こんにちはMr.バレンタイン


教室のドアが開く。
磨りガラス越しにピンク色が見えたところで私の心臓はばくばくと過剰なくらい動いている。
私はいつも通り、机の上の本に目を落とす。
彼はクラスメイトに挨拶をして、椅子を引いて私の
右の二つ前の席に座る。
どきどき。
教科書をカバンから出して、机の中に入れようとした彼が机に何か入っていることに気づいて、周りをちらりと見た後、それを机から出した。
赤い包装紙で包まれた、私の入れたチョコレートだ。
どっどっどっ。
振り向いた彼に気付かれないように本に視線を落としたまま、ページをめくる。本は逆さまでもなくて、ちゃんと普通の私を装えてる。
イリマくんは周りを見渡したと思うとまた前を向き直った。
少しずつ心臓の音も収まって、私は少し溜息を吐いた。
「なまえ、おはよう!」
友達のみっちゃんが背後から声をかけられて、私は振り向いた。そのあとすぐ女の子同士の友チョコ交換に混じった。一通り渡し終えた後、誰かが本命のチョコの話をし始めた。
カキくんにあげるとか、あげないとか、イリマくんにあげるとか、あげないとか、そういう。
「イリマくんにはあげたなぁ」
どき。
「あ、私も。友チョコだけど」
「普通に喜んでくれるもんね、なんか渡しやすい」
そう、彼にチョコをあげるだけなら結構いろんな人があげている。人気者だし、うん。
「なまえはあげないの?」
「私?」
「うん、なまえの美味しいよね。本命は?」
どきどき。
「ないよー、あげてない」
「え、いるの!?」
「いない!よ!」
「怪しい!」
「なら、バックでもなんでも探してみてください」
両手を挙げて降参ポーズの私にケタケタ笑ったみっちゃん。こっちは冗談じゃないって感じだけど、でも、多分誰も分からない、友達にだって教えない、私の秘密。
私がイリマくんに本命チョコをあげるなんて誰もきっと想像しない。
そんな素振りは見せたこともない。
チョコを入れたのだって、朝だと誰か早く来たら行けないからって、昨日忘れ物を取りに来たフリをして、夕方入れた。
誰にも、絶対、バレてない。
案の定、今日の朝は思ったより人が多かった。ただのチョコレート。ちょっと本命っぽいだけの、チョコ。私だなんて、誰も知らない。ただの完全犯罪だ。



「え?」
「だから、チョコ」
みっちゃんがいうには、イリマくんに聞かれたそうだ。
「誰のかわかんないんだって」
「へえ、名前とかないんだ?」
「うん、らしいよ。しかも美味しかったらしい」
「へえ、いいなぁ」
嘘だ。何度も食べたし、なにも良くない、食べ過ぎて美味しいのか、もう味も分からないくらいだった。
友チョコは機械がうちにあったから焼きドーナツにチョコを掛けたやつだった。
イリマくんにはガトーショコラだった。
繋がりはない。
「それで、ガトーショコラを作ってた人女の子にいないか聞かれたんだけど、ガトーショコラはユリちゃんだけだったよね?」
「うん」
「やっぱり?じゃあそう言っとこ」
みっちゃんは私の席の右二つ前のイリマくんに話しかけに行った。イリマくんはみっちゃんと話して、私をちらりと見て、にこりと笑った。
どきどき。
「ユリちゃん、イリマくんのこと好きだったのかなぁ」
戻ってきたみっちゃんは首を傾げる。
ユリちゃんはクラスの中でも優しくて男女問わず人気の可愛い子だ。誤解されても、ユリちゃんなら上手いこと話が落ち着きそうだ。……迷惑かけますユリちゃん。
「そういえば、本命チョコあげたっていってたもんね」
「相手については吐かなかったけどねえ」
「そうか、イリマくんかぁ、私はてっきりカキくんかなって」
「……あー、私も思った」
「カキくんの話ししてる時、ユリちゃん可愛いもんね」
「そう、五割増し美人に見える」
「わかる」
イリマくんはすぐさま立ち上がり、ユリちゃんの元へ行く。
あ。やばいかも?
少し話して、ユリちゃんの顔が少し赤くなり、ユリちゃんの顔が男子同士で話すカキくんの背中に向けられ、首を振られる。あちゃあ、ごめんユリちゃん。
「そうですか、すみません。ありがとうございます」
頭を下げたイリマくんにも悪いことをした。
それでも、私はイリマくんにそれを贈ったのが自分だということを伝えるつもりはない。
「さすがに誰かわからないのも怖いよねー」
白々しい私の言葉にみっちゃんもそうだねーなんて同意した。


