終末の電子音はどこで鳴るのか


「おはようございます、my sweet」
chu!と耳元でリップ音が聞こえ、覗き込むようにベッドに乗り上がっていた身体が引き込まれる。
「お、おはようございます、インゴさん」
見上げるように抱き寄せられた腕の中で私は体を固くさせる。
「相変わらずシャイですね、好い加減慣れるべきでしょう」
彼はそういうが、きっと、いや必ず私がこんな彼を無視したりして、何のアクションも起こさないとしよう、あるいは売女のように艶かしく笑い抱きしめ返すとしよう。そんな私を彼は良しとしない。
確定的で確実だ。
彼はシャイで恥じらいのある私を好んでここに置いている。
「もう……」
私は彼の腕から抜け出して、少し仕方ないなあみたいな表情で、口角をすこしだけ歪ませて部屋を出る。
「ツレないですね」

目玉焼き、軽めのサラダ、インゴさんを起こす間に焼いていたトースト。インゴさんに絡まれるというのは既に予測済みで、良い色に焦げたそれに頷く。
あとは濃いめの珈琲を淹れていれば、インゴさんが着替えてやってくる。
「ブラボー」
サラダが昨日と違うだけで、一言漏らしたりするインゴさん相手にご飯を作るのはあまり苦痛ではない。存外楽しくさえある。
彼自身まともにご飯を作れないらしく、最初のころにせめてものお礼にと作った朝ごはん(といっても、ちょっと出来の悪い卵焼きにウィンナー、それから千切ったレタスだけだ)に「スーパーブラボー」なんて漏らしたものだから私が驚いた。
「イタダキマス」
未だこの挨拶に慣れていないらしいインゴさんの声を聞いて、どうぞと答えてから自分も手を合わせていただきますと言って箸を持った。
その箸もインゴさんがフォークとナイフでは微妙に使い辛い私のためにと買ってきてくれたものだったりする。
「相変わらず美味しいですね」
「そう言ってくれると嬉しい」
「ふっ」
あまり笑うことのないインゴさんが表情を緩めるものだから、私は驚いてしまった。
そんな私の頬に手を伸ばしたインゴさん。
まさかと思うけど、ぐにっと頬に押し付けられた指はすぐに離れて、インゴさんの口に向かう。
「Yummy」
そういえばエメットさんに聞いたのだが、このYummyというのはインゴさんはあまり使わないらしい。所謂スラングとか聞いた、子供言葉とも。インゴさんが子供言葉とか……ねえ。
「恥ずかしいですよ」
「Hum……どうして?」
「……」
口を噤んで少し上目遣いにインゴさんをみれば、インゴさんは目を細くして「ゴチソウサマデシタ」と言って立ち上がった。
「行きましょうか、my sweet」
私は食器を食洗に放り込んでスイッチを押して、インゴさんの手を取った。

「Hi!!なまえ」
インゴさんと並んで職場に並んでいれば、エメットさんに出会った。
「エメットさん、おはようございます」
「……」
インゴさんが隣で舌打ちをしてエメットさんを睨むものだから、ぎゅっと繋いでいた手を握る。握り返してきたインゴさんの表情が少しだけ緩んだのがわかった。
「ヤケちゃうよねー、そんなにラブラブされると」
「ラブラブとか死語ですよ」
「え?なあに?」
「……行きますよ」
聞こえないふりをするエメットさんにもう一度言ってやろうと口を開いた私の腕は引かれて、また歩き出す。にまーっと笑うエメットさんがひらひらと手を振っているのを、睨みながらインゴさんについていく。
執務室に着くと、抱え込まれてソファーに落ちる。
「なまえ」
甘い声で私の手を取り、ちゅっ、ちゅっとキスを落とす。
「ワタクシ、お前がエメットなどと話すのは嫌だと言ったはずです」
「インゴさん」
「……sorry」
インゴさんが眉を寄せて、目を逸らすものだから、私は顔を近づけてその眉間にキスをする。触れるだけの。私はそれ以上するキャラじゃない。
「……あ、いらぶゆー」
私は彼の腕の中から出るように立ち上がる。
「なまえ」
立ち上がった身体は素直にぴたっと立ち止まる。後ろでインゴさんの立ち上がる気配を感じる。「I love you too.」
低い声で後ろから呟かれた声に腰が砕けてしまいそうになる。
ぴりっと感じてしまう私を尻目にインゴさんは積み上がった書類に向かうため、椅子にどかっと座った。

「おかえりなさい、いんごさ」
「I'm home.」
大仰な動きで、私を抱きしめる彼。
ただのシングルトレインから帰ってきただけというのに、彼はがっちりと腰や頭をホールドして離さない。
「只今、帰りました」
「はい、Welcome back.」
決まった定型句というべきか、発音も慣れてきた。私の肩にすりすりと頭を押し付ける彼。私は望んでいるだろうと、腕を背中に回す。
ぴくん、身体が動いてしげしげと私の顔を見る。
失敗した。
ここは、離してもらうとこだったかもしれない。
「インゴさん、お仕事しましょう」
「……いえす」
私はその視線から逃げるように笑って彼に言う。目を逸らしたからどんな表情か見えないのがまた怖くて。


なまえです。
ちょっと前に異世界から来た。
エメットさんの目の前に降ってきたらしい、いわゆる空から女の子が!ってやつだ。
もっと言うと空からではなく天井かららしいけど。
その後その可哀想な私をめんどくさがったエメットさんから押し付けられたインゴさんは、私をギアステーションで隠し飼われることになった。なんとまあ字面にするとひどいものだ。英国紳士あるまじき行為ではないでしょうか。(エメットさんにもインゴさんにもあてはまるんではないだろうか)
そしてまあ、いろいろあってインゴさんとこんな関係になった。
ああ、いろいろの部分をこうやって隠すのには理由があるのです。
なんとも不甲斐ない。お話しましょう。
彼は高圧的で、私は愚図で使えない役立たずだった。認めましょう認めますとも。
私は何も出来ない役立たずだったのだ。
私だって本当はエメットさんがよかった。エメットさんの方が幾分か気が利く人だろうし、初対面から仏頂面でいかにも面倒だって顔をされた私がそう思ってしまうのは仕方ないことだろうと思うのだ。
私は自分のために、
この1年くらい私は彼に気に入られようと躍起になっていた。
何も持たず、本当に天涯孤独、一人ぼっちの私には頼れる人は文字通りインゴさんしかいなくて。時たまに、エメットさんが現れることもあったが大概甘いものを私に与えて、それから適当な会話をしてさようならである。
なりふり構わず媚を売った、健気で可哀想でいい子、そんな私をあろうことか彼は気に入ったらしい。
男なんてちょろいとか、馬鹿だとかそんなことを思うほどではないけれど。客観的に見た彼は哀れだ。
何が哀れかといえば、こんな私に哀れまれてることが一番哀れだ。

それではこの辺で。以後お見知り置きを。

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