とっておき


「明日だね」
「ええ、楽しみです」
「……楽しみ、なんだ……さっすがー」
「きっと良いキャプテンになって見せます」
「……まずは明日のハラさんとバトルの奉納だね」
「はい!初めてキャプテンとしての仕事です!」
「夕方だよね、それまでは?」
「何もありませんよ、ドーブル達のコンディションを整えるつもりです」
「そっ、了解」
イリマはいつも通り、柔和な笑顔をしていた。
彼が選ばれる、というのも頷ける。なんたってキャプテンにいよいよなるって時に楽しみだなんて言えるだから。
いつも通りの彼に手を振って、私は部屋を後にした。


「イリマー、入るよー?」
ノックをしても返事がない。いつもと違う。
扉の奥ではいつも通りの彼が椅子に座っているんだとばかり。
空の椅子に拍子抜け。本棚の方かと思って、チラッと目を向け、そのあとベッドに。
布団がもこっとなっている。
「イリマ?」
ベッドの脇に腰掛けて、布団を剥がすのではなく、迂回するように覗き込めば、そこにはやはり彼がいた。
私を見た彼は、いつもの表情ではなく、すこし目を見開いた。
「なまえ……」
敢えて惚けることにした。
「寒いの?」
「違います……」
意気消沈という感じの返答に、ははーん、さては今更緊張してきたのか、と少し人らしい彼に驚きつつも、こんな機会にしかイリマを弄ったりは出来まいと少しいたずらごころが芽生えてしまう。私はフルアタッカー派ですけども。
「じゃあ、怖い?」
私の言葉に、再度目を丸くしたイリマが首を傾げた。そのまま少し考えるように顎に指を添えて、数秒。
「そうじゃ、ありません」
ありません、違う?……じゃあなんで?なんて私の疑問をぶつけるよりイリマの行動のほうが早かった。ばっと私の肩を掴んだかと思うと、そのままその勢いで私は後ろにひっくり返ってしまった。
「すごく楽しみなんです!」
彼の目はキラキラしていた。それはもうこれ以上ないってくらい。ポケモンバトルで自分の戦術がうまく言った時くらいキラキラさせて、子供みたいに(まだ子供だけども)嬉しそうに私に笑顔を見せていた。
「まだ信じられないんです!すごく興奮してしまって、昨日から寝付けなくて、先ほども仮眠を取ろうと努力したのですが、全く!困りました!」
表情と言ってることが裏腹だけど。
「この後のハラさんとのバトル。相手はかくとうタイプです、どんな戦術で戦うか、Zワザをいつ使うか、非常に迷いどころです!ノーマルタイプではやはり決定打にはなりませんが、ここはやはりノーマルタイプの技でいきたいですよね!」
「……そだね」
君はそんなやつだったよ。……溜息が出てしまいそうだ。私の返答に、イリマはぴたりと動かしていた口を止めた。適当に返事したのがバレたか?
彼の顔は初めて切羽詰まったような表情になる。イリマにこんな表情ができたなんて……。
私の肩に置いてあった手は離れて、私の手に添えられている。ぎゅっと握られ、そのまま誘導されるように、彼のベストの上に。まるで、彼のヤングースみたいにどっどっどっと忙しなく動く心臓に、私の口はゆるゆると笑みを作った。
「どうすれば、いいでしょうか」
「さあ」
君のことなんて、私にはわかんないよ。今もやられるがままなのに。投げやりな私に、イリマは力を緩めた。私の手が彼のベストから離れて、私の胸元に落ちてきた。
「はあ」
ついに私は溜息を吐いて、そのままイリマの背中に手をやって、抱き寄せた。運がいいことにここはベッド、イリマは寝不足、私も眠い。
「おやすみ」
「眠れません……」
絞り出すような声でそんなことを言った。わがままっこめ。
「じゃあ寝るまでバトルのこと考えよう、ハラさん何で来ると思う?」
「ハリテヤマだと思います」
「私もそー思う。イリマは?」
「ドーブルで行くつもりです。Zワザを狙うならデカグースかと思ったんですが、今日はドーブルのコンディションがとてもいいんです」
「技構成は?」
「やはりひこうタイプのわざを一つ入れておきたいですね」
「今何で揃えてるの?」
「アンコール、ハイドロポンプ、だいもんじ、リーフブレードです」
「ねこだまし対策?」
「ええ、だいもんじをひこうタイプに変えようと思っています」
そんな風に会話をしているうちに、イリマの声は小さくなっていつの間にか寝てしまったようだった。私もゆっくりと目を閉じた。

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