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「……なまえ」
氷みたいな最初の時より怖いかもしれないくらいの声。
ぴしゃりと冷たい水を掛けられたような気分で、今の体勢を思い出す。思い出したら、無理もない気がした。
「は、はい!」
声が裏返って、心臓はバクバクと忙しなく動く。
落ち着け、どっちにしろちゃんと話せてない今、この心臓の音は恐怖の元でしかないのだ。
「そういう、ことですか」
インゴさんの視線はエメットさんの胸のあたりに寄せられた私の頭部。特に限定するならば、そのエメットさんが私を撫でている部分。そこに注がれていた。
「ワタクシを避けていたのも、エメットが好きになったからということですか」
いつも大仰ですごい、テンションの彼などいない。抑揚のない平坦な声が私の不安を煽る。
「ち、ちがっ」
「では!なぜ、ワタクシをさけていたのですか!なぜ今、エメットに触れている!あんな、あんな表情で!」
ばあんと応接室のドアが蹴られて開かれる。
「そ、それは」
「いいえ、答えなくても結構です」
「っ……」
息がし辛い。私の呼吸が浅くなっていく。つらくて、悲しくて、恋しいのだ。指の先までぴくりとも動かない。いや動いているけど。それでも、私は硬直して、まるでかたくなるをしているみたいだ。
「……エメット、出て行きなさい」
「……あんまりいじめちゃダメだよ、ちゃんと話聞いてあげなきゃ」
「Get lost!」
仕方なさそうにをもう一度私を撫でて、それだけインゴさんに言い残して。遅いものだから軽く蹴りだされていたが。
かちゃんと鍵のかかる音が聞こえた。
扉の前にいたのはインゴさん、勿論鍵を掛けたのも、インゴさん。
ああもう、私死ぬ。
初めてだった、こんなインゴさん、それなのに自覚した途端、私はそんな状況でも彼を愛おしいと思っている。
自覚した途端、私は、もう心臓はばくばくの中にどきどきを隠して、彼とふたりっきりをこんなにうれしいなんて、だからもう、本当に、伝えないと。
「い、いんごさ」
「黙りなさい」
冷たい声が私を刺して、痛い。痛い。
ぼろりと、涙があふれてきた。
「い、……インゴ、さっ」
「……なまえ」
「ごめ、ごめ、んなさっ……」
「なまえ、落ち着きなさい」
「わ……た、しインゴさんが、すきぃ……」
まさか私がこんなに弱いやつだったのか、世界を股にかけてしまった私も、恋で、こんなにも辛いのか。言ってて恥ずかしい。
「すき、なんで……す」
「もういいです、いいですから泣き止んでください」
仕方なさげにため息をついて、インゴさんは相変わらず優しくて、驚いた。エメットさんの撫でたとことおんなじところを撫でながらきつく私を抱き寄せた彼の壊れ物を扱うような力加減にも、それがすごくうれしい自分にも。
私は抱き寄せられたまま、彼の胸部に耳をくっつけた。聞こえない、それでも心地よかった。ずっとそのままで、喋れるくらいになるまで、待ってから口を開いた。
「私は、人と違うけど」
「存じ上げていたつもりでしたが」
「それでもインゴさんが好きです」
「それはよかった」
「ただちょっとあって」
私の言葉が止まる。
「私、心臓があるんです」
私は彼の手を掴んで、私の胸のあたり、まあそれなりの谷間らしきとこに押し付ける。
「聞こえ、ますか」
「ええ」
「コレすごいでしょう、私しかないんですね、この世界で」
「ええきっと、そうなんでしょう」
「インゴさんといるから、こんなにうるさいんです」
「それはまた」
「いつもはもう少し遅いんですよ」
私を座らせ、インゴさんはゆっくりと耳をさっきまで手の合った場所にくっつける。
「くすぐったい」
「それがお前ですか」
「へ」
「分かってはいたんですけどね、ヤマトナデシコというのでしょうああいうのを」
「はあ、はい」
「時折隠せていないあなたの本音が好きでした、キスをすれば顔を赤くしたり、わがままが過ぎれば眉を寄せる、ワタクシが疑わしそうな表情をしたときの焦った表情が愛おしい、そう思いました」
「……意地悪なんですね、知りませんでした」
「おや、そうでしたか」
インゴさんは無意識だったのだろう、ふわりと笑ったように見えた、一瞬だったけれど。
「……はやくなりました」
「え」
これは結構ずるい。かもしれない。




「My sweet!」
ちゅうっと唇を吸われ、二歩ほど下がる。
「んぅ、……ぷは」
「只今、帰りました」
「お、おかえりなさい」
「そうやって顔を赤くするとこは変わりませんね」
インゴさんは私の腰に手を添えたまま、数センチの顔の距離を変えるつもりがないらしくもう片方の腕が私の髪を撫でる。
「今日は、エメットは来てませんね」
「はい」
「お前はワタクシのものでございます、そのへんは」
「弁えなさい、ですよね」
彼の唇を指で押さえ、そのまま続ける。にっこりと笑えば、インゴさんは私の胸に手を当てた。
「思ったよりも緊張しているようで」
「うっさい!」
「oh……,待ってください」
逃げようとした私を抱き上げる、ひい。
「たかっ」
「おや、もっと早くなりました」
「報告いりません」
「聞こえませんか、ワタクシのシンゾウの音も」
「ないじゃないですか」
「もっとちゃんと聞きなさい」
どかりと座って私はインゴさんにのしかかるような体勢になっていまう。倒れこんだ先の胸板にどきんとしてしまう。
「聞こえないじゃないですか」
「お前の音が大きいせいですよ」

END

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ありがとうございましたー。失速しましたね、案の定。

2013.12.31


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