3


私はぼっち飯で、寂しくなってランクルスと一緒にそっと外に出た。
「やっちゃった」
テニスコート脇の柵に体を預けて、溜息を吐いた。
短い船旅を終え、教えてもらった海沿いのモーテルに長期間の滞在手続きをして、メレメレ島に無事住み着いて、すぐ。
スクールで3日目。やっと実技の時間が来たと意気揚々と私はジャローダちゃんと戦ったが、失敗だった。
おそらく私の子の中で一番育っているジャローダちゃんだったこと。あの時負けて自分の「ポケモン」の力量をいつの間にか勘違いしていたこと。入学したてということで組んだのが中でも初心者の幼い子供だったこと。
色々要因はあった。
要はトレーナーではなく、「ポケモン」同士のレベル差が悪かったのだ。一撃で倒れたラッタを抱えて泣き出した女の子に私は何も言えなかった。そうだ、いくら私の指示が下手で、タイプ相性も普通でも、それを凌駕するほどのレベル差がラッタを即瀕死に追い込んだ。
「ジャローダは悪くないよ」
泣き出した相手と立ち尽くす私にジャローダは狼狽えていた。周りの視線にようやく気づいた私は彼女を撫でて、それからモンスターボールに戻した。私の実技の相手をしてくれる人なんていなくなってしまった。当たり前だ、誰だって負けるバトルをしたくない。一撃でも食らえば、恐らくノックアウトだろう。
私はじっと、授業のことを思い出しながら周りのバトルを見て、実技の時間を終えた。フェアリータイプが増えていて、すこしタイプ相性が変わったこと。地形によって戦法が変わること。水辺じゃないとこじゃ、みずタイプの本領発揮出来ないこと、いろんなこと。でもそれでも、だからってどうすればいいのかわからない。私はこの子達が傷付かないようになりたいのに。人のバトルが勉強にならないわけじゃない、でもこれで私はこの子たちと戦えるのだろうか。
先生曰く、トレーナーのポケモンになると、トレーナーへの信頼から指示を重視するらしい。だから、トレーナーの指示が遅れると反撃できずに負けることもあるらしい。つまり、これがスカル団と戦った時の私なんだろう。
「きゅぷ」
「うん、ジャローダはくさむらで出してあげることにする」
「きゅきゅ」
寄り添うように、ゼリー部分を押し付けて来たランクルスを抱きしめる……。
「ありがとね、私君らに見合うだけのトレーナーになるからね」
「きゅっ」
「気にすんなって?」
きゅきゅきゅと鳴きながら頷いてくれたランクルスに涙が出てしまいそうだ。
「これから、どうしよ」
私が弱いからこの子たちのバトルで足を引っ張ってしまうから、強い人は相手に出来ないし、私のポケモンより弱すぎると、倒してしまう。そもそも、私は元の世界に帰れるのか。この地方にも博士はいるんだろうか。それならその人に聞いてみるのもいいかもしれない。博士がいるのは始まりの町の次の町とか、その町だから。序盤の町を探さないといけない。スクールの生徒の強さがどのくらいかわからないけど、ジャローダの強さが80から100とするとハウオリは最初から中盤の町かなって思う。
「失礼ですが、スクールの生徒ですか?」
柵越しに背後から声をかけられ、大袈裟に体を揺らしてしまった。
「は、はい……」
振り向いたそこにはピンク髪、のお兄さん……主要キャラですね、わかります!個性的な人をまた……。この人、どんな人だろう。なにタイプ使いだろう。クセ強そう……。
「授業、始まっていますよ」
「あ、あれ……?」
と言ってみたものの、わざとだったりする。どうしてもあの後クラスルームに戻りたくなくて、こんなことになってる。
「ふふっ、気づいてなかったんですね。ほら急がないと」
「今から入る勇気ないです……」
時計は既に授業開始から30分が経っていた。気まずい、さすがにさっきのさっきで、遅刻はない……。
「ダメですよ、サボりなんて」
柵越しに垂れ目をすこし吊り上げて窘めてくる。正論なんて今の私にはいらないのであっち行ってほしい。八つ当たりしそうで嫌だ。トレーナーとしてじゃなくて人として半人前だ。
