IN wonderland


「……ぼくもムウマほしいなぁ」
私を見ながらクダリさんはそんなことを呟いた。
「あげませんよ」
「むう」
私はものじゃないですけどと不満を込めてノボリさんに鳴けば、にこりと笑顔を向けられる。
「ええ、勿論貴女をあげたりしませんよ」
多分伝わってないな、これ。
「なまえが欲しいとは言わないけどぉ」
机に頬杖をついたクダリさんが私を見てくる。
「だって、ノボリのムウマ珈琲淹れてくれたりするしー、そうじゃなくても可愛いし」
「クダリ、まさかと思いますけどそれが目的じゃないでしょうね」
「なまえの子なら出来るんじゃないのかな」
えへ、なんて笑うクダリさんを可愛いとは思う。
「ふていけいなら、ノボリのシャンデラとかだよねー」
なまえと仲良いよね?とにたりと笑ったクダリさんとそれを素気無く却下するノボリさん。
2人とも好き勝手言いすぎです。
私は不貞腐れて、ソファーで眠ることにしました。




「起きてください」
私の体を揺らす敬語の人物といえば、ノボリさんしかいないので勿論ノボリさんだと思って目を覚ませばそこにはシャンデラさんがいた。
「え?」
瞬きをする。周りはパステルカラーのよくわからないカラーリングをしている。
「よかった、起きたんですね」
そのバックはピンク色の空。色違いのチルットが飛んでいる。
「シャンデラ、さん?」
「はい、そうですよ」
ノボリさんの喋り方と同じ喋り方のシャンデラさんはあの手のような部分で私を起こす。
「ここ、どこですか?」
「夢の中ですよね」
「ゆめ?」
「ええ」
まるでわがままな子供を見るように困った表情で笑ったシャンデラさん。
それからぎゅって、え?
「な、なな、なにを」
シャンデラはほのおのからだだからとってもあったかくて、私はノボリさんとも違う体温に体を揺らして驚く。
「ハグですよ」
「なんで……」
「だって、えっとクダリが子供が欲しいって」
にこにこ笑うシャンデラさん。
いままで、シャンデラさんと会話したことはなく、表情でさえしっかりと読み取れたこともなかった。
それなのに今ははっきりと分かる。
「どうしたの?」
答えない私を不思議に思ったのか、体を揺らすシャンデラさん。わかる、わかるぞ!じゃない、そうじゃなくて、なんで?
混乱しながら、言葉を紡ぎ出す。
「私、いま、シャンデラさんの言ってることがわかる……」
「そうなの?」
きょとんとしたシャンデラさんはちょっとクんみたい。
「不思議ですね、なまえはまるで人間みたいでしたから」
シャンデラさんは私の隣にきてしみじみと呟く。
「私たちの言葉も表情もしっかりとは伝わっていないとは思っていました」
「はい、そうなんです、けど……私の気持ちは伝わってましたか」
「ええ、それこそ人間のように、伝わってきましたよ。むしろノボリやクダリよりもっと分かりやすかったです」
それは私がポケモンだからなのだろうな、と自分でも納得がいった。
「でも今はなまえも分かる。何故でしょうね」
「私がポケモンに近づいた、のかも」
技をサイコキネシスは使えるようになったし、他の技も使える程度には自主練をしていた。最初、ノボリさんに止められた時に暴走させかけてたこともあり、私はコントロールだけはできるようにしておきたいから練習をこっそりしていた。
まさかそれが、私をポケモンに近づけていたのかも、って少し後悔。
そんな私の言葉はシャンデラさんの好奇心をくすぐったのかもしれない。
「それ、どういうこと?」
ずいっと体を寄せられ、私は温かいどころか熱くなって少し身を引いてしまった。
「わ、わたし、本当は人間だったんです」
「そうなんですか」
シャンデラさんの答えは想像していたより静かで、拍子抜けしてしまう。
「私の考えは間違いではなかったのですね。なにか悪いことでもしたんですか?」
悪いことをするとポケモンになってしまう、なんていつか見た絵本のようだ、シャンデラさんも読んだことがあるのだろうか。
「ううん、死んだらいつの間にかムウマになってたの」
「ああ、あの時ですね」
優しく微笑むシャンデラさんは私を迎え入れたノボリさんみたいで、少し後悔してた私もあの練習は必要経費と思い込む。
「1人で泣いていましたね、そうですか。貴女はあの時生まれたんですね」
真っ暗な線路の上で蹲る私を照らす炎はシャンデラさんで、私を抱き上げたのがノボリさん。
私はあの時生まれた。
その言葉が私の胸に引っかかる。
私が生まれたのはもっと前、お父さんとお母さんが産んでくれた時。
私のそんな微妙な表情を見て、シャンデラさんは体を切なげに揺らす。この考え方はシャンデラさん、ノボリさんのポケモンとして見れば決して気分のいいものじゃない。
それは私にだって分かる。だから言わないけれど、でも私はテレビで見たことがあった。
ポケモン、特にエスパーやゴーストタイプのポケモンは人の感情に敏感だって、偉い博士が言ってた気がする。
だから私のこの気持ちはシャンデラさんにばれてるかも。そう思うとちょっと怖いし、寂しい。それに申し訳ない。
「なまえはポケモンですか?人間ですか?」
シャンデラさんの丸い目は責めるように私を見ている。知らない、そんなの私が知りたい。
「わかんないです」
「そうですか」
静かな空気は気まずい雰囲気になってきて、堪えられない。
「クダリさんが欲しいって言ったらシャンデラさんは子供を作るんですか」
私は、そういえばと思い出して聞いてみる。
「ええ、だって私はポケモンですから」
穏やかに笑うシャンデラさんに、ぞわりと怖気がよだつ。
「仲間が増えることはいいことですよ」
「でも人は、好きな人と子供つくるんです」
「私のことお嫌いですか?」
「そんなこと……!」
「なら、いいではないですか」
「でも、人間はそんな風に子供を作ったり」
「ええ、そうですね」
世界が崩れていく。パステルカラーは不吉な色に変わっていく。
「だから、私は、」
「なまえ、あなたは」
「私は」
「あなたは、ムウマでしょう」





「むう!」
飛び起きるとそこは、ソファーの上だった。怖くなった私はシャンデラさんに会いに行ったけど、シャンデラさんの言葉はわからなくなっていた。
あれは夢だったのかな、きっとクダリさんが変なこと言ったせいだ。だから、あんなゆめ……
その日私はクダリさんにコーヒーを作ってあげなかった。


戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -