アローラは遠い


先に言っておくと、これはすべて偶然で、私は星を眺めるのが趣味とかそういう高尚な人間なんかではない。
ただ、夜珍しく出掛ける(といっても、甘いものが食べたくなって出て来たわけで)ことになって、寂しいから出て来てもらったエレザードと共に買い物を終えて、帰路に着いていた。その途中に、ふと上を見上げると少しだけ星空が見えた。
ハクダンは空が見えないほどでもないから、普通に立ち止まってアホみたいに上を見上げていた。
人通りもなくて、誰もいないからつい、頑張ってエレザードを抱き上げてあげる。
「きゅうー!」
高さが怖かったのか私の頭にしがみ付いてきたエレザードにびっくりしてしまう。
「ごめんごめん、大丈夫?」
落ち着いたのか、私の頭の上でバランスを取って、ぺたぺたと私の顔を触ってくる。
「おまっ、それ下歩いてただろ」
まあ、いいかお風呂はいろ。肩車のような状態から抱っこに変えてあげれば、エリキテルの時のようにぴたりと身体をひっつけてきた。
「そういえば最近抱っことかしてあげてなかったねえ」
甘えん坊のエリキテルだったことを忘れていた。
すやすやと嬉しそうに胸元に身体を寄せたエレザード。重くはないけれど決して軽いわけでもないため、困ったものだと、噴水脇のベンチに座ろうとした。座ってしばらくすると、私みたいに上を見上げている人がいることに気づいた。少し目を凝らして見る。なんとなく背丈が私に似ていたため、スクールの同級生だと思ったからだ。
「……ぁ」
口から出た声は戻せない。そこにいたのは、留学生のイリマくんだった。
私の声で彼も気づいてしまったのか、私の方を見てしまった。
「こんばんは……」
無視もできないため、頭を小さく下げて挨拶をする。
「こんばんは、なまえさん」
名前、知ってくれていたのだと素直に驚いた。
ただでさえ留学してきて覚えることもいっぱいのはずの彼が私のことを覚えているなんて、思わなかったのだ。ゆっくりと彼は私の座るベンチに近づいてきた。
「隣、いいですか?」
「ど、ぞ」
私はエレザードが起きないように、少しだけベンチの端に寄ると、イリマくんはわりと距離感が近い方なのか、ゆったりとベンチに座った。
私から話しかけるには提供する話題もなく、口を閉じたまま空を見上げていれば、イリマくんから話しかけてきた。
「なまえさんは、いつもこの時間に?」
「え?ううん、今日は散歩」
「そうでしたか、僕も今日は散歩です」
「イリマくんも今日が珍しい感じなんだ?」
返事が突然無くなったから、エレザードや空に向けていた視線を隣は向ければ、少しこちらを見て意外そうな顔をするイリマくんがいた。
「どしたの?」
何かまずい事でも言ってしまったかと内心焦る私に、人の良さそうな整った顔をやんわりと綻ばせて笑った。
「僕の名前知っていると思わなかったんです」
「……へえ」
留学生で、人当たりが良くて、尚且つ顔も綺麗な方で、髪の色はカロスでも珍しい色をしているイリマくんを知らない生徒なんて私は見た事ない。
この人はもしや、謙遜しているのか、マジで言ってるのか……。図り切れない私は歯切れの悪い返事をする。
「私の方こそびっくりしたよ、むしろ良く知ってたね、私の名前。イリマくんは留学生だし、みんな知ってると思うよ」
「そんなことありませんよ。それより一昨日の授業であなたのバトルを見ました。とても素晴らしいものでした。それで覚えていたんです」
イリマくんは目をキラキラさせてそんなことを言う。一昨日、確かに私はバトルが他の人より長引いて、観戦している人もいたけれど授業のバトルなんてそんなに熱心に見ている人はいない。それなのにそんなことを言う彼を私は少し不思議な人だと思った。でも留学してまでポケモンのことを学びたいのだからそのくらいは普通なのかもしれない。
「で、でも私負けちゃったし、はずかしいな」
「いいえ、確かに貴女はバトルでは負けていましたが、戦い方は素晴らしかったです!特にエレザードのえりまきをうまく使っていたところなんて僕も驚きました」
「あ、ありがとう」
はっきりと褒められると照れてしまう、負けた時より恥ずかしくて、俯いてイリマくんを伺えば、彼の表情はさっきポケモンバトルについて語っている時よりも幾分か曇っていた。声をかけるか迷っていると、私の視線に気づいたのか、少しだけ笑ってくれた。