あれ以来、イリマがチョコの差出人について時折嗅ぎ回っているということを聞く。
「包装紙とリボンだけでわかるものかな?」
「あれ、コニコのショップに置いてるやつだよね」
「あー。道理で見たことあると」
包装紙は少し前にハウオリに他の島の商品展が来た時に買ったもので、イリマくんへのチョコにしか私は使っていない。私がそれを持っていることを知っているのは、母くらいだろう。みっちゃんも元々はコニコにいたから、当てられて少しびっくりしている。
「コニコの知り合いがいる人だと、誰がいるかなぁ」
「コニコですか!」
私とみっちゃんの間に入るように話しに入ってきたのはイリマくんだった。
「う、うん」
私もみっちゃんも驚いてしまったが、辛うじて頷くとイリマくんもこくこくと頷いて「なるほど」と呟いた。
「さすがですね、ラッピングからそこまでわかるとは。女性はやはりこういうのに詳しいんですね」
「なまえ、好きだよねラッピング」
「うーん、使いどきないけどね。下手だし」
「そうなんですね、ちなみにリボンに見覚えはありますか?」
使ったリボンは白に赤いラインのリボン。
そのはずなのに、彼が見せてきたリボンは茶色いリボン。でも動揺するわけにはいかない。
「それ、ハウオリの雑貨屋に売ってたよね」
「うんうん、なまえ買うか迷ってたから覚えてる」
「ごめんて」
「結局買わなかったしねー」
「ほんとごめん」
みっちゃんに謝りながら、イリマくんを横目で見ると難しそうな顔で私とみっちゃんのやり取りを見ていた。でも私の視線に気づいたのか、垂れ目を優しく細めて笑う。
「ありがとうございます、実は本当はこちらのリボンがラッピングなんです。贈り主が違うリボンだと気付いたら反応があるかと思いまして」
「罠じゃん……イリマくん、なんでそんなに探してんの?」
みっちゃんナイス。
「うん、なんで?言ってもチョコ一つだし、食べちゃったならそれでいいんじゃない?」
「実は」
ドキドキ。
「とても美味しかったので、やはりお返しをしなくてはいけないかと思ったんです」
美味しかった。
美味しかった……んだ、良かった。
「へえ、そんなに美味しかったんだ」
「でも入れた人は名前書かなかったんでしょ?」
「そうだよねー、恥ずかしいからバレたくなかったんじゃない?」
みっちゃん、おっしゃる通りだよ。代弁してくれたので私は口を噤んで頷く。
「僕が会いたいので、探しているんです」
そうか、それは確かにイリマくんの勝手だよね。
「うーん、そっか」
「そのリボンは多分、近くの手芸屋に売ってたから誰でも買えるよ」
「では、これを最近買った人がいないか聞くことにします。あとはこのラッピングの紙も調べます」
「頑張れ?」
私の応援が白々しく響いて、それに気付かないイリマくんは自分の席に戻って行った。
「なまえさぁ、イリマくんのこと苦手?」
彼には聞こえない声量で、みっちゃんは困ったように聞いてきた。
「そんなことないよ、なんで?」
「なんかぎこちないから」
「うーん、私あんま話さない人にはこんな感じじゃない?」
「そ、だけどさぁ」
私の人見知りは今に始まったことじゃない。むしろ今日は話してた方だと思うんだけどなぁ。
「嫌いじゃないよほんとに」
むしろ好き。好きだから、チョコもあげたよ。



