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「おい、こいつめっちゃ金持ってるぜ」
目の前でワルっぽいお兄さんの仲間がわらわら集まってくる。
事の発端は私がお兄さんの上に落ちてしまったのが始まりなのです。
そしたらお兄さん怒っちゃって、私はペコペコ謝った。私も落ちてしまったのは悪いと思う。ただ、なぜ落ちてきたかというと本当にわからない。
慰謝料とか言われると思ってゾッとしながらも冷静な私は、お兄さんにここはどこかと尋ねたら、その質問がまた怒りを呼んだしまったのかお兄さん激おこでして。私も多分冷静じゃなかったんだな。
お兄さんはポケモン勝負でケリをつけるとか言って、は?このお兄さんやばいんじゃないって、思うでしょう?そうでしょう?
そしたら、お前もポケモントレーナーだろと私の腰を指差してきてですね。そこにはモンスターボールがいち、にい、さん。
……よくわからないだろうが、ここはポケモンの世界らしい。わからん、ほんとわからん。
ただ、私、これでもポケモンをプレイしてきていたから、つい夢だと思ってバトル受けてしまった。そして、完敗でした。
記憶うっすらだけど、この子はジャローダ。私があの時選んだ、最初の子。指示もできないまま、目の前で倒れました。目の前の人はきっと恐らく、ゲーム内ではモブトレなのだと思う。中盤くらい。多分、きっと。恐らく少し前に見た新作のCMで見た敵役らしき格好をしていたのに、私は残念ながら負けてしまった。
「お前、まだ何体か持ってるだろ」
ごくんと飲んだ唾が、違和感を伴って喉を通る。
「ちょっと、カモなら私にも分けなさいよ」
甲高い声が嫌に耳につく。お兄さんと似たような格好のお姉さんは、フーンと言うような顔で私を見てくる。
「あんたも私らと同じ落ちこぼれってわけ? まあお金持ってるんだから一緒にしたら失礼か」
こちとら万年金欠庶民さまだが!?
倒れるジャローダの私を見る顔が負けたことより突き刺さった。
夢のくせになんでこんなに、苦しいんだろう。この子達は私の大切なポケモンだ、夢の中でもそんなのだめだ。ちょっと努力値とか齧ったって、最初の子は外さなかったし。
駆け寄ったジャローダの体は熱を持っていた、生きていた、生暖かくて、ゆっくりと動いて、力無い身体で私の手に擦り寄ったのだ。
この子は生きていると、嫌ってほど実感させられた。
でも私にこの子を守ることはできない。サトシくんにはなれない。さっき格好悪いくらい尻込みしてしまっていた。
「あ、あ」
目の前には五人の男女、黒い服。暑い日差しで私の脳は溶けそうなくらい、それに大慌てでフル回転している。
そうだ、この子を守るならモンスターボール。慌てて掴んだ彼女のボールのボタンを押す。ちょんと見よう見まねでジャローダに当てれば、彼女はその中に吸い込まれた。
「さあ、ポケモントレーナーなら目が合ったらバトルの合図だよ」
まっピンクの髪の女の人が私にそんなことを言う。
どうすればいいのか分からない私は、ジャローダとそれから他の子のボールをいつのまにか肩にかかっていたカバンに押し込めて抱き込んだ。
にげる?ゲームじゃないんだから、走れば、ううん、相手はポケモン、私なんかじゃ無理でしょ多分。
でも
これが私の子たちなら……!そらをとべる子はいるはず。バトルを受けるふりをしてポケモンを出すしかない。ブラックホワイトでそらをとぶ要因は……最初の鳥ポケモンだったか、それとも……思い出せない。無言でモンスターボールを取り出して、上へ投げる。
光を纏って現れたのはフライゴン。
「フライゴン!お願い、私を連れてそらをとぶ!」
その瞬間、私のからだにあったかいものがくっついた。そのままぶわっと翼を使って浮き上がって、気づいた時にはお兄さんやお姉さんはとっくに遠くにいて、私は空を飛んでた。すごい、私空本当に飛んでる。少し怖い。
内臓が下に寄ってしまったんじゃないかってくらいの重力が体にかかって、気持ちも悪い。
「えっと、ここどこだろう。降りられる場所を探さないと……フライゴン、分かる?」
「ぴぃい」
「そっか、そうだよね……」