「どうかしました?」
「……イリマくんも空見てたけど星見てたの?」
全然関係ないことだけど、仲良くもないのにそんななにかちょっと、重そうなことを聞く気にもなれない。
「ええ、アローラとは違うなぁ、と思いまして」
「へえ」
「僕の住むアローラ地方の島ではもう少し空が広いです。ハウオリシティは比較的開発の進んだ街ですが、周りは海と山がですから、あまり光がないんです」
「もっと綺麗なの?」
「どうでしょうか、ここの星空も綺麗なことに変わりはありませんよ。ただ、少しホームシックになってしまったんでしょうか、少しアローラの空が恋しいのかもしれませんね」
穏やかに語る彼の瞳は少しだけ揺らいでるように見えて、少しどきりと胸が音を立てた。
同級生のこんな表情を見ることなんてそうそうある事ないからか、それともイリマくんの青い目が星空を写しているのか潤んでいるように見えたからか、私はギクシャクしながら言葉を選ぶ。
「みて、みたいなあ」
「ええ、メレメレ島の夜空はいいですよ」
「まあ、といっても、私ふだんはそんなに空なんて見ないけどね」
「そうなんですか、先程は熱心に見ていましたよね?」
「うえっ?み、見てたの?」
うわあ、恥ずかし、そんな星の知識があるわけでもないのに……。
「ええ、エレザードを抱っこするところからですが」
「ほぼ最初じゃん」
「ダメでしたか?」
「べ、別に、いいけど……」
エレザードを撫でながらイリマくんを見れば、イリマくんはエレザードの方を見ていた。
「よく寝てますね」
彼は私の視線に気付いたのか、私に少し微笑んでからエレザードを覗き込んだ。
「うん、最近進化したから抱っことかしなくなっちゃってたの」
「……そう、ですか」
「だから今日はこんな感じ。寒くないからもう少しだけ……」
「今日暖かいですからね」
「でもアローラよりは寒い?」
「そうですね!カロス地方とは違っていつも半袖ですから」
「え、うそ。寒い!」
「ふふっ、嘘じゃないですよ。なまえさんは、他の地方へ行ったことは?」
「ないかな、親戚もだいたいカロスだからそういう機会もあんまり」
「そうなんですね」
「うん。イリマくんはだから、すごいよね」
「え?」
「一人で知らない地方に来るなんて、すごいなあって」
「そ、そうでしょうか」
「そうだよ、かっこいいよね」
すんなりと出た言葉と反対にイリマくんの返事が突然無くなった。さっきもこんなことあったなぁ、って横を見れば、彼は上を見上げていた。その横顔は先程ホームシックだなんて言っていた彼とは思えないほど真っ直ぐだった。
「すごくは、ないですよ。僕は母によく連れられていろんな場所に行っていましたから、慣れてるんですよ。でも、ありがとうございます」
この人にとって自分の故郷を離れることは大したことではない。私は、すっかり星を眺める彼の横顔に目を奪われていた。
「そろそろ、帰りましょうか」
イリマくんが立ち上がった気配でエレザードも目を覚ましたのか、彼の方を見て首を傾げている。そんなエレザードを優しく撫でた彼は私を送ってくれると申し出てくれたが、私はそれを断ることにした。
この人の時間を私に割かせることが申し訳なくて仕方がないからだ。
「おやすみなさい、お気をつけて」
「おやすみ、イリマくん」

その日から私と彼が仲良くなったとか、そういうことはなかった。あるわけがなかった。そんな都合のいいことは普通は起こらないのだ。
かといって私は、人に囲まれる彼にわざわざ話しかける度胸も話題も元気も想いも持ち合わせていなかった。
エレザードは撫でてもらえたことを覚えているのか、彼を見かけると私の方を伺うこともあったが、ポケモンをダシに使うことは気が引けた。
留学期間は終わり、彼はアローラに帰っていった。
数日後、ペリッパー便が私の部屋のドアを叩いた。
ペリッパーから受け取った手紙は絵葉書だった。
『ホクラニ天文台』と右下にマークが書かれた絵葉書には「イリマです。アローラの星空を送ります」と書かれていた。


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