唯一のナイトでありますように2


テレポートをしてすぐに森の方へと走れば、名前は思いの外すぐに見つかった。
「なまえ!」
キリキザンに囲まれたなまえを守るように間に立つのは、イッシュではあまり見かけないポケモンだった。黒くて、まるで番犬みたいになまえを守っている。
「クダリ?」
僕の声に反応したなまえに少し隙ができてしまう。キリキザンがその隙を見逃すはずもなく、その爪がなまえを狙う。
「なまえ、危ない!」
僕がボールを投げるよりも早く、その爪となまえの間に入り込んだのは黒いあのポケモン。
「ヘルガー!!」
なまえは弾かれたポケモンを受け止めて、よろける。ボールから出て来た僕のドリュウズが状況を察してくれたのか、なまえとキリキザンたちの間に割り込んだ。キリキザンたちの方を見れば、奥に真っ黒の服のトレーナーらしき人物が見える。
「……君がトレーナー?」
「他に二人いたわ、森の奥に行ったけれどね」
黒いそのトレーナーは答えなくて、代わりになまえが後ろから教えてくれる。
「ふうん……まあいいよ、いわなだれ!」
広範囲攻撃も後ろのトレーナーは軽々と後ろに避けられちゃうし、キリキザンはその岩を砕いてしまう。
「ヘルガー!だめよ!!」
グルルルッと威嚇したヘルガーはさっきの攻撃でボロボロのくせに、僕らに並ぶ。
「がう!」
ぼうっと吐き出されたかえんほうしゃはキリキザンの一体に命中すると、それが合図になったのか残り2体が襲いかかってきた。
「なまえ!僕の後ろに下がって!!」
「グウ!」
後ろのなまえに僕が言えば、同時に隣のヘルガーも吠える。きょとんとしたなまえを横目で見て、少し笑ってしまう。僕が笑ってるのがわかったのか、なまえが隣に立ってきた。
「ヘルガー、やり返しなさい」
……怒ってる。僕にじゃないよね、キリキザンにだよ、ね?
なまえの声の怒気に、僕が体を揺らした瞬間、爆発音が聞こえた。
「あ!」
けむりだまを使って逃げた黒いトレーナーを追うのは諦めて振り向く。なまえも息を吐いて、視線が黒煙の奥から外れた。
「ヘルガー」
強めの口調のなまえの前にボロボロのヘルガーがしゅんとしている。
「貴方、また私の言うこと聞かなかったわね」
「くぅ」
さっきまでのヘルガーの雄姿はどこかへ消えてしまって、耳がへたりと折れている姿は僕が見ても可哀想。
「なまえ、そんなに怒らなくても」
僕の言葉を無視したなまえはそっとしゃがんで、かいふくのくすりを使う。
微妙な空気に居心地が悪くて、苦し紛れに時計を見た。
「あ」
ノボリに怒られちゃう!!
「なまえ!もう大丈夫!?」
「う、うん」
「じゃあ僕行くね!」
もう一度五つ目のボールを取り出してネンドールにお願いする。
消える一瞬前に、なまえは少し寂しそうな顔でヘルガー見ていた。


古びた洋館に難なく辿り着いたなまえは足を踏み入れた。歩くたびに軋む床に、煩わしそうに進む。
辺りを見回すと、そこかしこに人のいた形跡が残っている。机の上に置かれた鍋にはお粥のような物があり、近くには毛布が落ちていた。埃は無く、人が過ごすには問題なんて一つもない。
「……杖?」
しゃがみこんだなまえは、杖を見つける。酷く汚れたその真ん中には、エンブレムが。
その文字をなぞる。Pというマークに見覚えはあった。なんだったかと頭の隅を引っ掻き回している間に、外に残してきたヘルガーが中に飛び込んできた。
「どうしたの」
興奮したヘルガーはぐるると威嚇したと思えば、なまえの服の袖を噛んで外へ引っ張っていく。そんなヘルガーに引き摺られるように飛び出して、やっと外へ出たその後ろから爆発音が聞こえて、洋館が燃え上がる。
炎はあっという間に洋館を包んでいく。
なまえは、消防を呼ぶためにライブキャスターを取り出した。