「すみません、なまえさん」
休み時間、みっちゃんがトイレに行ってる間にイリマくんが私の席に来た。
「なに?」
私はバレンタインのことなんてすっかり忘れて、いなかった。今日はホワイトデーだった。自分で隠したくせに、人一倍、私はホワイトデーを意識していた。
だから今日声を掛けられたことに内心びくびくもしつつ、ドキドキもしていた。ああ神様カプ様アルセウス様、これがホワイトデーのお返し代わりならありがとう。なんだろう、ノートとか授業とかそんな話かな。
「放課後、お時間よろしいですか?」
まさかの呼び出し。えー、と……。彼の目を見れば、いつも通りの笑顔に私は引き攣った笑顔を向ける。
「う、うん」
みっちゃんが戻ってくる前に彼はそれだけ言って帰っていった。
なんだろう、まさかチョコのことバレたりしてないよね。正直隠し通せている自信がある。けれど彼が私に話しかける理由なんて思いつかない。
悶々としながら、私は放課後になるのを死刑執行を待つ死刑者の気分でさえ感じていた。でもその反面、少しだけやっぱり嬉しいのだからもうどうしようもない。
放課後になって、みっちゃんには先に帰ってもらい暫くすると、イリマくんが私の席に来て話し始めた。周りを見れば教室にはいつのまにか誰もいなくなっていた。
「まずは僕の推理をお聞きください。2月14日、僕の机の中にチョコが入っていました。中身はガトーショコラです。クラスにはガトーショコラを作った人は一人でしたが、本人曰く僕の机にはいれていないそうです」
「ユリちゃんは好きな人、いるもんね」
「はい、その通りです。他のクラスとも思いましたが、他のクラスにあのガトーショコラを手作り出来る人はおそらく技量的にいないと思われます」
「……そうかもね」
なんたって他は園児たちばかりだ。
「もちろん、いるかもしれませんが確率的な問題を考えればこのケースは無視しても問題はないでしょう」
うんうんと頷いた彼は私の方を見ている。疑われている、間違いなく。
「では、次に行きましょう。ラッピングの紙ですね。リボンも包装紙もどちらもハウオリで手に入るものでした。リボンについては多くの人が買われていたらしく、人の特定は難しかったので、今回は包装紙です。数ヶ月前、期間限定ショップにて売られていました」
「へえ」
バレてる!バレてる!?なんで!?
「そこで買われた方も流石に多いので特定は無理でした。ですからチョコを入れた時刻から推測することにしました。カキくんはいつも1番に登校しますから、すぐにわかりました。チョコを入れたのは前日でしょう。それも僕が自習を終えてからのわずかな時間です」
イリマくんはいつも放課後、教室で自主的に勉強をしていた。その姿を見ていた、それだけだったはずなのに、私はいつの間にかこんな訳の分からないことをしていた。
「先生に聞けば、貴女が忘れ物を取りに来たと言われました。そして、入っていた手紙。内容は僕が居残りで勉強していることについて書いてありました。僕が居残りしている姿を見たことのある人は結構少ないはずなんです」
なまえさんは確か、放課後図書室にいることもありましたよね。そんな風に言われて、驚いた。
「こんなふうに理由をつけましたけど、僕はあなただったらいいなと思っただけなんです」
私は彼の顔を少し伺って頷いた。
だってそんな顔をされてしまったら、もう何も言えない。
「良かった」
一息ついた彼が私に微笑んだ。
「ガトーショコラ美味しかったです、とても。それからお手紙も。僕の姿を見ていてくれたのが貴女で良かったです」
H30.01.19

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