「お気になさらずに……」
気にしてほしいみたいになってしまったけれども。これは私の本心だ。ランクルスをちょいちょいと手招きして、膝の上に抱く。
「……お隣、失礼してもいいですか」
「……はあ」
歯切れの悪い私の返答に、にこりと微笑んだお兄さんは柵を回ってきた。どうぞ、ご自由に……。
今のうちに逃げちゃおうかなぁ。
私もマジックガードになりたい、そろそろ私のHPゲージは真っ赤だ……。
「スクールの先輩としてのアドバイスです、そんな風にしているとポケモンもあなたを心配してしまいます。特にエスパータイプは人の機微に敏感ですからね」
ピンクさんはそう言って私の隣に腰を下ろした。
「そう、なんですか……ごめんね」
ダメなトレーナーで。あ、これか。というか先輩ということはツツジちゃん的な感じなのかなぁ。
「きゅぅ!」
膝から降りたランクルスは隣のピンク先輩に威嚇している。
「あなたに懐いているんですね、すみません」
「ランクルス〜、愛い奴め……このみずまんじゅうめ〜」
もう一度抱き寄せたランクルスに頬ずりをする。むちゃぁとスライムを触った時のような冷たさを感じる。
「いいんだよ、本当のことなんだから」
「……僕はキャプテンのイリマと申します。ここの卒業生です」
「……イリマさんですか」
「ええ、お名前を伺っても?」
「なまえといいます。スクールには3日前から通ってるんですよ先輩」
「そうなんですか、どうして急に?ポケモンは見たところよく育っているように見えますが」
この人普通に顔整ってるから、顎に手を当てて思案顔がめっちゃ似合うな。というか、動きが芝居がかってる。この地方にもあるのか知らないけど、コンテストかミュージカルの人かな……。
「ちょっと違うんですけど、借りてる子みたいな感じで、私の力量がこの子たちに見合ってないんです。訳あって実家とかに帰れなくて、トレーナーになるしかなくてですね」
「それでこの時期にスクールに……。なるほど、でもよく懐いていますね」
それは、それだけはよく言われる。ここ数日ずっとそう言われている。よく育ってるね、懐いてるね。でも私にはゲーム機をぽちぽちした記憶しかない。分不相応で、居心地が悪い。
「でもそれなら何故サボっているんですか?」
「実はさっきの実技の時間に相手の子を泣かしてしまって……」
「どうして?」
先輩は先輩っぽく、優しげな声色で聞いてくる。
「指示下手くそなのに、うちの子が強いから一発KOだったんですよね、悪いことしちゃった」
イリマさんの返事はない。
「……そうなるとやっぱり、誰も相手したがらないんですよね」
だから、クラスルームに戻りたくないなんて、子供みたいだなって恥ずかしい。
ただでさえ編入してきたうえに、あんまりに扱いにくそうな私はひどく浮いていた。空も飛べそうだった。
「では僕とバトルしませんか」
「え」
「今の手持ちだとそうですね、3対3でどうでしょうか」
キャプテンというのがなんなのか未だにちょっと掴めてないけど、この話の流れで弱いわけない、よね。
「おっ、お手柔らかにお願いします!」


「どうしてそこで僕の指示を待つんでしょうか!」
私の隙を指摘するイリマさんに、慌てたように次の一手を絞り出す。
「あ……えっとジャローダ!!リーフストーム!!」
「デカグースふいうち!」
リーフストームの体勢を下からデカグースが攻撃をしてくる。デカグースってなにタイプ、ノーマルか?あくっぽいなぁ!かくとうかも。
「あーミスった!特攻下がった!えーとたたきつけるで応戦!」
ふいうちを食らったジャローダに命令すれば、デカグースの体にしっかりとしっぽが当たる。
「そのまま距離を取ってください!」
弾き飛ばされたのに、綺麗に着地したデカグース。
「ジャローダ!ふいうちに気をつけて距離を詰めて!リーフブレード!」
「デカグース、いかりのまえば!」
