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ポケモン世界2日目。わたわたとニャースたちの世話をする。
知らないことは多いけど、ニャースたちは皆いい子だ。プライドが高いらしい彼らは時折引っ掻いてくるけど。
「にゃーさん、こっちっすよー」
どこかで見たことあるきのみマークのポケモンフーズをみんなにいくつも用意して、終わったらその餌入れの掃除をして、次に部屋の掃除。看板を綺麗にしたら私の使ったブランケットをそこに干す。その間に私の子達にもあげていいと言ってくれたので、ポケモンフーズをあげる。
クチナシさんはマリエシティという、街に出かけているらしい。なんでもクチナシさんは島キングだから街を見回りしたり、とりあえず形だけでも仕事をこなすと言っていた。
「ねえちゃん、帰ったぞ」
クチナシさんは二つの箱を持って帰ってきた。
「お、おかえりなさい!」
私はその箱を受け取ってテーブルに置く。そのまま、奥の方に行ったクチナシさんの後ろを付いていけば、振り向いたクチナシさんに何やってんだと言われてしまう。
「え、なにかやることがあるんじゃ」
「……お茶」
「はーい!」
ぱっと見怖そうなクチナシさんがただの良い人なせいで、私は早々に懐いていた。
そういえば、お昼……あ?もしかして……。
「あ、これお昼ですか?」
「当たり。飯食うぞ、淹れたら早く座んな」
「わーい!」
私はホクホクと熱々のお茶を淹れて、既に昨日からお世話になっているソファーに座る。
クチナシさんが私にくれたのはお弁当だった。和食なんだけど、なんだろうこの高級感。
「うわ、高そう」
手を合わせてから、前に座っているクチナシを見て頭を下げる。
「いただきます」
緩む口でまずはおかずの方に手を付ける。
「うまっ」
「そいつは良かったね」
「うっ、うまー!」
煮物かなこれ、とろりと優しい味付けの野菜らしきものを食べる。なんだこれー!
「あ、お米、お米おいしい……」
「これはお味噌汁が欲しくなるやつ……」
「お漬物がおいしくてご飯が進む!」
「おにぎりがいっぱい……最高……」
ぺちゃくちゃしゃべりながら(ちゃんと口の中は空にしたあと話してる)美味しくいただいた私は向かいを見ると、なんだろうこの質素ながらも確かな強さを感じさせるお弁当は。質実剛健が似合いそうなお弁当って凄いよね。いやわかる、お米のこの粒立ち。
「やらねえよ」
そっとお弁当を引いたクチナシさんの顔は若干笑っているので冗談だろうけど、女性に向かってそれはないわー。
「食べませんよ!お腹いっぱいです!」
「それにしても美味しそうに食うね、こっちまでお腹いっぱいだよ」
「じゃあ食べましょうか?」
食べないと言ったがあれは嘘だ。
正直これだけ美味しいと食べれないことはない。
「だからやらねえって」
「冗談です」
すっかり空になったお弁当の箱の蓋を閉めて、お茶を啜る。
「ふぅ……美味しかった。ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さん」
「これで午後も頑張りますよ!」
「ああ、掃除してくれたの……」
周りを見て若干綺麗になったことに気づいてくれたらしい。そういうとこポイント高いですよ、クチナシさん!
