デンチュラたんはすはす


「どう、オノノクス」
久々のお休み。クダリはオノノクスのブラッシングタイム。
順番待ちのクダリの手持ち達は、クダリを囲んでいる。
クダリは我儘だ。というか、デリカシーが無さ過ぎる。最近構ってあげてなかったとか言って、ポケモンに掛かりっきり。知ってるの?私も構ってもらってないってこと。それなのに手伝いなんてさせて。
「オノノクス、屈んで」
牙を磨くためだろう、よしよしと撫でながら道具を用意している。
私はキッチンで木の実を刻んで、好みの味のポフィンやポフレを作っている。
「はぁーあ」
私の大きな溜息だって、クダリの耳には届かない。なんか、なんだか、そう、目の前で浮気されてるみたい。
こんなはずではなかった。最初は別にいいかなって。サブウェイマスターのクダリと付き合ってるわけだし、私だって結構ポケモンは好きだし、こういうことはよく付き合ってた。私の子は私がいつもやってあげてるし、今日はクダリの子達にやってあげてもいい。クダリの子を世話することで私も私の子以外のポケモンのこと知れてよかったなぁとか思うことだってある。でもそれとこれとは話が違うのよ、って言いたい。
「ちゅら」
私の溜息でも聞き付けたのか、クダリのデンチュラが電気タイプ用のブラシを持ってキッチンにやってきた。
「どうしたの?」
デンチュラは私の足元にブラシを置くと、その前に座り込む。
「……ちょっと待ってね」
木の実の下ごしらえはもう終わってる、先にデンチュラをブラッシングしても大丈夫だろう。
木の実を全部大きな冷蔵庫の中に突っ込み、私も座り込む。四つん這いになって、ブラシを取ってからデンチュラとの距離を詰める。
「どこが気持ちいいかなぁ」
触角以外の部分をブラッシングしてあげる。
「どう?気持ちいい?」
「ちゅら」
複眼は私をたくさん写してる。すり寄ってきてくれてるとこを見るときっと気持ちいいのだろうと思って、丁寧に丁寧にブラッシングする。
「うわあ」
デンチュラが私に乗り上がるものだから、ちょっとびっくりして声を上げる。キッチンの向こうから見えないのか、クダリの笑い声が聞こえてきている。
すこし心配でもしてみればいいのに。
私は乗り上がられて、ひっくり返ってしまった間抜けな体勢のままデンチュラを見上げる。
「どうしたの?」
14キロの重さはわりと平気で、デンチュラを気遣う余裕はあった。お腹の下は上から見たときの模様の色と同じ、知らなかったなぁ。
デンチュラは鳴くこともなく、わたしの頬に頬擦りをする。ぴりっときた。多分電気。
「痛いよ……」
ふふって笑う。静電気くらいの電気でどうこう言うほど私は電気タイプに慣れてないわけじゃない。
そっと抱きつくみたいに手を回して撫でてあげれば、それはもう嬉しそうに鳴くものだからすこし嬉しいくらいだ。
少しだけ、魔が差した。
私の中に仄暗いものが、湧き出す。
クダリを夢中にしている、ポケモンを、すこしだけ、ほんの少しだけ私のものにしてしまいたくなる。
この子はメスだもの。
「秘密よ」
デンチュラの顎の部分の下にちゅっとリップ音を立てて唇を押し当てた。
「……浮気じゃない、多分」
言い訳がましい私の呟きなど気にもせず、デンチュラは私を押し潰すように引っ付いてくる。嬉しかったのか、な?
「デンチュラー?」
やっと気づいたクダリは私じゃなくてデンチュラに気付いたらしい。へえ。
「あれ、なまえ、も、いない……」
クダリの声は少し焦る。なんでだろう。なんて気を取られてる内に、首筋に違和感。
「きゃっ」
「なまえ!?」
デンチュラが私の首を甘噛みした。びっくりして起き上がろうとして自分の腕が何かに捕まえられていることに気付く。
クダリの足音がどたどたと近づいている。
「デンチュラ!」
「く、クダリ?」
「なにやってるわけ、デンチュラ」
「ちゅらー」
クダリの低い声に、全くこれっぽちも気にしてなさそうなデンチュラの声はのほほんとしている。ううん、なんだか見せびらかすみたいな声。
「あのね、デンチュラ。それぼくの」
「ちゅら」
「デンチュラ!」
もっかいキスされた。
「ちょっと!なになまえも受け入れてんの!?」
「いや、私動けないし」
あとわたしのために怒るクダリを見るのは結構気分がいい。
「デンチュラ、くすぐったい」
デンチュラの体毛がわたしの肌を擽る。
わたしのこの反応が悪かったのか、クダリの顔が見られないようなものに変わる。
ぶちっと音がする。
その瞬間わたしの手がすとんと落ちる。手を見ればクモの糸が絡んでいる。これか。
デンチュラは諦めたのか、さっさとどこかへ行ってしまう。
「……」
乗り上がられた時と同じ、まるでそうお手上げ状態のヨーテリーのようなわたしを見下ろしたクダリ。
「デンチュラってぼくそっくり」
光の具合でクダリの顔はよく見れない。
「なまえのこと、大好き」
私に跨ったクダリがまるでデンチュラみたいに首筋に擦り寄っている。
ほんと、そっくり。
「ごめんね、構ってあげなかったの怒ったんだよね」
「……ひどいね、私はポケモンじゃないよ」
「酷いの、なまえ。浮気悲しい僕」
私に乗りあがるクダリは双子のお兄さんみたいに口を一文字に結んでいる。下から見上げると影が差して怖い。
「はいはい、ごめんね」
私の言葉に気を良くしたクダリのなんとちょろいことか。
「なまえ、逃がさないからね」
ある意味デンチュラよりも余程怖い、嬉しそうに舌舐めずりをしたクダリは私の首を甘噛みしながら呟いた。

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