悶々


「おや、いい匂いがいたしますね」
ノボリ兄さんが隣でそんなことを言い出して、僕は少し意識して匂いを嗅いでみたら確かに少し甘い匂いがした。
「あ、さすがノボリさんですね」
なまえちゃんがちっさい丸いケースを持ったままこちらを向く。
「この前ハンドクリーム買ったんですよ、多分この匂いじゃないですか」
丸いケースを開けて兄さんに差し出したなまえちゃん。ふわっと広がる甘ったるくてでも良い匂い。なまえちゃんみたいな匂い。
「ああ、本当ですね。いい匂いですね」
「本当はヌルヌルしてちょっと嫌いなんですけど、手が荒れちゃって」
事務職ってこういう時あれなんですよねー、ってなまえが笑う。
「少しわたくしもつけていいですか」
「あ、どうぞどうぞ!」
「では」
ノボリ兄さんは指の先にちょっとクリーム状のそれを掬い、両手で伸ばしている。
「それだけでいいんですか?」
「ええ、わたくしもヌルヌルしててあんまり好きではないんです。それにそこまで荒れてませんから」
確かにノボリ兄さんは書類の処理とか家事とかサボりがちだから荒れることはあんまりないのかな。なまえちゃんも少しだけ苦笑いしてる。
話にわざわざ参加しなくてもいいかなってもう一度目の前の書類に視線を戻す。
なまえちゃんとは話したいけど、僕みたいなのじゃあ、ハンドクリームの話にはついていけないし。
「ああ、でもクダリなら塗り甲斐ありそうですね」
ななな何言ってるんだ!ノボリ兄さんは!
「あはは、クダリさんは確かに」
くすくすと笑うなまえちゃんはやけに可愛くて、怯んでしまった僕を見た兄さんが笑う。嫌な予感がした。
「クダリは頑張り屋さんですからねえ」
「クダリさんも塗りますか」
「い、いや僕は」
「そうですね、なまえさまが塗って差し上げてくださいまし」
「な、なにいってるんだ!ノボリ兄さん!そ、そんな」
「あ、いいですよー」
がた!と立ち上がった僕を無視してクリームを掬った手を差し出す。
「クダリさん、手、出してください」
「えっと、」
戸惑っていると机を回ってきたなまえちゃんが僕の手を取った。
「失礼しますねー」
手袋を脱がされ触れたぬるりとした感覚に、 びくりと体が動く。
そのまま柔らかななまえちゃんの手が僕の無骨な手をゆるゆると撫でる。
なまえちゃんの手が、指が、僕の指の間を縫うように動いたり、手の平を強く押すように動いたり、手首の方にまで行ったりして僕は固まってしまっている。ヌルヌルが馴染んできて、がさがさの僕の手が恥ずかしいくらいなまえちゃんの手はすべすべしているのがよくわかる。
僕のペンだこを押して、ふふっと笑うなまえちゃんの声がダイレクトに聞こえてくる気までしてきて、僕は耐えるように目を瞑る。
視界をシャットアウトしたせいで逆に触れているのがよくわかってしまうような気がしてしまう。
「クダリさん、終わりましたよ?」
なまえちゃんの声に目まで瞑っていた自分が急に恥ずかしくなって急いで目を開ければ、目の前になまえちゃん。
「わあ!」
「ご褒美、ください」
すべすべの手が仰け反った僕の顔を挟んで、なまえちゃんの唇が近づいてきた。
ちゅう。
ほっぺに柔らかい感覚。
「ふふっ」
上機嫌で自分の席に戻るなまえちゃんにしてやられてしまった気分だ。
「残念でしたねえ、クダリ」
兄さんの声に頭に血がのぼって恥ずかしくてくらくらしてきた。
「――――っ!なまえちゃん!!」
「はい?」
首を傾げたなまえちゃんに口づける。歯が少し当たっちゃった。顔に手を添えたら、やっぱりすべすべなんて思っちゃって。
目を開ければ、僕と同じくらい真っ赤ななまえちゃんが目の前にいた。

―――――――

恋人同士。むっつりでスイッチはいるとあれなアニクダさん。かな。

H26.1.4

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