バトルサブウェイに夏期休業はあるのか。


ぼたぼたと滴る汗を袖で拭おうとすれば、ノボリさんがこっちを振り向いた。
やばっ。
「こら」
思った時にはもう遅く、持ち上げた腕をそっと下され、穏やかな声で窘められる。
「折角の浴衣ですので、もう少し気にして下さいまし」
ノボリさんの浴衣の袖から出てきたタオル?手ぬぐい?で私は汗を拭かれる。
「ありがとー」
私の方をしっかり見たノボリさんは満足そうに笑った。
「浴衣似合ってらっしゃいますよ」
「ノボリさんが選んだからね、当たり前かな」
今は祭りの始まる一時間前、よく見えると有名な場所に場所を取れたところだ。一時間前なんかでよく取れたものだなぁ、とノボリさんの幸運に感心する。さすがサブウェイクオリティ。
「でも、ノボリさんらしいね」
「なんのことでしょうか?」
「だって、何事も全力だから」
すこしため息交じりの私が何のことを言っているのか、きっと気づいてるはずのノボリさんはちょっと目をそらす。
「朝、たたき起こしたことについては反省しております」
「よろしい」
早朝に私の部屋に忍び込み、あまつさえおきた私を水攻めにして(洗顔)、呼吸困難に陥らせ(歯磨き、朝ごはん)、その直後に拘束プレイをしてきたのだから(着付け)。
「いいんですよ、ただ前もって言ってほしかったけど」
デートの約束はしてあったから予定はあいていたけれど、朝から寝顔を見られるなんて思いもよらなかったからだ。
「申し訳ありません、なまえさまの浴衣姿を見てみたかったのです」
「あんまりにも急です」
「驚かせたかったんです」
居心地悪そうなノボリさんにそこまで言わせて私は満足したので、手をつなぐ。
「ノボリさんも似合ってますよ、浴衣」
「ありがとうございます」
手をつないだせいか、褒めたせいか、すこし照れているノボリさん。
「ところで、早いうちに出店見ておこう?今は人いないからまだいいけど二人で行くなら早めに戻らないとさすが迷惑だし」
「かしこまりました。では、そうですね、少しの間イワパレスに場所取りをおねがいいたしましょうか」
「その手があったか」
「ええ、イワパレス、出てきてください」
イワパレスは出てくると電車内でないことに気づいて驚いているようだった。
「ノボリさんもうちょっと外出てあげたほうが……」
「……善処いたします」
むすっとした顔のノボリさんは外なんて出なくても、と言っているようだった。
「それほとんどNOですよね」
「それより、イワパレス。お留守番お願いできますか?」
ノボリさんがしゃがみこんでイワパレスに注意事項を言い聞かせているようで、イワパレスはそれに返事をしている。
「そんなにいわなくても、良い子で待ってられるよねぇ」
イワパレスの固い殻を撫でてあげれば、良い返事が返ってくる。かわいいなあ。
「では行ってまいります」
「お土産買ってくるね」
手を振れば、すでに居心地の良い場所を探しだせたようで座り込んでいた。
「相変わらずかわいいね」
「わたくしのイワパレスですから」
「はいはい」
もう一度そっと手を握られ、エスコートされる。もうちらほら出ている屋台を一緒に見て回る。
「ヨーヨーほしいなあ」
「おや、珍しいですねなまえはそういう後々困るものは嫌いでしょう?」
「嫌いじゃないよ」
心外な。まるで私が風情のないやつみたいな言い方。
「祭りの後、しぼんだりするからちょっとさびしいじゃん」
「では今日はどうして?」
「かわいいから、シャンデラ柄」
「おや、これは!スーパーブラボー!!」
「ノボリさんちょっとうるさい」
「なまえ、さあチャレンジいたしましょう!ああ愛らしいフォルム!あちらにはギアル柄も!」
わくわくと、店のおじさんにお金を渡してしゃがみこむ私とノボリさん。
「さて、じゃあここは勝負と行きましょうか」
「なまえもやる気ではないですか、かまいませんよ。わたくしも勝負といわれて引き下がるわけには行きません」