「やっぱりプラズマ団だったんだ」
「ええ、助けてくれてありがとう」
帰るついでか、顔を見せてくれたなまえに胸をなで下ろす。あの後も変わらず大丈夫だったようだ。
「なまえになにもなくてよかったです」
「ノボリもありがとう……仕事に支障でたでしょう?」
「いいえ、ダイヤには1秒の乱れもございませんでした」
「だから気にしないで!というより、なんか汚れてるけど何があったの?」
「辿り着けない洋館、恐らく周りはポケモンたちが見張りをしていたから辿り着けなかったみたい。その残党がいたそうでね、燃やされたわ」
「え!?」
「大丈夫なのですか!?」
つまりその汚れは燃やされて……!
「大丈夫、ヘルガーのおかげで洋館の外にいたから」
「そっか、あのヘルガー……」
あの威力のあるかえんほうしゃは僕らのシャンデラとは違った、鍛え方をしているのがよく分かった。
「なまえはヘルガーをお持ちなんですね!」
「ええ、人から貰った子なのよ」
「ゴーストタイプばかりなのだとばかり思っておりました」
確かに、なまえの子たちは大体ゴーストタイプなイメージが……。
「でも守ろうとしてくれたのに、あの叱り方は可哀想。なまえのこと、好きなのに」
「この子は別に私を好きなわけじゃ……」
僕らの反応に少しだけ眉間に皺を寄せたなまえは気まずそうな顔をする。
「なまえ?」
「なんでもない、この子元々ひとの子だから」
「そうでしたか」
なまえの手がモンスターボールに触れる。
「ううん、違わないよ。ヘルガーはなまえのことが大好きなんだよ」
すっと伸びた腕がなまえの首に絡まって、幽霊かなにかかと驚いてしまった僕の目の前にありえないようなことが起こった。
「ハロー、なまえ」
僕やノボリに似た影が、「ちゅっ」とリップ音を立ててなまえの右頬にキスをした。キスをされたなまえも目を見開いて、突然現れたそいつを見ていて、僕もノボリも唖然としてる。
「エメット!?」
「やあクダリ、久し振り。あ、ノボリも」
相変わらずにたにた笑いの軽薄そうな男はひらひらとなまえの肩に回した方じゃない手をひらひらさせている。
「お久し振りです、出張か何かでしょうか」
はっとしたノボリが苦笑いで聞いてるけど、そんな予定は絶対なかった!
自信を持って言えるけど抗議の声を上げるより早くエメットが喋る。
「違うよ、キューカってやつ。それで、インゴのおつかい」
話しながらぎゅっとなまえとの距離を一層詰めるものだから、僕の眉間に皺が寄ってしまう。
「おつかい、ですか」
「よく休みなんて取れたね」
首をかしげるノボリの隣で、どうしてもトゲのある台詞を言ってしまう。ううん、ていうかわざと。忙しいのにって心の中で続けてあげれば、エメットの笑みが濃くなった。
「ちょっと、ね。ねっ、なまえ」
キスされた方の頬をハンカチで擦ったなまえはなんでもないみたいに、平然としていた。
「今持ってないわよ」
「知ってるよ、なまえの家行こーーいたっ!!」
いきなり声を上げたエメットが飛び上がるのを見ると、いつの間にボールから出たのか、エメットの足にがぶりと噛み付いたヘルガー。
オーマイガー!と叫ぶエメットとぐるると威嚇するヘルガーに僕もノボリも動けずにいると、なまえが白けた顔でエメットを見ながら呟く。
「おやなのに、どうしてこう……」
「なまえの躾がなってないんじゃナイ!?」
「いや、躾けたのもエメットじゃない」
「そうだけどさ!?」
「ほら、ヘルガー放してあげて」
「ぐぅ……」
威嚇しつつもゆっくり口を開いたヘルガーに、安堵の溜息を吐いたエメットが唇を尖らせた。
「大丈夫ですか、エメット様」
「ヘーキ、ありがと」
服を気にしているエメットが噛まれた部分を見ながら、割と大丈夫そうな声で返答する。ノボリもこんなやつ心配しなくていいのに。
「はあ、確かになまえを護るようにって育てたけど、ちょっと近づいただけで噛み付くようになんで育ててないヨ、ボク」
「むしろ最初っからだったし、癖なんじゃない?」
「ヘルガーのおや、エメットなの?」
「ソーだけど」
僕がぽろっと聞いちゃうと、少し、なに?なんか文句ある?みたいな表情でエメットが答えてくる、むかつく。
確かに、エメットのこと噛んでたけど、服も破けてないし、血も出てる様子はない。手加減してたんだ。
「インゴ、調子は?」
「なまえがいた頃よりは悪いかな、って感じ」
「そう……」
少しバツが悪そうななまえにへらへらとエメットが笑う。
「まあ、昔より全然ヘーキそーだよ。で、おつかい」
「事務所に置いてる」
「ンー、じゃ、そこ行こ?」
再びなまえの肩を抱いたエメットがなまえを促す。
「おつかいなんてそんな可愛いことエメットがするわけない」
僕が口を挟むと、目を細めたエメットがちらりと視線を寄越した。
「まあねー、でも今回はホント」
どういうことって続けようとした僕の声に被せて、エメットが喋り出す。
「あ、そうそう。フーディンにテレポートで連れてきてもらったんだ、はい」
なまえの手にクイックボールが渡される。
「また、無理させて……帰りは他の方法で帰りなさいよ」
「分かってるって、なまえに早く会いたかっただけだから」
ノボリが時計を気にして、急いだようにエメットに聞く。
「エメット様、いつまでこちらに?」
「ん?さあネ」
「そうですか。しばらくいらっしゃるのでしたら、またお手合わせよろしくお願いします」
ノボリは迫るシングルの出発時間に急かされるように頭を下げて、行ってしまう。
「ヤダよ、ノボリの戦い方キライだし」
ぼやくように呟いたエメットが明日とか明後日くらいにはシングルに乗ることくらい、表情を見れば分かる。
わざわざ誘わなくたっていいのに。
「さっ、クダリもオシゴトでしょ、バイバーイ」
「言われなくても行くよ、じゃあねなまえ」
「うん」
エメットの言うとおりにするなんて癪だけど、仕方なくなまえに手を振って僕もノボリの後を追った。

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