わからないらしい、首を振られてしまった……うーん。とりあえず、少し怖いけど下を見て良さげな場所を探す。
「あ、あれって交番かな」
警察なんてこの世界あったんだ?ある、よな、ジュンサーさんがいるんだし。
「とりあえずフライゴン、あそこに降りてみよう」
ゆっくりと降下していく私達。近付く交番から黒い鳥ポケモンが現れた。
「えっと、ヤミカラスのもいっこうえの……ってなにあれ、めっちゃ早いっていうか怖い!」
暫定ドンカラスが私達の方は物凄い速さで飛んできた。
「フライゴン避けて!」
私を掴んでいるせいでフライゴンの動きが遅いのに、ドンカラスのスピードが桁違いで、ドンカラスのつつくみたいな攻撃がフライゴンに当たった。ぐりっと抉られるように私を掴むフライゴンの力が強くなり、私は身を捩ってしまった。
ずるっというように私はフライゴンの手?から外れて、真っ逆さま。あはは、本日に2回目、下には誰もいないので、即死ルートだ。落下する夢ってホントリアルだよね。なんて思って覚悟したのに、私の体に衝撃は走らなかったし、目も覚めやしなかった。
はっとしたように下を見ると、フライゴンが目を回している。
「フライゴン!大丈夫!?」
ごめんね。
また、私のせいで。頭を撫でて、モンスターボールに入れてあげた。
「ねえちゃんさぁ、なにやってんの?」
「うわっ!」
後ろに真っ赤な目のやばそうなおじさんが立っていた。
「アローラじゃ、そらをとぶで飛ぶのはいけないって知らないわけじゃないんだろう」
「あ、あろーら?」
「……ねえちゃん、ちょっと入んな。ついでだ、ポケモンも回復してやるよ」
何のことだと頭を傾げた私におじさんの赤い目が疑わしそうに見てきた。
そんなことより回復!
「あ、ありがとうございます!」
「おじさんのドンカラスのせいでもあるからね」
でしょうね!後ろに控えたドンカラスが、こちらをじっと見ている。ちょっと怖いけど交番の人なら、悪い人じゃないと思うし、とりあえずあのお兄さん達が追ってくるよりだいぶマシだと私は交番の中に駆け込んだ。
「あの、回復、お願いします」
「はいよ」
交番には回復マシンがあるのか、奥の方に私が渡した二つのボールを持っていき、少しすると戻ってきた。
「まあ、そこ座んな」
戻ってきたボールを受け取って、私はそっと座るとニャースらしき生き物が近づいてきた。
「灰色?」
「みにょん」
見たことのある白いニャースとは違う、色違い?よく見れば周りには何匹も灰色のニャースがいる。色違いニャースコレクター?新作も中々コアな設定のおじさんを入れたなぁ、なんて思いながらニャースの顔を見ると、これまたいつも見るニャースとは違った。不思議な顔……。
「リージョンフォルム見たことないのかい?」
「なんですか、それ。りーじょん?ディフェンスとかそういうやつですか」
「……あんたこの辺のやつじゃないね、どこからきたの」
ここじゃない世界です!とは言えない、かと言ってカントーとか嘘つくわけにもいかないし。
「えっと」
「……まっ、言いたくないこともあるわな」
口籠もっていると何を理解したのか、おじさんが溜息交じりに向かいにどすっと座った。
敵意がないと言われているようで、緊張が切れてしまい、すこし目が潤んでしまった。
「……お、おじさっ……ありがとうございます!」
「で、どうしてそらをとぶ使ってたのよ、あれここでは使うのは一応違反になるんだけど。だからドンカラスが攻撃したんだわ」
「し、知らなくて、黒っぽいお兄さんたちに追われてて」
「へえ……あんたトレーナーカード出しな」
トレーナーカード、あるのかな……。
カバンを漁る私をおじさんが訝しそうな目で見ている。すみません、これ、私のかもわかんないんですごめんなさい、失礼します。カバンの中を改めれば、そこには私の名前とトレーナーIDと……やばい桁の所持金が描かれたパネルっぽいものがあった。写真もなんか私っぽいやついる。私みたいな写真があった。夢ならそこはもっと美化してほしかった、折角なら絶世の美女とかにしてほしい。普通の顔で私の特徴を捉えてある私みたいな奴がいる。というかお金。お金やばい。この世界の物価、どのくらいだっけ?桁、何桁よこれ。え、私さっき負けたよね?半額相手にあげたよね?半額だっけ?
「これです」
混乱しながらもトレーナーカードを差し出せば、おじさんは表裏を確かめたり、私の所持金の額にまたまた訝しげな表情をして、私に言った。
「……偽装とかじゃなそうだね、ちょっと借りるよ」
そのまま奥にまた行ってパソコンをいじり始めた。
「……あんた、カントー地方の生まれなわけね」
「え、そうなんですか」
「記憶喪失ってわけじゃないんだろう、覚えてないの」
「そ、その、すみません、あの……」
深い溜息を再度ついたおじさんは、私の方を手を止めて口を開いた。
「おじさんも意地悪したいわけじゃないからさ、正直に言ってくれたら、それなりに力になることもできるわけよ。この島で起こったことはメンドーだけどおじさんの仕事だからね」
おじさんはこの、島?の元締めか何かなのか。うんわかる、そんな顔してるし。もしかして : 悪の組織?
全部話すべきだろうか。この世界がゲームなんて言って、信じてもらえるわけない。
「し、信じていただけますか?」
「それは聞いてみなきゃわかんないよ」
私は、答えられないまま、俯いて、時折私を見ているおじさんの顔を見て、また俯いてを繰り返していた。
「……まあ、とりあえず、おじさんの名前はクチナシっていうから。あんたの名前は?」
「なまえ、です、すみません」
「いいよ、それよりねえちゃんさぁ、行くとこあんの」
「……ないです」
「今日はとりあえずここに泊まんな、それから明日からあんたはトレーナーなんだからポケモンセンターにでも行きな」
「あ、の、その、私のその」
ポケセンなんて買い物にしか行ったこと無いです……。
「……それ、見てもいいですか」
「……これはダメだよ、警察のだからね」
「け、経歴だけでも知りたいんです……私、なにも分からなくて」
クチナシさんは三度目の溜息に吐いた。
「……カントーに生まれて、カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、イッシュのいろんな地方を巡ってるね。だけどそれは5年前だね。地方を跨ぐ時いつも間が空いてるみたいだよ」
ああ、まるでそれってほんとにあっちの世界の私のゲーム戦歴みたいじゃない?
「……私にそんな経験はありません」
「記憶喪失ってことでいいのかい?」
「そうなのかも、しれません」
もう自信もなくなってしまった。元の世界の記憶が間違っているとは思えないけど、
私のポケモン、私のトレーナーカード、それから、覚めそうにないリアルな夢。
「お世話になります……」
「……まずは休みな、後で考えたっていいわけだからねえ」
私はゆっくりと座っていたソファーに戻って座り込んだ。
「にょん」
私の膝の上に登ってきたのは、さっきのニャースだった。
「きみ、優しいねえ」
「にーご」
胸元にぐいっと頭を押し付けてきたニャースを抱きしめると、触られるのはいやだったのかすり抜けてしまった。
「……クチナシさん、この子たち外で出してみても良いですか」
「その子らの記憶もないの?」
「はい、すこししか」
「そうかい、あんたもその子らもかわいそうだねえ」
……そうなのか、私には分からないけど、クチナシさんは心底、同情したような顔をしているように見えた。
外に出た私を看板にもたれ掛かって、見守ってくれてるっぽいクチナシさんを一度見て、それから私はボールを上に投げた。
「ジャローダ、フライゴン、ランクルス。さっすが私、好みで選んでる」
ジャローダが体を使って私を引っ張ってきた。
「ろ〜」
「わあ、待って、ジャローダちゃん」
「ろ〜」
「きゅぷ!」
「ランクルス?おいでー」
手を広げれば、思った以上に大きいランクルスがたいあたりのように飛んできた。ジャローダちゃんが支えてくれたので、仰け反るだけで済んだけど、みんな思ってたより大きいなあ。背後からフライゴンも現れて私をやりたい放題にしている。
そういえばランクルスは恐らくさみしがり。ごめんね、微妙に廃人齧ってたから……。君らは私のお気に入りなんだよね。
ぎゅっと抱きしめると、やっぱり生きている。
みんな、生きてるんだ……。うん、私こんなのミュウツーの映画でずっと前から知ってたけど。みんな、生き物……。やっぱり、この子達は生きてるし、私は私がここにいることを理解しないといけない。
「記憶ないってたから心配したけど、大丈夫なようだねえ」
「あ、あの!クチナシさん!」
「……何?」
「黒い服で髑髏みたいな帽子の人たちってなんですか」
「……そいつらにバトルさせられたってことかい、災難だったねえ。あいつらはスカル団。まあ、そーだな……島の荒くれ者の集まりだよ」
「……へえ」
「あんま、近づかねえほうがいいよ」
「うん……私、バトル下手みたいだし」
あの大敗は心に来る。1対1でよかった。本当に。
「こいつらはよく育ってるように見えるけど」
「私にはその記憶がないので……その人達に負けましたし」
はぁと四回目の溜息。すみません、既に関わっちゃって……面目ない。
「まあ、いいわ。とりあえず、ポケモン嫌いって訳でもないみたいだし、ニャースたちの世話よろしくね」
「え……」
「寝床を貸すんだよ、そのくらいの手伝いはしてもいいんじゃないの」
「まじすかー」
夕食のとき、クチナシさんは私にぽつりぽつりとだけど話を振ってくれた。クチナシは島キングっていう役割で、キャプテンもいて、ここはアローラ地方の一つの島らしい。沖縄だか、ハワイだかが元ネタだろうな。
「……ま、ここでやってくなら、バトルの腕は必須だね」
「……できるかなあ」
「そうだねぇ、メレメレ島に行ってみればいいんじゃない」
「メレメレ?」
「アローラには四つの島があってよ、そのうちの一つにスクールがあるのよ」
「ほう」
「まっ、だいぶチビどもが多いけどねえ」
……うーん。ちびっ子に混じるのは恥ずかしいけど、あの子たちに負けさせっぱなしはいやだ。
「……うーん」
「まっ、ねえちゃん。金ならたっぷりあるみたいだし、ゆっくり考えれば良いよ」
その夜、私はクチナシさんにパソコンで手持ちを確認する方法を教えてもらったりして、一晩過ごした。ポケモン界、初日のベッドはソファーだった。硬い。



「みょーん」
「おはよう、ニャース」
私の上に乗り上がって起こしてくれたのは昨日の子とは違う、ような気がするニャースだ。
「みにょん」
「うん、起きるよ」
もう少し惰眠を貪りたいけど、お世話になってる身だし、とむくりと起き上がる。
新しい朝が来た。窓からの光がなんとも言えない。何一つ、私の元の世界と変わらない。違うのは一個だけ、ポケモンがいるだけ。
……どーにかなるさ。そうそう、いつもいつでもうまくいかなくたって、うんぬんかんぬんってサトシくんとか言ってたし。ていうかここは、アニメなのかゲームなのか。マサラ人がサイキョーなのか否か、これは重要だよね。
朝食を食べるときにでも、クチナシさんにロケット団が壊滅したかだけ聞いてみよう。

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