ欲しい!!」
クダリさんがぐちぐちと言っているが、眼中にないようで私に向き直った。
「あなた様さえよろしければわたくしの元に来ては頂けませんか」
「ノボリ、ナンパみたい」
うんクダリさんに同意。
「わたくしはあなたの先ほどのエネルギーに見惚れてしまったのです、どうでしょうか」
すっごいナンパっぽいけど。
私の顔いや、体のような場所に手を添えたノボリさん。
野生で瀕死になるか、ここで飼われるか、二つに一つ。考えれば考えるほど、選択肢が一つしかない。
伝え方がわからなくて私はその手に擦り寄れば、ノボリさんが笑った。
「よろしくお願いしますね」
こちらこそ、と精一杯気持ちを込めて言ってみる。
「むぅー」
通じてればいいけど。
12.12.27

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