PAPA


「パパー!」
むぎゅと左足に違和感を感じ立ち止まったインゴの足に引っ付いていたのは幼い子供のようだった。
「インゴ、隠し子?」
「お黙りなさい、そんなわけないでしょう」
ニタニタと笑ったエメットに一瞥して溜息を吐く。
少女は頭の上で起こってることにも目もくれず、やっと出会えた父親だと思っている人物を見上げた。その屈託の無さに悪態の一つでもついてやろうと口を開いたインゴの口が閉じる。
「……」
「インゴ、スマイルスマイル」
「……レディ、誰かとお間違いではございませんか?」
予想外にインゴから優しい声が出て、隣のエメットはキョトンとする。少女はインゴの顔を見ても全くその笑顔は曇らない。
「パパー!」
「……ボクらってもしかした三つ子だったの?」
「それこそありえないでしょう」
「だよねー」
あまりにも現実的ではないその言葉を一蹴する。
「パパ、ゆーえんちはやくー!」
長い足に引っ付いた虫のようなこの小さい生き物は思った以上に厚かましい要望をしてくると、少しだけ認識を改める。
「ワタクシはお前の父親ではありませんよ」
「ちちおや?」
「アナタのパパではありません」
「パパだもん!」
ぶわっと瞳の上に涙を溜め始める少女にぎょっとした成人男性二人はそこがギアステーションのホームであることを思い出す。
「インゴ、とりあえず迷子センター行こう」
「ええ、ここで泣かれると流石に」
二人が行き先を決めるのが早いか、彼女の涙が溢れるのが早いか、インゴは少女を持ち上げる。
「パパ?」
唐突に抱き上げられたことで少女は驚いたらしく涙は引っ込んだらしい。それに、少し安堵した片割れを見たエメットは抱き上げたことにもその安堵する姿にも意外で感心してしまう。
「ですから違うと言っているでしょう」
「パパだもん!」
否定されて少女は意地になっているのか、ぎゅうっと目の前の首に抱きつく。動き始めたインゴの歩く振動に揺られ、驚いてその力を強める。
その息苦しさに眉を顰めたインゴはイライラして歩調を早める。それが寧ろ力を強くさせているのだが。
「とりあえず、到着いたしましたので離していただけますか、レディ?」
少女の力が少し緩んだところで、そっと下に降ろす。
「んふふっ」
少女の楽しそうな笑い声が聞こえ、訝しそうに見たインゴ。
「どうされました」
「たのしかったぁ」
無邪気な声に頭痛がしそうになるインゴは文句を言う気が失せていることに気づかない。
「その子名前は?」
迷子センターの受付と会話していたエメットがインゴに話しかける。
「知りません、自分で聞きなさい」
「えー、パパでしょ、もー」
少女に近づき、視線を合わせるようにしゃがめば少し警戒するような少女の顔。
「お名前教えてもらっていいかな?」
「しらないひとにおしえちゃだめってパパが」
「ほらー、パパー?」
エメットが調子に乗っていること少しイライラしているインゴがチッと舌打ちする。
「自己紹介出来ますか?」
少女は上を見上げ、インゴの顔をじっと見る。頷いた少女はニコニコとエメットを見ると、お辞儀をする。
「なまえで、す……」
「ありがとう、エメットだよ」
「ワタクシはインゴです」
「パパだよぉ」
何度言っても聞き入れないなまえは拗ねたように呟いた。
「さて、名前も分かりましたね。ではワタクシは失礼致しますよ」
「あ、ちょっと待ってよインゴ」
「パパ?どこ行くの」
インゴが立ち去ろうとしたことに気づいたのか初めと同じように足に縋り付くなまえに、立ち止まらずにはを得ない。
「離しなさい、ワタクシには仕事があります」
「今日おやすみっていってたもん!」
「それはお前の父親の話でしょう」
「やぁ!やだあー!」
おもちゃのようにひしっとくっついた少女を振り払うことも出来ず、顔を見合わせた二人。エメットは思いついたようにニヤッと笑う。
「いいじゃんパパ。どうせ、シングルはまだ出ないし」
「しかし」
「まっ、頑張って」
ひらひらと手を振ったエメットはどう見たって執務室ではない方向へ歩いていく。サボるつもりだと気づいたインゴは声を上げる。
「分かりました、では鬼ごっこです。あれを捕まえますよ」
「はーい」
引っ付いていたなまえが遠ざかる白い後ろ姿に激突した。



サブウェイボスが二人して、少女に付き合わされてすでに小一時間経った頃、やっと少女の父親が迎えに来る。インゴと父親を見比べたなまえははっとして父親に抱き付いた。
しかし
「似てなかったねえ」
「ええ、ワタクシとは似ても似つきませんでした」
「まさか、足というかズボン?だけで判断してたなんてね」
「ガキは苦手です」
「ふーん。でも、良いパパしてたじゃん」
「何の話ですか」
ツンとして、澄ました顔のインゴを見たエメットは少女に振り回され、まさかエンテイごっこまでされていたとは思えないと笑わずにはいられなかった。
エメットはゼブライカだったが。
その後日、少女はまた迷子になっていた。
「パパー!」
抱き付いた足は、父親ではなく、インゴでもなく、ましてやエメットでもなく、やまおとこ。
見兼ねた黒い車掌が溜息を吐いて、近づいていく。
H28.10.7

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