迷わぬ森のお姫様よ


ルミナスメイズの森の奥深く。
ピンクの可愛い魔女を引き連れた王子様が、顔も服もぐちゃぐちゃな私に魔法をかけた。


「なまえ!」
何時ぞやの記憶と同じように茂みの奥から現れたのは我がアラベスクタウンのジムリーダーだった。
「そんなに慌ててどうしたの」
「どうしたの、ですって?何処かのお馬鹿さんが性懲りもなく1人で森の中に入って行ったと聞いて、迎えにきてあげたぼくに対して言う言葉がそれですか」
怒りに顔を歪めたビートくんが無理やり笑っている。
あの時の私には紛れもなく王子様に見えた彼だが、見る影もないなと若干気持ちが遠くなりそうになる。
「今日はかいふくのくすりもけむりだまもいっぱいあるし」
「あんなに泣いて汚い顔でぼくに縋ってきた人間の言葉とは思えませんね」
「すがっ、確かに泣いてたけど私より焦ってオロオロしてたのはビートくんでしょ!救助の練習になってよかったじゃん、次から迷子に『手を離したら置いてく』なんて鬼みたいな失言はしないようにね!」
あの時の私は心細さでいっぱいで、ビートくんの手が離れた瞬間に
余計泣きそう(実際泣いているのだけど)になっていた。
「そもそもルミナスメイズはポケモンたちのおかげで基本的に明るいのに、あんな木の虚なんかに入り込むお馬鹿さんはあなただけですから!」
「じゃあ馬鹿なんだから仕方ないでしょ!放っておけばいいじゃん!」
「言わせておけば……!」
ぱしっと掴まれた腕を引かれ、ざくざく草むらを踏み歩くビートくんに先導される。
「だいたいあなたには危機感というものがまるでない」
「だってルミナスメイズの森だよ、そんなに広い森でもないし」
「あなたの手持ちでは心配だと言っているんです」
「それどういう意味」
私のことは好き勝手に言えば良いけど私のポケモンのことを悪く言うのは、ポケモントレーナーとして許せない。
「人懐っこすぎるヌメイルに、あなたに似てるリーフィアでは誰でも心配になるでしょう」
うーん。
「ヌメイルはそもそもフェアリータイプには弱いですし、そうじゃなくてもぼくのランクルスとのバトル中に覚えてもないじゃれつくがでた時は驚きを通り越して呆れましたよ」
私の喉から乾いた笑いが溢れる。そうだね、でもあれはそもそもランクルスとヌメイルが仲が良いから起こったわけだし。
「でもさすがにヌメイルだって、野生の子達の時にそんなことしないし!」
「昨日ベロバー五匹くらいに囲まれて、ブリムオンに助けられていたヌメイルがいたような気がしますが」
しかもいじめレベルで遊ばれてたのに楽しそうだったんだよな、あの子。
「まあ確かにヌメイルは人懐っこくて、心配かもだけどむしろ私も心配だけど、リーフィアはわりとしっかり者だよ!」
「あなたのリーフィアがしっかり者?舐めてます?」
「は?」
「一昨日ジムに配達に来た彼女が商品を忘れたのを、覚えてないと言うんですか?ポケモンによく似ていらっしゃるんですね」
リーフィアもビートくんのこと好きだから、届けに行ってねって言った瞬間物も持たずにスタジアムまで走っていったから私が持って行ったんだよね。
「……私のポケモンがちょっとうっかりさんでも別にビートくんにそこまで言われる筋合いないし!可愛いからいいの!」
「はいはい、分かりました。ここからならあなたの頼りない頭でも帰れるでしょう、それとも家まで送って差し上げましょうか」
「結構ですー!ポプラさーん!」
けむりだまを地面に叩きつけて、先手必勝と私は自宅とは反対のポプラさんの家に走る。