ジャローダのしっぽに噛み付いてきたデカグース。基本的に攻撃はしっぽ部分でするからそこにいられると困る。苦しむジャローダの声に私はびっくりしてしまう。あーもう、やめてしまいたい。
「ジャローダ!」
私の声に大丈夫だというように、一鳴きしたジャローダに私はやめたいと伝えるのを踏みとどまった。
「……次行くよ、リーフブレード!噛みつかれる前に叩きつけて!!」
「デカグース、気をつけてください」
ジャローダを撹乱するように周りをぐるぐると回るデカグース。
「……ジャローダ、リーフストーム!」
「デカグース避けて!」
「避けたところをリーフブレード!」
「耐えて!そのままひっさつまえばです!」
リーフブレードは物理だから、威力に問題はない。あとはHPゲージ……じゃなくて、体力差。レベルはこちらの方が上だろうし、私のせいだな。ぶわっと舞った土煙の奥には、ジャローダが倒れていた。
「……ジャローダ、ごめんね」
とぼとぼと近くに歩いて行き、そのままなでてあげる。
「ろ〜」
しっぽが力無く動いた。ごめんね、2回目だね……。私は彼女をモンスターボールに戻した。
「なまえさん、少しいいですか?ポケモンセンターに参りましょう」
「バトルはもうやめるんですか」
「……そうですね、僕からやめるので僕の負けでも構いません」
これもスクールで聞いたことだが、トレーナーカードの機械を使って、誰と戦ったか、勝敗を記録して、公平に賞金の移動とかをしているらしい。スカル団さんもこうやって私からお金を搾り取られているので、公平かどうかは甚だ疑問ではあるが、結構現実的な仕組みで脳裏に電子マネーを思い浮かべる。
「別にいいです、私の負けで……お金困ってないですから」
明らかに気落ちてしまった私の声に、苦笑いをしたイリマさんは微笑みながら私を先導する。
「初めてポケモンに触れたとき、なまえさんはどう思いましたか」
その言葉に私はまるで自分が異世界人だということを知ってそんなことを言っているのか思ってしまう。
「あー生きてるんだなって」
「……なまえさんは小さい頃からそんな風に思っていたんですか、珍しいですね」
当たり前だけど、そうじゃなかったみたい。
「私がこの子たちに初めて触れたのは一週間くらい前です。訳は言えません」
そんなやつだってこの世界にもいるだろう。例えばNの反対版みたいな。イリマさんの方を見れば、少し驚いているようだった。
「……それまでポケモンのことを知らなかったんですか」
「ええ、まあ。知識としてだけです。こんな子がいるとか、そういうのばっかり」
「だからあんなに怯えながら攻撃の指示をしていたんですね」
私、怯えながらバトルしてたの?そんなつもりはなかったけど……ここの人達から見れば、そうなのかもしれない。
「なまえさん、ポケモンセンターですよ」
立ち止まったイリマさんに呼ばれ、ポケモンセンターを見上げた。
「あ、はい」
そういえば、私使い方知らないんだよね。
「……イリマさん、ポケモンセンターの使い方教えてください」
「……お任せください」
この人いい人だなぁ。私ならジョーイさんにでも聞け、とかなんだけど。この世界にはいい人しかいないのか……なんというか生きづらそうな世の中だなあ。
きっと使い方を知らないこととか、そういうのって普通じゃあり得ないはずなのに、何も聞かないでくれている。クチナシさんもそうだった。
ジョーイさんと話しているイリマさんの横に立っているとジョーイさんが私の方を見て笑った。綺麗な人だなぁ。ウラウラの花園の入り口?出口?のとこのジョーイさんにやっぱり似てる。でも、さすがに違う人だなってリアルだとわかるんだなぁ。
「なまえさん、初めてのご利用ですね」
「は、はい」
大丈夫だとでも言うように私の背にイリマさんの手が回される。うーん、私はルーキートレーナー扱いか、いや、全くもってそうだけど、私貴方より年上ですよね、多分。
「ポケモンをお預かりします。次の時もお気軽に声をかけてください」
「わかりました、お願いします……」
