08


「ねえ、ノボリ」
わたくしが明日の分の書類を片付けようとしていると、クダリがギョとしたような目で声をかけてきました。
「はい、なんですか?」
「もう今日いいから寝てよ、どうせ今日の分は終わったんでしょ?」
「ええ、ですから明日の分を」
それを聞いた途端にクダリが怒ったように声を荒げます。
「なんで!?これまでそんなことしたことない!!」
「クダリ静かになさい、夜ですよ」
つい、なまえさまの家のようにクダリを宥める。
「ノボリ!!ここ地下、夜とか注意したことないよ!!」
ああ、確かにそうでございました。なまえさまのお宅は地下でもないですから、つい。
「僕、ノボリが心配なんだよ!?鏡見てる!?隈も酷い!!」
「クダリ……」
ああ、本当にクダリは優しいですね……。いえ、わたくしが……。ああ、いけません。なまえさまに言われたでしょう。大丈夫。
「クダリ、ありがとうございます。しかし、明日、明日になったらきちんと寝ますから」
わたくしの言葉にまた怒ろうとして、クダリはやめました。
「絶対だからね、僕も明日は書類とかするから」
納得はいってなさそうでしたが、クダリはそう言って部屋から出ていきました。
「なまえさま」
はやく、会いたいですね……。
わたくしのこの言葉を扉の反対側でクダリが聞いてるなんて、わたくしは全く知りませんでした。

「なまえ、ね」



「なまえさま」
「あ、ノボリさん今日も早いですね」
「ええ、仕事が早く片付きましたから」
「ダメですよー、無理しちゃー」
その言葉でノボリさんの動きが一瞬止まる。
「ほー、無理してるんですか」
「……」
分かりやすく目を反らすノボリさん。
「やめましょーね、倒れたら大変ですよ」
ノボリさんの返事がないためまた、口を開こうとしたら、ノボリさんが
「倒れたら、あなた様に会えるでしょうか」
……、なんとなく違和感を感じた。
声がなにか。そう包丁を持った彼女の頬に茶色いなにかがついている、そんな感じだ。大丈夫ノボリさんのほっぺについているのチョコの方というか、なにもついてなんていない。
ヤンデレっぽい雰囲気を醸し出していたセリフだが、私なんぞにそんなこともないだろう。つまりは勘違い。自惚れるな!この雌豚が!!なんて自虐的過ぎるがその通り。
「……うーん、1日目と2日目には来てないわけだし無理っぽいんじゃないですか」
「……そうですか」
途端にノボリさんの腕が私に伸びてきた。
ノボリさんのしめつける攻撃!!
やばいやばいやばい何か出る出る!!
「ノボリさん、あの!」
「わたくしは、あなた様ともっと会いたいのです」
……。直接言われると照れる、あ、恥ずかしい……。
「なまえさま?」
「あ、あのですねぇ、ノボリさん」
「はい」
「私もノボリさんと一緒にいたいですよ?」
……。
沈黙がその場を支配した。
え、なにこれ、私失敗した?えっ、ちょっと恥ずかしいよ。
「あ、ありがとうございます」
ぼそぼそと言われた。
超絶恥ずかしい。いっそ殺してくれ。
「でも確かにどうなんですかね」
「なにがでございますか?」
「いつか、ノボリさんが来なくなったりするのかな」



正直私のなかでは少し分かっていた。
よくあるじゃないか、こんな話をしたり、何か変化があったなら、ノボリさんが来れなくなるような。
つまり何が言いたいかと言えば、ノボリさんはあの日から来なくなった。


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