九月さん


「なまえ、おはよう」
クダリが私より早く起きてた。
クダリと朝を迎えるなんて思ってなかった。
「おはよう」
手を伸ばして、携帯を見る。
8月31日。明日から学校。
「起ーきてー」
私の前に立って、私の腕を持って、私を引っ張り起こす。思いの外強い力に驚いて、私は踏ん張りが足りないことに気づく頃にはクダリの胸の中に居た。
どくん。という音が聞こえる。多分私の。
「なまえ軽い」
くすりと笑うクダリの、少し照れくさそうな声が鼓膜を揺らす。昨日、特別なことをした。
後悔はない。
それが嬉しい。
ぎゅっと力を込めた。しっとりとした人の肌の感触は想像以上にぞわぞわした。
同じだけ抱きしめられる、ううん、多分クダリはだいぶ手加減してるって昨日分かった。
昨日、クダリが、言ったの。
「明日じゃあダメ」
夏休みが終わったら、いつも通り。
こんなとこ、泊まれない。
夜中でも明るくて、目に悪い、こんなホテルになんて泊まれない。
誰にも見られないように、少し遠くの駅で降りて、ネットで探して。
入り方に困って、クダリに手を引かれて、部屋に入る。
回転ベッドはなかった。
でも変な色の照明はあった。
想像してたよりきれいだった。
でもやっぱり少し気持ち悪い。
ふと横目でクダリの顔を確認。乱れた髪に、昨日の汗だらけのクダリを思い出す。
思い出して、恥ずかしくなって、そっと離れる。
「お風呂」
クダリはそんな私に笑いかける。
「入る?」
首を傾げるから、私は頭を縦にふる。
「いってらっしゃい」
私に手を振った、いやに格好いいクダリに頷いて、昨日見たお風呂の場所に行く。前に止まって、影からクダリを見る。
とりあえずパンツを拾おうとする、真っ裸のクダリのお尻が間抜けで、やっぱりクダリだと声を殺して笑ってしまう。
あ、着替え。お風呂でシャワーを浴びながら思い出した。
脱衣場を中から覗けば、いつか映画で見たようなバスローブ。これをクダリも着るのか……。
着替えの心配はいらないらしい、ともう一度シャワーのコックを捻って浴びる。
「うわ」
私は無駄毛の剃り残しに気付いてしまう。気づかなければ良かった。もう多分見られてる。ならせめて気づきたくなかったものだ。
とりあえず、もう見られないと思うけど、剃っておく。
クダリは今なにしてるだろうか。
あんまり安くない宿泊費を思い出してから、私は自分が帰りのお金を持っているか心配になる。
割り勘したのに、借りたくないなぁ。
クダリはなにを思ってるだろう。
クダリ。シャワーを止めても、クダリがなにしているか聞こえなかった。
考えて、タオルで適当に身体についた水分を取って、それから音を消すためにお湯を溜める。
水音で掻き消されていると思うけど、忍び足で廊下、というかベッドから見えない死角へ行って、様子を伺う。
「えっぐ……」
嗚咽が聞こえた。ベッドに腰掛けたクダリが泣いていた。私はそれこそ本当に予想外で呆然としてしまった。
「なまえ、なまえ……っ」
すん、と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「きら、われ、ちゃっ……たぁ゛」
鼻水混じりのクダリの声は辛うじて聞き取れた。
何のことを言ってるのか分かんない。
でも、私のせいらしい。
私はどうすればいいかわからずに、そっとお風呂に戻る。
溜めたお湯に浸かる。浴槽の中悩む。
「私、なにかした?」
本当に何のことか分からず、昨日のことを思い出した幸せが逃げていく、そんな気分。
少し、むかついた。
「クダリーーー!」
鼻水塗れで、私の方に来ればいいんだ。問い詰めてやる。
バタバタと音が聞こえる。
「なに!?なまえ!!」
ばん!と開いたお風呂場の扉にパンツ一枚のクダリが赤くなった目でこちらを見ていた。
鼻水には塗れてない。
ちょっとずるずる鼻を啜ってるけど。
「……えっと」
その姿もやっぱり好きだったから私は浴槽の中で困って、問い詰められなくて。
「おいで?」
目を見開いたクダリが瞬きを3回、手を広げた私に向かって浴槽に飛び込んできた。
「うわあ!」
中途半端に溜まってたお湯のかさがいきなり増える。八分目くらいまで迫るのに、クダリのでかさを痛感する。ぎゅうって痛いくらい抱きしめられる。
そのままの状態で数十秒。
「……あのね、」
「うん」
「昨日の僕、怖かった?」
ずるっと鼻を啜ったクダリの弱々しい声。
「ううん」
クダリは怖くなかった。その、えっと、セックス……は怖かったけど。
そう言ったら、クダリは力を緩めて、私の方を見た。
「良かった……」
掠れた声が昨日の重なって、どきどきする。
それが少し癪に障って、「痛かったけど」とも繋げれば、へにゃっと力の抜けた顔をして、「ごめんね」

今日はきっと特別じゃない。
H28.08.31

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