「やっと帰ってきたのかい」
煙たい匂いを纏ったビートくんにポプラさんがにやにやと笑う。私はその向かいで、紅茶の入ったカップで喉を潤している。
「そろそろいい加減にしておくれよ、この子が森に入る度にこんなことしてたら埒があかないよ」
「それはそのお馬鹿さんに言うべきでしょう!」
「お馬鹿だからわかんなーい、ごめんあそばせ」
ビートくんの大きな目があからさまに細められて、じろっと睨まれる。
「まあいいです、ぼくはジムに戻りますから」
これはまた同じことになるんだろうな、と思いながら彼の後ろ姿を見送る。
「あそこまで捻くれていたかねえ」
「大体あんな感じじゃないですか?」
「あんたももう少しどうにか出来ないのかい」
「森に行くのは私の仕事の一つだし、さすがにやめれませんよ」
家業の手伝いみたいなものだけれど、材料集めは私の仕事だ。さすがに一回迷子になったからってそう簡単にやめれない。
「そんなこと言ってないだろう、少しくらいビートの言うことを聞いてやれないのかってことさ」
「フェアリータイプに有利な子を育てろってこと?私とりあえずこの子達で手一杯だもん」
「なまえのポケモンたちは手がかかる子ばかりだからね」
「失礼な、私と同じでやる時はやる子なんだから」
むすっとそんなことを言えば、ポプラさんが大笑いしながらマカロンに手を伸ばす。
「違いないね、それよりなまえ、お客さんだ。そこの扉をあけてやっておくれ」
ポプラさんは時々そんな風に来客を予言する。私は慣れたように、扉を開けて少し待つ。
「あれ、ビートは?」
そこからひょっこり顔を出したのは、今をときめくチャンピオン。
「やっ、久しぶり〜」
「なまえちゃん、久しぶり。ビートいる?」
「ビートくんはさっきジムに帰りました」
「えー入れ違いかー、ジムの人に多分ここか森って言われたから来たんだけど」
「ここで待ってたら迎えに来てくれるよ、紅茶でいい?」
「それはなまえちゃんだけだと思うけど」
苦笑いのマサルくんだが、そんなことはない。多分なんで僕が行かなければとか言いながらも、紅茶を一杯飲んだ頃に痺れを切らして迎えに来てくれる。
「まあまあ、マカロンも美味しいよ。ミルクティーでいい?」
「うーん、じゃあおねがいします」
大人しく着席したマサルくんに、私は紅茶を用意する。
「なまえ、あたしが紅茶は淹れるから隣の部屋から椅子を持っておいで」
「えー?」
「いいから」
ほかにもお客さんが来るなんて珍しい。
ポプラさんの元には確かに来客は多いが、1日にこんなに来ることもそんなにないだろう。特にアポなしでくるような。仕方ないので隣の部屋に行って、椅子を運ぶ。
「さすがポプラさん、完璧な紅茶」
部屋に戻ると、私が飲みたいくらいのいい匂い。
「あれ、2人分?私の分?」
「どうしてこう、みんな呑気なんでしょうか!」
私が用意された二つの紅茶に首を傾げたところで、怒声にも似た声が後ろから聞こえてきた。
「あ、ビート」
「あれ?早かったね」
「どうせこうなることは目に見えたのでね!」
ビートくんは少しポプラさんに恨みがましそうな視線を向けて、相手にされてない。
「大体あなたも何故すぐ追いかけない!?」
「だってなまえちゃんに誘われたから」
マサルくんに食ってかかるビートくんが苦々しそうな表情をして、表情筋が忙しそうだ。この椅子はビートくんのためのものだったかと納得して、私の席とポプラさんのあいだに置く。
「ビートくんもどうぞ」
まあここはポプラさんの家ですが。
むすっとした表情のまま、その椅子に座り込んだビートくんにマサルくんと一緒に苦笑い。
「ところでぼくに何のようですか?この前トーナメントの方でお会いしましたよね」
「あ、そうそう。この前の子なんだけど」
「その話は後にしてください!」
ビートくんには珍しく慌てたような大声に、びっくりして顔を見る。マサルくんとポプラさんがにやっと笑った。
「誰のこと?」
「可愛い子の話ー」
「……え、誰々?」
「内緒ー」
わなわなと震えるビートくんに、にやにや笑いのマサルくん。もうそろそろ怒るのでやめたほうがいいと思うけど。
「まさか2人がそういう話をしてるとは、しかもわざわざここに来てまで」
ビートくんにマサルくんは腕を掴まれて強制退場で、廊下から言い合いが聞こえてくる。
「ビートのことが気になるのかい?」
「うん、まあね」
「いいのかい、放っておいて」
「止めるわけにはいかないでしょ」
強がってみたけど、少し悲しいような寂しいような。せめて誰かくらいは知りたいし、教えてくれてもいいものだ。
「でも、私が勝手にがんばるのは勝手でしょ?」
「おや」
扉の向こう側でマサルくんに怒鳴る彼に、少しでも意識されなくては。やっぱり恋敵のことくらいは知りたいような気も。
「誰だと思う、ポプラさんは」
「さあね、そこまで面倒見てないからねえ」
「ビートくんはなんだろう、包容力のある子とか似合いそうだよね」
「あんたにはなさそうだねえ」
「あるとは思ってないけどさぁ」
そんな意地悪言わなくていいのに。
「ビートが誰を好きかなんて、本人に聞いてみないとわからないだろう?」
ポプラさんにはそれがおみとおしらしい。
「なまえ、あんたに魔法をかけてあげるよ」
彼の魔法の先生は意地悪そうににやりと笑った。