そっとジャローダのモンスターボールを手渡せば、私を安心させようとしてるのか、にこりと笑ったジョーイさんは「お預かり致します」と畏まってそう言った。
ジョーイさんは何かの装置にモンスターボールを嵌めると戻ってきて、私に話しかけた。
「回復以外にもポケモンの健康診断、調整や相談、一時的な宿泊、他にわからないことがあればなんでも聞いてくださいね」
「……それってお金とか掛からないんですか?」
「えっ、ええ、掛かりませんよ」
こんなこと聞かれる方が珍しいのか、ジョーイさんは元から大きい目を丸くして驚いている。イリマさんも少しだけ笑って、私の方が常識外れみたいだ。でも、どこで採算をとっているんだ。
イリマさんとジョーイさんの2人でポケモンセンター内の説明をしてくれるのを大人しく聞いていると、ゲームのお決まり音楽が聞こえた。
「なまえさん、ポケモンたちは元気になりましたよ」
アナウンス用の機械もあるようだけれど、見たところ肉声で届く距離であれば使っていないようで、少し元の世界の田舎な雰囲気が頭を過ぎった。
「ありがとうございます」
イリマさんもデカグースのモンスターボールを受け取って、私の方に向き直った。
「さて、そこで一緒にお茶でもどうでしょうか」
キャプテンって暇なのかな。なんてね、道で人とすれ違うと挨拶されたりと忙しそうな人だ。
「ミックスオレ、モーモーミルク、ロズレイティーどれがよろしいですか?」
「……モーモーミルクで!」
一番飲んでみたかったものをあげると、イリマさんはにっこりと笑った。
カウンターではなく、テーブルに二人で座る。イリマさんがモーモーミルクを持ってくれている。お金を払わせてしまった。
「お金、払います」
「構いませんよ」
「……ありがとうございます」
申し訳なさがすごいのですが、まあお金に困ってそうでもないし、お言葉に甘えるべきか……。
「いただきます」
イリマさんはロズレイティー。ロズレイド、ティー?ハーブティー的な感じだろうか。
「飲んでみますか?」
「結構です、猫舌なので」
「ニャース舌?」
「そうですそれです」
慣用句もこんなことに……。チョロネコ舌なのかな、シンオウだと。レパルダス舌。うーん言いづらい。
「モーモーミルクうまっ」
「良かったです」
「これがミルタンクの力。体力も回復するわ……」
なんか、こういうのはいいなぁ。
「そういえば、なまえさん。これをどうぞ」
「豆?」
「やはり知りませんでしたか、ポケマメと言ってポケモンにあげると喜んでくれますよ」
「ああ、ポフィンとかポロックとか、そういうやつですね!」
「珍しいものを知ってますね、カロス地方ではポフレもありますね」
「ポフレ……なんか美味しそうな名前ですね」
「興味があるならレシピをお教えしますよ」
少し材料を聞くと、なんとなくマフィンやカップケーキに似ているお菓子のようなイメージが出る。
「……うーん、モーテルで作るにはオーブンとかの設備が……なくても出来ますか?」
「モーテルに今住んでいるんですか?」
船着場で長期間泊まれる場所を聞いて、モーテルを勧められただけなのだけど、イリマさんの顔は少し曇っている。
「あ、はい。とりあえず、ですけど」
「……女性一人でですよね」
「はい、他に頼れる人いないですし」
そうなんだよなぁ、ぼっち。アセロラちゃんとかクチナシさんに助けてもらおうとすれば助けてはくれそうだけど、さすがに頼りすぎはダメだし、今は困ってない。お金はあるし。
「ではこの島のキャプテンとして、このイリマを頼ってください。アローラのこと、メレメレのこと、あなたが好きになれるようにお手伝いいたしますよ」
……なんかこの人いい人っていうか、自信がある人なんだな。まっすぐ微笑まれて、私もへらりと笑ってしまう。
「……ありがとうございます」
でも嬉しいなぁ、やっぱりこの世界は優しい人しかいないのかもしれない。
私は自然に笑いが溢れていた。

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