「次は拭き掃除でもしようかと思って」
と腕をまくろうとしたところで、クチナシさんが考えたような素振りをする。
「それはいいから自分のこと考えな」
「み゛っ」
鋭い赤色が睨みつけるように私を見つめる。これは怒られてるのかな。
「ねえちゃんのことが悪いやつじゃないってのは分かってる。でもここに置いておくわけにも行かねえのよ」
「はい」
そりゃ私もそこそこの歳なんでそんなニートアウトですよね!なんて馬鹿みたいなことを言っても良かったし、多分クチナシさんは笑ってくれた気がするけど、私は神妙な顔で返事をした。
「迷惑、つーとそうなんだけど、迷惑だから出て行けってわけじゃない。ただここにずっといるってのは違うだろ」
「はい……」
恐らくはできる限り優しい声を掛けてくれているクチナシさんに、じんわりと涙が出てきそうになる。
「何にしても自分で生きるってなるとポケモンバトルの腕は必要になると思うわ、その子らと一緒に居たいならね」
クチナシさんの視線は私の持つボールに向けられていた。……暗にこの子たちを手放せば、私はバトルとかしなくていいと言っているのだろうか。
「強いポケモンってのはそれだけ厄介な奴らに狙われやすいし、そうじゃなくてもねえちゃんはその子らに窮屈な思いさせたいわけじゃないんだろ? ならポケモンバトルは仕方ねえわな」
そうか、私には無くてもこの子たちは多分戦ってきた軌跡がある。戦うことを止めてはいけない。
人間の都合でポケモンを縛るのは、いけないのだと私は知ってる。画面の向こうで知っている。
これがもし、覚める夢でも私はこの子たちに、私の都合を押し付けていいとは思えないし……。
クチナシさんの言葉に俯いていた私の手元が揺れる。ポカンという懐かしい音で、モンスターボールが開いた。
わたしを守るようにとぐろを巻いて現れたのはジャローダ。そのあと連続でポカンという音が2回鳴って、やっと私は自分の状態に気付く。
「……おじさんが悪かった。ねえちゃんに意地悪してるわけじゃないよ」
バツが悪そうなクチナシさんに、私はへらりと笑った。
「私、頑張ります……」
目が覚めるにしても、これが夢でも、こんなに私を守ろうとしてくれるこの子たちに酷いことだけは出来ないな。
閑話休題。
クチナシさんが貸してくれたパソコンを使って、ポケモンスクールについて調べた。
ニャースたちが足に擦り寄ってきて、学費のページを少し見てから少し撫でてあげる。
私の所持金なら余裕で払えるなあと思っていると、手をカプリと噛まれてしまう。
「いたっ!」
「ねえちゃん、こいつらはプライドが高いって言ったろ。そんな上の空じゃこいつらも怒るってもんよ」
不満げに私を見上げているニャースに、座り込んで頭を撫でた。
「ごめんね」
「にゃぁ」
つんとそっぽ向いて、ほら撫でなさい? なんて言っているようなニャースの毛並みに添うように撫でてあげる。ゴロゴロと喉を鳴らすニャースに思わず笑ってしまった。
「んじゃ、ねえちゃんちょっと外出るぞ」
「はーい、いってらっしゃーい」
交代のように他のニャースが現れて撫でようとしていたところでクチナシさんが立ち上がった。それに反射的に口を開くと、あからさまな溜息を吐かれてしまった。
「ねえちゃんも一緒に行くんだよ」
「えっ、あ、はい!」
立ち上がった私の膝に乗りかけていたニャースがごろりと後ろに転がって、机の脚に頭を打ちそうになって手を伸ばす。
「いっっったーーーーーーー!!」
ニャースの頭と机の脚に挟まれた私の手が死んだ。


「クチナシさん!あれなんですか!」
「あん?あれはきのみ売ってんのよ」
「花畑が近くにあるとかクチナシさんめっちゃかわいいですね!?」
「ねえちゃん、何言ってんだ?」
「クチナシさん今レディアンいました!」
「良かったね」
まるで子供のようにクチナシさんに連れられて、ウラウラの花園という花畑を歩く。
花園前の露天商らしきところできのみが売ってあるらしい。運が良いと花の蜜を売っている人もいるらしいが、時々偽物が混じっているらしくて気をつけるように言われた。
「クチナシさん、あのポケモンは?」
「オドリドリっつー名前よ」
「へえー」
フラメンコ?踊ってる?鳥ポケモンにしては可愛い系の子だなぁ。
「何タイプです?」
「ほのおとひこうだよ」
「花園だからくさタイプと油断すると死ぬやつ……」
「こっちじゃめらめらスタイルしか見ないが、他の島だと違うタイプがいるぜ」
「……えーと、ロトムみたいな感じです?」
「まっそんなもんだわ」
めらめらスタイル。めらめら、ほのお的な?