私が二つ、ノボリさんが一つ。
低レベルな争いだ。この様子だとノボリさんはスーパーボールすくいも苦手そうなので、勝負はふっかけないようにしよう。
「私の勝ちだね」
「まさかこんなところでなまえに負けてしまうとは……」
「どういう意味よ」
さっきとったばかりのシャンデラヨーヨーで攻撃する。ばいん、とノボリさんの体に当たって戻ってくる。
「いえ、別に」
ノボリさんは子供っぽいところあるからなあ。
少し時間をとりすぎたのか人が多くなってきて、手をつなぎながらほかの店を見て回る。
「ノボリさん、袖ぬれちゃってる」
ヨーヨーつりの桶でぬらしたのか、べっとりと濡れたノボリさんの袖が私の袖もぬらしていた。
「なまえのも濡れてしまいましたね、すみません」
「暗くなってきたし、乾くかなあ?」
「暑いので大丈夫だと思うのですが」
ぎゅっと握られた手に少し強く繋ぎ直され、見上げたノボリさんの顔は何を考えているのかちょっと読めない。
「イワパレスも待ってるし、何か買って帰ろっか」
「そうですね」
「私やきそばにしよっかな」
「ではわたくしは、そうですね、たこ焼きにでもしましょうか」
「一個ちょうだい」
ノボリさんを見上げれば、にこりと笑って許してくれる。
「かまいませんよ」
「あ、見てみて冷凍モモン。イワパレス食べるかな」
「ええ、きっと食べますよ」
「私のキレイハナに、ノボリさんの六体、で私に一つ、ノボリさんは?」
「残念ながら、今日はダストダスとオノノクスは家にいますよ、大きいですからね。わたくしはなまえのものを一口いただきます」
さっきの私の真似なのか、こっちを見てくるノボリさん。ちょっと似合わない仕草に笑ってしまう。
「いいよ、じゃあ6個ね」
「では参りましょうか」



「イワパレス〜ただいま〜」
「お待たせいたしました」
場所取りをしていたところは既に周りは人がいっぱい、イワパレスには悪いことをしたなあ。私たちの心配を他所に、当の良い子のイワパレスは冷凍モモンで機嫌良好のようだけど。
「みんな出してあげれるかな、人多いけど」
「大丈夫なようですよ、みんなポケモンたちとも花火が見たいようですね」
周りを見れば、結構ポケモンたちは出てきているみたいだった。まあちょっとカビゴンはどうかと思うけど。
「じゃあ出してあげようかな」
ぽいっと投げたボールからキレイハナが出てくる。
「レイ〜」
「キレイハナも食べる?」
冷凍モモンは好評なようで、みんなトレーナーである私たちそっちのけで食べている。
「まったくトレーナー甲斐のない子たちだなあ」
「そうでないみたいですよ」
私のつぶやきにノボリさんが内緒話のように小さい声で言ってくるけど私には意味が分からない。
「見てください、あれ」
言われたとおりよく見れば、みんながとっていたシートの隅に移動している。私たちとは反対側の。
「気を使われているようですよ」
「……あはは、まじかー」
「なんだか申し訳ありませんね」
「今度なにか作ってあげようかなあ、モモンだけじゃあだめかもね」
「そうですね、ですが今は」
隣に座るノボリさんが私の体を抱き寄せる。その瞬間、頭上で大きな音がした。
「花火!」
「……」
喜ぶ私に釈然としない様子のノボリさん。
「どしたの、ノボリさん?」
「いえ、今日はなんだか計画を崩されているようでしたので」
ああ、今日のおしい感じはそれが原因だなあと思いつつ、ノボリさんに笑いかける。
「計画も良いけど綺麗だよ、花火見ようよ」
「いいえ」
ん?
「一番大きな花火があがる時には覚悟してくださいまし」
これはもしかしなくても懲りてないようだ。私のほうを見て不敵な笑みを浮かべた。
仕方ないから、しばらくおとなしく私は花火を見ていたけれど、すこし気になって隣のノボリさんに耳打ちする。
「一番大きな花火っていつ?」
「最初の花火から36分後、つまり、今です」
「え?」
驚いてノボリさんのほうを向いた私はもっと驚く。
ちゅっとリップ音がして、ノボリさんもこっちを向いていた。
「なっ」
「なまえ、好きで――」
「あれー?もしかしてノボリ?」
すよ。と続くノボリさんの声は、弟のクダリさんの声にかき消された。
はあ……とため息を吐くノボリさん。
だから、言ったのになあ。
まあいいか空回りするノボリさんもかわいいよね。
私はクダリさんに報復をしようと立ち上がるノボリさんを尻目に、ポケモンたちのなかにまぎれることにした。
ちょっときゅんときたのは内緒にしておくことにする。

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