唯一のナイトでありますように


「なまえ?」
「やっと様って言わなくなったね、ノボリ」
「……はい、ええ、おかげさまで」
後ろ姿を見かけて、呼びかけると後悔してしまいそうな返事が返って来ました。
「ふふ、その返事は似てるのね。ああ、怒らないで」
なまえの漏らした笑いに不服だと表情に出せば、それだけ似てしまうことをわかっているのですが……。インゴの人相が悪いのがいけないのです。あまり嬉しいものではありませんが、なまえは友人だとおっしゃってましたから、懐かしいのでしょう。零した笑いには悪意はなく、親しみに満ちたものでした。
「はあ、今日はどちらへ行かれるのでしょうか」
「あー、セッカシティね」
「今回はご依頼で?」
「ええ。森の奥の屋敷があるかもしれないから調査してくれっていう依頼です」
「あるかもしれない?」
不思議な依頼内容に首を傾げれば、なまえもあまり分かってないのか、同じように首を傾げた。
「まずその屋敷に辿り着けないのよ。だから、ないのかもしれない。でも森の奥で明かりを見た、屋敷を見たって人は何人もいる」
「しかし、それだけで依頼を?」
なまえの依頼料は安くはないでしょう。尋ねれば、なまえは首を横に振る。
「それを面白がった地元の子が探しに行って、家の前に倒れてたらしいの」
「……それは」
「そう、でも帰ってきてるし、その子たちは屋敷には辿り着けていないらしいけど、おかしいって。でも、ジュンサーさんもそれじゃあ何もできないからね。その子たちの親が私に依頼をしてきたわ」
確かにそういうことなら……次のセッカシティ行きの電車はまもなく到着することに気づき、なまえに声をかける。
「引き止めてしまい申し訳ありませんでした、まもなくホームにセッカシティ行きが到着致します、お急ぎくださいまし」
「……そうですね、駆け込み乗車は厳禁ですからね」
首を竦めたなまえが踵を返すのを見送り、わたくしも持ち場に急ぐことに致しました。



「今日はダブルにキョウヘイが来たんだよねー」
クダリとお昼を共にしていると、羨ましいこと言われました。
「久しぶりですね、どうでしたか?」
「相変わらず、強かったよ」
「流石ですね」
「でもなんだか、今日は調子悪かったみたい」
自慢かと思いきや、あまり芳しくない模様。ぼやくクダリが口を尖らせる。
「バトルビデオ見る?」
「ええ、是非」
見せられた画面にはキョウヘイさまとクダリが映っている。確かにいつもより単調な攻撃パターン。もともと搦め手が上手なキョウヘイさまは補助技の多い方ですから、攻撃技の種類自体が少ないのでしょう。クダリに翻弄されているのが見て取れます。
「確かにキョウヘイさまらしくありませんね」
「そうなんだよねー、なんかイライラしてたみたい。だからミュージカルの子供割引券あげた」
「おや、今月は確かイブニングパーティの特別公演でしたね」
名前はド忘れましたが、12才以下のお客様に渡している割引券だということは覚えています。時間があればわたくしも行きたいと思っているのですが。
「そうそれ、『カロスの休日』」
「クダリにしては気が利きますね」
キョウヘイさまはポケウッドでもご活躍ですから、演技の参考にもなることでしょう。それに何時ぞやシングルにご乗車された際も、ミュージカルは好きだとおっしゃっていました。
「僕にしてはってすっごい失礼!じゃなくて、なんかセッカの方でプラズマ団に会ったらしいの」
「……そうですか、ギアステーションでも注意を促すべきでしょうか」
「うーん、微妙なんだよね。出会ったのはダークトリニティっていうキョウヘイが負けそうになった三人組なんだけど、プラズマ団自体はもう活動出来そうになかったらしくて」
クダリ自身もしっかりと事実を把握できていないのか、整理するように話しています。
「キョウヘイさまが苦戦するほどの相手ですか。それで、活動出来そうにないといいますと」
「うん、その三人だけなんだろうね」
つまり彼らはセッカシティにて逃亡中ということでしょうか。……セッカシティ?
「クダリ、セッカシティと言いましたか」
「うん、セッカシティの奥の方だって言ってた」
嫌な予感が致します。
「今朝、なまえもセッカシティに向かわれました」
「へ、へえ、間が悪いね」
クダリもなにが言いたいのか分かったようで、声が動揺しています。
「……ええ、本当に。セッカシティの辿り着けない屋敷の調査をするそうです」
「それ、そいつらの隠れ家だったり」
まさかとは思いますが、ありえない話ではない。
わたくしとクダリの目がばっちりあった途端、クダリは立ち上がりました。
「ノボリは確か15分後にはスーパーシングルあるよね」
「クダリは35分後にダブルです」
「僕行くね」
クダリが迷わず選んだボールはスーパーダブルの子達とテレポートの使えるネンドールです。それからテレポート要員がいないので万が一にも鉄道員の遅刻は出来ませんね。カズマサには注意しておきましょう。
バタンと閉じたドアを見送ることになり、すこし不安が残ります。
「なまえ、無事だといいんですが」
セッカシティ行きの電車はローカルトレインですから、テレポートなら早いですけど間に合うかどうか。
クダリの食べ掛けのカップラーメンが伸びないように食べてしまいましょうか。今わたくしが心配したところでどうしようもありませんから。
「ブラボー、しょうゆ味もなかなかでございます」

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