ルージュの伝言


「ノボリさん」
ベッドに腰掛けた私の呼ぶ声は沈着冷静いつもどおり、可もなく不可もないといってもいいようなそんな声だっただろうと自負している。
「なんでしょうか、なまえさま」
ああなんていつもどおり、この人怖い。
私もがんばってるほうだけど、ノボリさんがこんなに演技が上手なんて知らなかったです。
答えない私に首をかしげたノボリさんは自分の鞄に明日の用意をしている。
その姿を後ろから見ている。
ノボリさん、首の後ろキスマーク。
ワイシャツからはギリギリ見えないそこがくたくたの寝巻きからなら良く見える。
「なんでもないです」
「そう、ですか?」
私の言葉が煮え切らないことに少し訝しげなノボリさん。
「そろそろおやすみしましょうか」
用意を終わらせたらしいノボリさんがそんなことを言う。
ソロソロオヤスミシマショウカ?なにそれ暗号?なんていってあげません。そうですか、そうですか。そうですか。
私の座った方の反対側からベッドにもぐりこんだノボリさんはすやすやと眠りやがって、私はその背中をけり落としてやろうかと思った。
ノボリさん、私、知ってるんですよ。あなたの浮気、知ってるんですからね。
じんわりと目頭が熱くなる。泣いてはやらないけども。
ノボリさんはどちらさまか知らないけれど、女の人と関係を持っていらっしゃるようでして。
職場の可能性大、昨日の夜勤で付けられたと見た。過去の犯歴は知らない。
……許すまじ。
ええ、だってノボリさん、アンタが私に言ったんだから。
幸せにするから結婚しろとか、私が一番だとか、ねえそうでしょう。




「あ、ノボリさんおはようございます」
なまえさまが今日もわたくしのために朝食を作ってくださっていました。
「……おはようございます」
「お弁当もうすぐ出来ますからね」
なにか、いつもと違う気がしました。ああ、服が少し前に購入されていた下ろしたてですね、それにお化粧まで。
「今日はどこかに出かけられるのでしょうか?」
「……ああ、そんなところです」
朝から、こんな時間からメイクまで終わらせているなまえさまは珍しい。
たわいもない会話をしながら、彼女が作ってくださっていた朝食を食べる。
「これ、新しく買ったんですよ」
「何でしょうか?」
「口紅ですよーわかんないんですか?」
じっと見れば、彼女が選んだにしては濃い赤が、彼女の唇を彩っていた。
「確かにいつもよりはっきりした色ですね」
女性のメイクには疎いため、アバウトの返答しか出来なかったが、なまえさまは気にしていないようだった。
「でしょう?気に入ってるんです」
「ええ、とってもお似合いですよ」
いつもよりもなまえさまがてきぱきと動いていたせいか、わたくしも釣られていつもより早く用意を終えていた。
「ノボリさん、今日は余裕あるんでネクタイ結んであげますね」
わたくしがいつぞやねだったことがあったのを思い出したのか、なまえさまはにこにことわたくしのネクタイを持って、玄関まで連れて行かれる。
「しゃがんでください、やりづらいです」
「かしこまりました」
彼女と丁度同じ高さまで中腰になれば、そっとわたくしの首にネクタイを回す。
「ノボリさん、あんまり見ないでください」
「も、申し訳ありません」
なまえさまの手つきは私が思っているよりもずっと手馴れていたため、じっと見てしまっていた。それを恥ずかしがるように言った彼女に、久しく動かなかった心臓が少し高鳴ったように感じた。
「出来ましたよ」
「ありがとうございます、行って参ります」
なまえさまに渡された鞄を受け取って、ドアに手をかける。
「いってらっしゃい」
ドアを閉めるとき、なまえさまはにっこりと笑っていました。
職場に着いて、いつもどおり朝礼を終えれば、受付の××さまがやってきた。
「ノボリさん、あの今週の土曜」
彼女は言葉を言い切ることなく、ぴたりと止まった。
「なんでもないです」
昨夜のなまえさまのように言葉をとめた。なんだったのかと思っていると後ろからクダリに声をかけられた。
「ねえ、ノボリ、それわざとじゃないよね」
「なんのことですか?」
クダリはわたくしの問いに答えることなく、わたくしの後ろに下がる。
シャッター音がして、振り向く。
「これ」
おそらくわたくしを写したのだろう、クダリの不可解な態度を不思議に思いながら、画面を見せられる。
そこには灰色の髪と首の境目が写っていた。クダリの首ではないのか、と思ってしまうのは仕方がないだろう。
そこには真っ赤な口紅で付けられただろう、キスマークがくっきりと写っていた。
確かに見覚えのある赤だった。今朝見たばかりの。

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