クリスマスが近いシュートシティはキラキラとイルミネーションで彩られ、浮き足立った人の波がまるで森の騒めきにも感じる。
詩人みたいな例えをする自分に、私もなかなかドキドキしているのだと自覚する。
ふわふわとしたワンピースにジャケットを合わせたのポプラさんが呼んだソニア博士だ。
お気に入りのヒールを出してきて、ネイルを塗ってもらう。ミントカラーに染まった指先に、胸がぎゅうと痛くなる。チークはふんわりとピンクに染まっている。
ソニア博士の行きつけのヘアサロンから追い出され、行き場もなくゆっくりと人波を避けながら歩く。
「せっかくだからちょっとだけシュートシティを見てきたら?」
せっかく、こんな格好なのにここはシュートシティだ。確かに自然の多いアラベスクタウンでは少し浮いてしまうし、このヒールは歩きにくい。
整備されたシュートシティの道をヒールを鳴らしながら歩くにはちょうどいいけど、
アラベスクタウンの道はスニーカーがちょうどいい。
だからきっと、この魔法はあの町に戻ったら解けてしまうのだ。
ポプラさんの魔法は成功したけれど、それでは意味がない。
彼は夜遅くまでジムの仕事をしているだろうし、私は帰ったら魔法を落として、明日も同じことの繰り返し。
「帰りたくないな」
階段にしゃがみ込んだ私の隣にヌメイルが出てきて、見知らぬ街を眺めている。
ポカンと聞き覚えのある音とともに、出てきたのはリーフィアだ。
嬉しそうに私の周りを回るリーフィアが、夜の街をキョロキョロと見渡す。
ショーウィンドウが鏡みたいに私を写していて、リーフィアは嬉しそうに鳴いた。
「かわいい?」
「ふぃあ!」
くるりと回れば、少しだけ見知らぬ人の視線を感じる。
せっかくこんな格好なのだからと、立ち上がって二人と歩く。
人波をかき分けて、まるで踊るみたいにヒールをならす。イルミネーションはアラベスクの町のようで、少しだけ胸が痛いようで、心地いいようで。
広場は特に人が多くて、ポケモンたちもたくさんいる。
「今度またこのワンピースにしようかな」
この格好をそのままはちょっとあの町に似つかわしくないけれど、ワンピースだけならいいでしょう?リーフィアとヌメイルに笑いかけたその時に

「なまえ」

私の腕を掴んだのが、ビートくんなんて、そんなことあるわけない。
私を引き止めた彼が通行の邪魔にならないようにと腕を引いてくる。
「なまえ、あなた」
こんな夜中にアラベスクタウンを離れて何をしていたのだろうか。
例の可愛い子に会っていたのだろうか。
なんて間抜けなんだろうと、悲しくなる。
目の前のビートくんが私の姿がいつもと違うことに気づいたのか、じっと私のワンピースを見ている。
「……珍しい格好ですね、だれかと待ち合わせですか」
「ううん、もう帰るつもりだよ」
ソニア博士はこの後他の人と予定があるからバトルタワーに行くと言っていたし、この後は帰る以外はないだろう。そっとボールのボタンを押して二人を戻す。ごめんね、ビートくんに会えて嬉しそうな二匹に心の中で謝る。
「ビートくんは?」
「ぼくは、」
「誰かと待ち合わせ?」
それでも、この格好で会えてよかったって思えるからこの魔法はまだ解けてない。だって12時までは解けないはずだ。
「先に帰ってるね、またね」
「勝手に決めつけないでください、人の気も知らないで」
この場を早く離れようと踵をを返そうとする私の手を離そうとしない彼の顔が赤い。
「今日はあなたにこの子……ああもう、計画がめちゃくちゃですよ本当に」
百面相というか、顔が赤くなったり、溜息を吐いたり、不満げな顔になって忙しい人だ。
「え?」
スーパーボールを私の手のひらに乗せたビートくんがむすっとしている。
「ほら、帰りますよ。タクシーでいいですね」
「ねえ、ビートくん、この子」
「アーマーガアです、チャンピオンお墨付きのココガラから育てた子ですよ」
アーマーガア、はがね・ひこうタイプ。
フェアリータイプ対策なのかもしれない、
「彼には相談に乗ってもらっていたんです。この子オスなんですけどね」
タクシー乗り場の方は歩く彼はぐいぐいと私の手を引いてくる。
「もしかして、可愛い子ってこの子のこと?」
「ええそうですよ」
思い出したビートくんは歩調を早めてくる。引っ張られた私はいくらお気に入りのヒールだけど、走るための靴ではないせいで足がもつれる。
「あなた、本当に危なっかしい人ですよね」
躓いた私がぽすっと彼の腕の中に落ちる。今のは君のせいだ、そう抗議するよりも早く彼の目が柔らかく笑う。
「あなたにはいつもの格好がお似合いです」
皮肉を言うには優しい表情を浮かべる。そんな簡単に私の魔法を解かないでほしい。
明日もきっといつもの格好でまた、
私はそう考えて、彼を見上げた。
「もう、迎えに来てくれないの?」
アーマーガアがいるから、ビート君はもう迎えに来てくれないの?
「……だって理由がないじゃないですか」
彼はそれを肯定するみたいに、そう言った。
「じゃあ私が会いに行くね」
その時は私が今日覚えた魔法をかけて行こう。彼の腕から抜け出して、その手を引く。彼の体が私の方に傾いた。

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