「あ、きのみ」
「ねえちゃん迂闊に触るなよ、ポケモン出てくるから」
「はーい」
花畑を抜けるとそこは海辺でした。
「クチナシおじさーん!」
高らかと手を突き出して、ふらりふらりと手を振っているのは幼女……。
「クチナシさんロリコン説浮上おじロリとはさすがゲーフリ」
「何言ってんだ、ねえちゃん」
「いいえなんでも!あの子クチナシさんのお知り合いです?」
手をペラペラと振り返しながら幼女に近づくクチナシさんの後を追う。
「その子が例の女の子?アセロラにお願いするなんて珍しいね!」
「なまえっつーんだ、ほらねえちゃん」
「なまえです、えっとアセロラちゃん?」
「うん!アセロラはなまえちゃんの先生になるの!」
「え?」
「じゃ頼むわな」
離れたところの海辺の岩に腰掛けたクチナシさんに、どういうこと!?というアイコンタクトを送るが無視され、アセロラちゃんが私に笑いかける。釣られて苦笑いを浮かべ返すと、アセロラちゃんは嬉しそうに頷いた。
「アセロラ、なまえちゃんにポケモンの乗り方教えてあげる!」
「ポケモンの?」
「アローラではこれを使うんだよ!」
渡された機械をしげしげと見る。アセロラちゃん曰く、ライドギアと言って、登録したポケモンが助けてくれるらしい。ポケモンを限定したキャプチャーかなと首を傾げつつ、言われた通りボタンを押す。ぷしゅっという音と共に、サポーターとかヘルメットとか今からスポーツするぜ!みたいな服がいっぱい出てきた。どこから出たんだそれ。それに驚いていると、
「あの子がなまえちゃんのマンタイン」
「ほ、ほう」
「ほら、よろしくねーって言ってるよ」
浜辺に現れたマンタインは、挨拶がわりに水面をくるりと跳んだ。
「……よろしくね」
浜辺に寄って、自分の知る限り動物と触れ合う適切そうな距離を取って、手を伸ばした。
「もうちょっと近づいても大丈夫!」
アセロラちゃんは私の手を掴んで、少し湿ったマンタインの身体に触らせた。嬉しそうに鳴いたマンタインにきゅんと胸が鳴る。
「か、かわいい」
「だよね!」
触れるほど近づくと、マンタインの背中に何やら乗馬の器具のような、救命具のようなものが付いていることに気付く。
「なまえちゃんには、ここに乗ってもらいます!」
「ま?」
「ん?」
乗ってみてと言われて、そっと足をマンタインに乗せる。
「い、いたくない?大丈夫!?」
「うん、大丈夫だって!」
「嘘だあ」
「うーん、少し重いみたい」
「正直!つらい!」
がくがくと足をふらつかせつつ、立ち上がる。
「ここに足をセットして、基本的には立ってていいけど飛ぶときはそこの持つところ持たないと落ちちゃうよ」
この辺は、結構ポケモンたちも強いから気を付けてね。なんて、冗談めかしてワンピースの裾を揺らしたアセロラちゃんにぞくっとしつつ、私はマンタインサーフ(というらしい)の練習に勤しんだ。
やっとそれなりに乗れるかなとなったところで、日が落ちて今日はおひらきとなる。夕食はアセロラちゃんも一緒に食べた。
「じゃ、ねえちゃん。これ食ったら出ていきな」
次の日の朝食のとき、クチナシさんはそう言った。
「は、……はい」
「これから、どうするつもりなのよ」
「……まずはスクールに通おうかと」
「……そう、じゃあ今日のうちに船着き場まで連れて行ってやるよ」
「えっ!」
「まっ、おじさんからの選別だと思って甘えときな」
じんと鼻の奥が熱くなって、この世界にきて優しい人に会えたなあと泣いてしまいそうだった私を見て、またクチナシさんが口を開いた。
「本当は自分で行ってもらおうかと思ってたんだけど、マンタインに乗るのにあんなに時間かかってちゃあ一年経ってもこの島から出れそうになかったからね」
昨日のびしょぬれの私を思い出すように笑ったクチナシさん。
もう少しで零れそうな涙が乾いてしまい、私は少し不満ですよって顔を作ったけど、また笑ってしまった。
「ほんじゃ、ま、ほどほどにね」
「辛くなったら帰ってきますね」
「一年かけてかい?」
「……そんなに大変なんですか、サメハダー乗るの」
「まあマンタインに乗れなきゃ話になんないね」
そんな風に、クチナシさんは私に別れを感じさせないような言い方で話していた。たった数日、されど私にとっては初めてだらけの世界での数日。心細さを感じさせないその話し方に、少しだけ安心して朝食のインスタント味噌汁を啜った。しょっぱい。

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